孔雀とナイフとヒエラルキー

石嶋ユウ

文字の大きさ
32 / 33
月日

希望

しおりを挟む
 私の気持ちが落ち着いたところで真澄さんは私に一枚のメモを差し出した。そのメモには電話番号が書かれている。
「何かまた辛くなるようなことがあったら、ここに電話してくださいね。いつでも相談に乗りますから」
 私はそれを受け取ってポケットにしまってから精一杯の感謝を伝えた。
「ありがとうございます」
「良いんですよ、これくらい」
 気づいたら日は既に傾き始めている。私は真澄さんに今思っていることを全て伝えようと思った。
「あの、真澄さんのおかげで私、ようやく自分がどうしたら良いのか少しわかった気がします」
 これを聞いた真澄さんの顔は少し嬉しそうだった。
「それなら良かったです。どうか、どうかあなた自身のためにこれからも生きてたくさんのことをしてください。私から言えることでは決してないのですが、それがきっとお二人を弔うことにも繋がるはずですから。それが私があなたに願うことです」
 真澄さんは優しい顔を私に向けた。私はその笑顔を見て咲の笑顔を久しぶりに思い出せた。
「では、今度また会いましょう」
「そうですね。今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。実は私も悩んでいたことがあるんです。あなたの姿を見て私も何かが変われそうです」
「どんなことで悩んでいたんですか?」
 私は何気なく聞いた。
「それはまた今度お話ししますね」
 真澄さんはにこやかな顔で答えてはくれなかった。結局、次にまた会うことにして、その時に話を聞かせてもらうことにした。
 私と真澄さんはそこで別れた。また会う約束を交わして。真澄さんとはこれから長い関わりになるような気がした。それから、佐伯くんや真希ちゃんともまた会いたくなったので、私は二人それぞれとチャットアプリでまた会う日時を決めた。二人ともそれを快諾してくれたので私は心強かった。私には頼れる人達がいるのだとようやく思えた。私は迷うことなく道を少しずつ、少しずつ歩き始めた。

 家までの帰り道。辺りが暗くなりつつある道を私はゆっくりと歩いている。私は自分にできることが何なのかようやくわかりかけている。私の心に灯ったその小さな希望を私は大事にしたいと思えたのだ。それは佐伯くんから言われたことや真希ちゃんからお願いされたことにも繋がっている。私はもっと私を大事にしたい。そう思った時、私は急に思いついた。自分にできることが一つあるじゃないか。さらにそれは、咲が果たすことができなかったことである。思い立った私は歩くペースを上げて家へと急いだ。私は思い立ったその考えを止めらることはできなかった。

 家に着くと私は急いで準備を始めた。あの場所へ行こう。これから私が前を向くために。咲が果たせなかったことを果たすために。出発は翌朝にすることにした。それからできるだけあの時と同じ道を辿ってあの場所へと向かう。私はそれを決めるとリュック一つに収まる程の荷物を用意してリュックに詰めた。
 それからさらに必要な物を思い出したのでリビングで探し物をしているとお母さんが家に帰ってきた。
「ただいま、って由香里何してるの?」
 その時のリビングはいつも以上に散らかっていた。お母さんはそれを見て驚いていた。
「お帰り、お母さん」
「どうしたの急に」
 お母さんは少し怪訝な顔をした。誰しもが突然お小遣いを探してリビングを散らかしている娘の姿を見たらそういう表情になるかもしれない。
「いや、この辺にお小遣いあったかなと思って」
「お小遣い?」
「私、ようやく向き合えそうなの。自分の今と。だから、明日少し旅に出ようと思って」
 私が言い終えるとお母さんは一瞬だけ驚いたような顔をした。それから急に笑い出した。
「あははは!」
「え、お母さん大丈夫?」
 私は急に笑い出した母の姿を見て不安になってしまった。お母さんは笑い終えると今度は泣き出してしまった。
「そうか、ようやく向き合えそうなのね……」
 お母さんは嬉しそうだった。
「お小遣いを探してる理由は旅費なんでしょ? 良いよ、お母さんとお父さんが出すから行ってきなさい」
「良いの? ありがとう」
「良いのよ。親としてこれくらいさせて欲しいのよ。娘が久しぶりに元気そうな姿を見てお母さんは嬉しいから」
 それからすぐにお母さんはお金を渡してくれた。嬉しそうなお母さんの姿を見て私の方も嬉しい気持ちになった。

