燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第二章

施療院にて

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 ジェルポートの町にある施療院は、門から大通りを抜けて左側三つ目の小路を、およそ二十歩ほどあるいた位置に存在する。
 
 施療院は奇跡の担い手ヒーラーと言われる僧侶プリーストたちが存在する現在、そこまで繁盛はしていないように考えられがちだが、そうではない。
 市井の民は毎日のように頻繁に、仕事で、盛り場で、道端で怪我をする。それに対し、奇跡の担い手の絶対数は圧倒的に不足している。つまり需要に供給が追いついていない現状がある。
 それを解決するには、やはり奇跡の使い手よりはるか多数をほこる、薬師による、薬による治療が必要となってくるのだ。
 ほのかな薬草の香りの漂う院内には、今日もそうした数名の怪我人が、薬師の傷薬を求めて受付前のイスに座っている。当然ながら誰もが怪我人である。順番待ちの時間というのはとかく退屈なもので、その隙を埋める手段もなく、彼らは所在無げな視線を宙にさまよわせるしかない。

「――ジャマするわい」

 そこへ嵐のように、どかどかと現れた集団がいる。
 ふしぎな集団だった。
 先頭を歩くのがいかついドワーフで、そのあとにかわいらしい女僧侶、弓矢使い、魔法使い――と美しい女性陣がつづく。
 もちろん、最後のひとりは勘違いではあるのだが。
 
「すごい美人集団だ、いったい何者だ……」

 通り過ぎる彼らを、けが人たちは痛みも忘れて、ぼーっと見惚れている。
 大声をとおりこして、怒声が室内からこだましている。やがて治療助手の女性が、軽く順番待ちの男のひとりをこつんとこづいた。
 見惚れすぎて、何度名前を呼ばれても、気付かない患者が続出していたのだった。

 さて、そんな騒動を知るよしもないダーたちは、院内でも特に重症患者が治療を施されている、ベッドの間へと向かった。
 そこに、その巨体ゆえ、ひとつのベッドでは足らず、二つのベッドをぶち抜いて並べた、臨時の大型寝台に横たわっている女性がいる。

「おとなしくしておったか、クロノ?」

 ダーはつとめて陽気に、その女性に声をかけた。

「……………たいくつ…………」

 ベッドに横たわった、その筋肉質の女性は不満げに答えた。

 クロノトールは生きていた。
 否、生かされたといっていい。
 ダーのパーティーの活躍は、誰も知らなかったわけではない。
 危機的状況下にまっさきに駆けつけ、献身的に救護活動を行ったダーたち一行に対し、ジェルポート護衛兵が恩を感じぬわけがなかった。
 ミキモトが魔獣を倒してすぐ、彼らは救助に現れた。
 そしてクロノのおかれた危機的状況を察し、すぐに街中から奇跡の担い手ヒーラーが集められた。彼らが幾度となく回復呪文を唱えてくれたおかげで、かろうじてクロノは命をつなぎとめることができたのだ。

 とはいえ、まさに死の淵からの生還を果たしたクロノの肉体的代償は大きかった。なにしろどてっぱらに巨大な風穴を開けられたのだ。
 これは一朝一夕には回復しない。すこし無理をすれば、たちまち動けなくなってしまうだろう。
 そうした理由から、クロノは完治するまで、ここに入院することになった。大切なメンバーを置き去りにするわけにはいかないし、何しろダーからすれば、クロノは命の恩人でもある。
 そうした事情から、ダーたちは近くの宿屋に泊まりこんでいる。

