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第十一章

ゴウリキvsラートドナ

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 巨大な鉄の塊が、ずばりと大気を裂いた。 
 風圧であらゆるものを切断してしまいそうな迫力に満ちている。
 だが、それはゴウリキの装甲を傷つけることなく地表を叩いた。
 ゴウリキが、紙一重の見切りでかわしたのだ。
 煙幕のような砂塵を割って、ゴウリキの拳が宙へと放たれる。

 連続で放たれた拳もまた、虚しく空を斬る。
 ラートドナが巨躯にも似合わぬ敏捷さで、後方へ跳びすさってかわしたのだ。たがいに挨拶代わりの攻撃を終えると、ふたりは肉食獣のような笑みを浮かべた。
 凄烈な微笑だった。
 
 再度、ふたりは前へと突っ込んだ。
 先手をうったのは、当然のごとくラートドナであった。
 ラートドナはグレートソードをまるで小枝かなにかのように操り、その動きは軽捷そのものであった。その剣身の長さたるや。ラートドナの長身とほぼ互角の大きさではあるまいか。
 ゴウリキはガントレットを両手にまとっているとはいえ、基本攻撃はパンチであり、リーチの差は比較の対象にもならぬ。
 どうしても、ラートドナの攻撃の方が先に届いてしまう。
 ゴウリキとしては、相手の懐に飛びこんでからが勝負である。
 しかし、あまりに敵本体への距離が遠い。
 
 見えざる大気を斬り裂いて、巨大な鉄が降ってくる。
 しかも3連続での上段斬りであった。
 速い。
 ゴウリキはいずれもぎりぎりでかわしている。普通の人間を超えた動きであり、異世界勇者の武器の恩恵があってこその動きかもしれない。
 剣の引き戻しを狙って、ゴウリキが踏みこんだ。
 通常なら、剣の方が速い。しかしゴウリキの踏みこみは神速であった。
 ラートドナが剣を振りおろすより先に、インファイトの距離に接近している。
 ゴウリキの左拳が光を放った。

 稲妻のようなジャブが連続で放たれた。
 肘から先が消えたかと思われるほどの高速の連続突きを、ラートドナはかわしている。
 続いて右のストレートが放たれた。
 当れば頭蓋骨を持っていくであろう強力な一打。
 これも当らない。
 ゴウリキが牽制のジャブを切り替えて、右へとチェンジする一瞬で、ラートドナは巨体を後方へと飛ばしている。引いては返す波のように、その身をたわませた彼は再び突進し、巨剣を横薙ぎに振りまわした。これをゴウリキはダッキングで回避する。
 ゴウリキの頭上スレスレを通過する横薙ぎの軌道は、空中で激烈に変化し、縦の軌道となってゴウリキに襲いかかった。
 しかしゴウリキはこれを承知していたかのように、後方へ下がりながらのスウェーで回避する。距離が開いた。
 この攻防に、魔王軍、ザラマ守護兵も唖然とするばかりで声もない。

「今、一瞬なにが起こったんだ?」

「さ、さあ、あまりに疾すぎてわからねえ」

 迅速すぎる攻防に、周囲は視覚では捉えることができぬ。
 ただ、凄い。それだけは分かる。
 緊張感ただよう戦場でなければ、拍手喝采が巻き起こっていたかもしれない。
 一見、五分五分の攻防のように見えて、ゴウリキは舌を巻いていた。
 実際はかなり拳に不利な状況なのである。
 ラートドナが単に剣の長さに恃むだけの愚か者であれば、勝機はあった。
 だが、敵は明らかにあの剣の扱いに熟知しており、しかも技術は一級品である。さすがに魔王軍10万を任せられるだけの男であった。
 
「前菜はそろそろ終わりにしようぜ」

「カッカッカ。気が合うな。俺もそう言おうかと思っていた」

 ラートドナは剣を正眼に構えた。
 ゴウリキはいつものピーカーブースタイルに戻っている。
 先に動いたのはゴウリキの方であった。
 両の拳を合わせると、それを後方へと引き、一気に前方へと押し出す。
 
「空烈破斬《くうれつはざん》!!!」
 
 ゴウリキ得意の必殺技である。
 空気を圧縮した攻撃力の塊が、一直線にラートドナに襲いかかる。
 ラートドナに動揺したようすはない。泰然とそれを待っている。
 やがて巨大な剣は空を斬った。
 