 夕食と準備を終えると朝の出発まで私は寝ることにした。眠っている間に私は久しぶりに夢を見た気がした。その夢の中には咲と友美がいたように思う。夢の中で私達は何かを喜び合い、いろいろな話をしているうちに二人は時間が来たと言って姿が消え始めてしまった。二人は最後に「ありがとう」と言い残して姿が完全に消えた。またどこかへと行ってしまったのだろうか。夢の中の私は不思議なことに二人をちゃんと見送れたと思う。目が覚めて気がついた。私はようやく三年前のことと折り合いをつけようとしているのだ。時刻は朝の四時。まだ日は登っていない。予定の列車に乗る時間まであと一時間程だった。私は起き上がって、身支度を始めた。リビングにあったパンを一つ食べ、着替え終えると荷物の点検をして私はリビングを出ようとした。するとお母さんが起きてきてリビングにやってきた。
「おはよう。もう行ってくるのね」
 寝起きのお母さんはまだ眠たそうだった。それでも見送ってくれるのはとても嬉しかった。
「うん」
 私は自信を持って頷いた。私が玄関まで出るとお母さんも玄関まで来て見送ってくれた。
「そうか。あなたが人生に希望を持てたようでお母さんは嬉しいわ。じゃあ、気をつけてね」
 私はその言葉が嬉しかった。靴を履いてお母さんの顔を見た。
「ありがとう」
 鍵を開けてドアを開く。
「良いのよ。いってらっしゃい」
 お母さんの声は優しかった。
「いってきます」
 私は玄関から外へと出た。家を出る足取りが久しぶりに軽かった。

 夜明け前、駅までの道を急いで歩く。時間が時間なので私以外に道を歩いている人は誰もいなかった。一人で道を急ぎながら私は三年前の日々を思い出した。正直に言ってあの日々を思い出すのはとても辛い。私はそれが辛すぎるあまりに過去に囚われ続けてしまった。だけど、佐伯くんや真希ちゃん、真澄さんの言葉を聞いて私はようやく過去と折り合いをつけて今に目を向けられそうな気がしている。それから、咲と友美がすることができなかった多くのことを考えた。二人が私に言った果たしたかったことと言わないだけで抱えていた夢や希望は沢山あったはずだ。私は自分の人生を生きることで二人ができなかったことを少しずつでも二人の分まで果たしたい。目線を上に向けると空はまだ暗いままだ。それでも、夜明けは近づきつつあるのが感じられた。

 駅に着いた私は切符を買った。目的地まではほぼ一日かかる計算だった。それは三年前とできる限り同じ道を辿りたかったからだ。その道順はあまりにも非効率だった。だけど、その道を辿ることにことにこの旅の意味はある。プラットフォームで列車を待っている間、私はスマホのメモアプリで日記を書いた。日記にはどうしてこの旅をするのか、その理由を記した。書いている間に日が登り始めてきた。空が少しずつ明るくなっていく。しばらく日記を書き続けていると列車が到着した。私はそれに急いで乗った。誰も乗っていない車内で席を見つけて座り込む。発車まで時間は少しあった。なんとなく車窓から見える街並みを眺める。この街も三年間で少しずつ変わってきた。私はこの三年間、何もできず、前を向くことができなかった。今、ようやく前を向けそうなのだ。これは私がこれから前を向いて生きていくための旅なのだ。車内アナウンスが発車を告げる。ブザー音が鳴り響くとドアが閉まり列車は走り出した。私はこれから前を向いて生きていきたい。その人生の中で咲と友美ができなかったことを私は二人の代わりに果たしていきたい。私がこれから生きるため、咲と友美ができなかったことを果たすための長い旅が始まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...