「もう、あのような無茶はするなよ」

「………する、かも……」

「アホなことを言うな。するなといっとるのじゃ」

 ダーはできるかぎりのいかめしい顔つきで言った。
 それでもクロノは眉根を寄せ、かろうじてこう応えた。

「……うん、できるかぎり……」

「曖昧じゃのう、はっきり断言できんのか」

「……ダーが危険だと思ったら……わからない……」

 それが彼女の精一杯の譲歩のようだった。
 ダーはこれみよがしの、盛大な吐息をついた。

「――わかったわい。おぬしにはいくら言っても無駄のようじゃ。ならば、こんな大怪我をしないような装備を整えてやらねばのう」

 クロノトールの顔がほころんだ。室内に花が咲いたように。

「……つくってくれるの?……」

「ワシはウソはつくが、できるかぎりの約束は守る主義じゃ」

「いえ、ウソはつかないでほしいのですが……」

「そうなるとまずクロノの採寸からじゃな」

 エクセの言葉を軽くスルーし、ダーはてきぱきと動き始めた。

「………採寸って……」

 クロノは、ぽっと頬を赤らめる。
 ダーはあわてて手を振った。

「アホ、ワシがやるとは言ってないわい。――コニン、ルカ、採寸をたのむ。あとでワシに数字だけ教えてくれればよい」

「わかったぜ、オッサン!」

「オッサンではない、ダーじゃ」

「しかし、クロノの大きさに見合う鉄となると、確保が大変ですね」

「なあに、素材については、すでにめぼしをつけておるわい」

 ダーの両眼が、あやしくきらめいた。
 エクセが何か言いたそうな顔をしているが、ふっと諦めた表情に変わった。
 またろくでもないことを考えている、と思っているのだろう。

(ところがどっこい。これが名案じゃわい)


―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


―――数刻後、ダーはジェルポートの市壁外へと足を運んでいた。
 黒魔獣によって破壊された市壁には、あの激闘の爪痕のように刻まれた、細かなひび割れがそこかしこに見え、いまだ復旧作業は続いている。

「―――どうじゃ、調子は」

 ダーは市壁の周辺を警護する、護衛兵のひとりに声をかけた。
 彼は、ルカに命を救われたひとりだった。

「あっダーさん、どうも。クロノさんの容態はどうですか?」

「ふむ、だいぶ安定しとる。しすぎて、今にも飛び起きてきそうで逆に心配じゃ」

「ははは、それはよい傾向です」

「うむ、それより―――」

「はい、言われたとおりの処理はしております。
 臓物の類は腐毒を撒き散らすので、早々に処理いたしましたが、指示のあった部品だけはご覧のとおりです」

 そこにはあのダーたちをさんざん苦しめた、黒魔獣の巨大な角と甲羅、骨、皮が積まれていた。
 ダーは、にやりと頷いた。

(いい塩梅に、ケイコMAXとミキモトが細切れにしてくれたお陰で、だいぶ細工がしやすくなったわい)

 ダーはこれらを素材に用いて、クロノの装備の充実をはかるつもりだった。
 クロノがあそこまでの重症を負ったのは、もちろん魔獣との力量差もあっただろう。
 だが最大の要因は、装備の薄さが致命的だった、とダーは思う。

(なにせビキニアーマーじゃからな。よっぽどの物好きでなければ、あんなもんを実戦に使わせたりはせんわい)

 ダーがまず考えたのが、彼女の重装甲化だ。
 だが、鉄を多用したのでは、せっかくの彼女の機動力が犠牲になる。
 そこでこの異様に硬い、黒魔獣の素材を使って、防具をこしらえようと考えたのだ。
 まずダーが手に取ったのは、魔獣の背に乗っていた甲羅だった。

(この甲羅はちょっと細工をするだけで、立派な盾となるじゃろう)

 エクセの魔法は黒衣の女による防御壁で防がれたので関係はないが、市壁の歩廊から雨あられと降らしていた矢の攻撃、投石にこ揺るぎもしなかった耐久性は、見ていて唖然としたものだ。

 ダーはためしに手持ちのナイフで傷を入れようとしたが、刃が通らない。

(うむ、硬度は文句なしじゃ。盾はこれでよしとして、他は……)