「我が大剣よ、漆黒の波を放て」

 状況の変化は激烈だった。剣身から暗黒の波動が放たれる。
 それは黒い光線のように宙を疾駆し、ゴウリキの空列破斬《くうれつはざん》と正面から衝突する。
 烈しい炸裂音が空気を振動させた。
 光と闇が空間ではじけ、洪水となって四方へと散った。
 その振動のすさまじさに、魔軍もザラマ側もどよめいた。

「我が大剣よ、漆黒の気をその身に纏え」

 ラートドナの唇がふたたび何かを唱えた。
 たちまちのうちに彼の巨大な剣は黒い靄につつまれ、その長さを増した。
 これにはさすがのゴウリキも苦笑するしかない。

(おいおい、この状況で、さらにリーチが増すのかよ)

 動揺は顔には出さぬ。だが、自分が不利な状況に置かれているのはまちがいない。
 ゴウリキとしては、自身の持つ最大の必殺技、真・超昇旋破シン・ちょうこうせんぱで決めてしまいたかった。だが、あの技は低い姿勢のまま突進しつつ、相手の懐に跳びこんで、すべてのパワーを凝縮し顎先に叩きこまなければならない。
 まず、懐に跳びこむのが前提なのだ。
 だがあの剣の長さは、確実にそれを阻止するだろう。
 被弾を覚悟しなければ、必殺技は放てない。
 
(あれで斬られたら、どれくらい痛えんだ……?)

 なにしろ一度も見たことのない敵将である。まったく情報がない。
 これが現代ならな、とゴウリキは苦笑する。嫌というほど相手の動画を見て、動きの特徴やクセを把握し、その対策を練って闘うことができる。
 だが、ここは現代ではないし、これは試合ではない。
 何度かゴウリキは必殺技を放っており、魔王軍はそれを把握していると見るべきだろう。だからこそ剣の長さをかさ増ししているのだ。
 ゴウリキには逆に、敵の攻撃を察することはできない。

(ちっ、国王が気を利かせて、敵の情報ぐらい持ってきてくれればいいのによ。情報の差はそのまま戦力の差だぜ)

 内心、悪態をつくが、それで状況が好転するはずもない。
 自分の創意工夫で、この場をのりきる他はなさそうだった。

「――空烈破斬《くうれつはざん》!!」

 ふたたびゴウリキの両拳から空気弾が射出される。

「カッカッカ。馬鹿のひとつ覚えか、くだらん」

 だが、ただの馬鹿のひとつ覚えではなかった。
 ゴウリキはひたすら連射した。空烈破斬は連続で放たれ、それをことごとく暗黒の波動で叩き落すラートドナ。振動する大地。連続する衝撃音は耳をつんざき、魔王軍の前衛はあまりのすさまじさに少し後退したほどであった。

 空烈破斬を煙幕のようにまきちらし、ついにゴウリキは突進した。
 ラートドナは、それを迎え撃った。
 ゴウリキの真・超昇旋破より先に、どうしてもリーチの長大なラートドナの一撃が先にくる。ゴウリキはそれをいかにかわすかが勝負の分かれ目だと考えていた。
 ゴウリキは遮二無二突進しているわけではない。
 考え付くかぎりのステップワークで、敵を幻惑しつつ突進しているのだ。
 
 ゴウリキの意識は冴え渡っていた。
 過去、いかなる闘いより、頭が冷えているな。そう判断した。
 どのような攻撃が来ても、見切る自信が芽生えていた。
 やがて、ラートドナは剣を振り下ろした。
 ゴウリキは奇跡とも思える反射力で、それを回避した。
 
 ここしかない。
 ゴウリキは胴をねじり、拳を地表スレスレまでさげて、必殺技の体勢へ入った。
 だが、その一撃は放たれることはなかった。
 回避したと思っていたラートドナの攻撃は、それで終りではなかったのだ。

「我が大剣よ、漆黒の掌にて敵を掴め」

「――なにいッッ!!?」
 
 ラートドナの大剣が帯びていた暗黒の靄が、剣先から伸び、カーブを描いて、ゴウリキの身体を捕らえていた。

「そいつはずるいんじゃねえか?」

 ゴウリキがそうつぶやくより先に、衝撃が全身を叩いていた。
 彼の身体は漆黒につつまれ、絶叫が周囲の耳を灼いた。
 やがて、彼の身体は静かに大地へと崩れ落ちた。
 
 ゴウリキは、敗北したのだ。

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