 ダーは自慢の戦斧を、両手のフルパワーで振りぬき、それでもなお刃が通らなかった魔獣の足を思い出した。
 この皮膚を使わない手はない。

(まずは水漬けからじゃな。そのあと裏打ち、石灰漬けじゃ)

 どういう装備にするか、すでにダーには完成後の姿が見えていた。
 なめしと一言にいっても、その行程は簡単ではない。水に漬けて生皮の状態にもどす。皮に付着している肉片や脂肪をとり、石灰に漬けて脱毛させ、銀付き皮をはがし、床皮をとりだす。ここまででも大変な作業だ。

 このあとになめしを行うのである。樹木の皮や幹、葉などをこまかく粉砕し、皮とともに水に浸す。
 作業を自分の手で行いたかったダーだが、この後さらに何段階もの手間がいる。さらに時間もいる。どう見積もっても、2ヶ月以内に終わるとは思えない。

 そこで、護衛兵の協力のもと、町のなめし業者を紹介してもらうことにした。彼らは魔法を作業に組み込むことで、劇的な時間短縮を可能とするという。その技法は当然よそもののダーには秘密だ。
 そのことは別にいい。彼らに、その特殊な技法によるなめしを行ってもらう。ダーとしてはなめしだけに時間をかけている余裕はないのだ。

 よそ者との取引というのは結構な額をふっかけられたりするのだが、黒魔獣の皮という、これまで見た事も聞いた事もない珍品に、彼らも興味をそそられたらしい。
 使用しない部分の皮はすべて譲るという条件で、円満に協力してもらうことができた。

(なめしには金がかかるので、双方うぃんうぃんじゃ)

 次は骨の加工であるが、予想どおり、とても硬い。いや硬すぎた。
 これは火を入れんととても加工できんな、とダーは考えた。
 そこでジェルポートの町にある武器屋に赴いて、鍛冶場を紹介してもらった。市壁の外の川沿いに、この町で最高の技術を有するというドワーフの兄弟がいるという。
 ダーは魔獣の素材をばかでかいずた袋につっこみ、ずるずる引きずって指示通りの場所へ向かう。キレーナ川沿いに、南へ。

 キレーナ川はヴァルシパル全土に商品を運搬する、大動脈といっていい。
 川幅は広く、荷を乗せた小船がゆっくりと下っていく。それを横目に、ダーは川沿いの道を歩く。
 ほどなくして、いかめしい石造りの建築物が眼に入った。ここが鍛冶場でまちがいないだろう。遠くからでも、灼けた鉄を叩く音が響き、ダーの耳を楽しませた。

 ダーはひょいと内部を覗いた。ひとりの男が、金床に載せた紅い鉄をしっかりとやっとこで固定し、もう片方がそれを大槌で容赦なくたたいていた。
 ダーの皮膚から、たちまち汗がふきでる。
 やはり鍛冶はいい。この熱量、ドワーフにはたまらない。
 ダーは彼らの作業の隙間をぬって声をかけた。うかつなタイミングで声をかけると、火傷を負わせる危険性があるからだ。

「――武器屋に協力を頼んでおいたものじゃ!!」

 その声にふりむいたのは、大汗にまみれたドワーフの職人兄弟だった。

「おう、話は聞いてるぜ、珍しい素材を持ってきたっていうじゃねえか」

 ダーは黒魔獣の骨や角を、ずた袋からとりだした。
 しばらく興味深そうに、コンコンとそれらを槌や蚤で叩いていた鍛冶兄弟だったが、やがてダーを見るや、にやりと笑った。

「ホントにこいつはおもしろい素材だな」

 興味をそそられたようだった。この機を利して、ダーはふたりの説得をこころみた。職人は概してプライドが高い。自らの職場をよそ者が踏み荒らすことなどご法度である。だが、どうしてもこの防具を完成させたいダーは、その熱い思いのたけを二人へとぶつけた。

 しばらく無言でいた二人だったが、

「ドワーフ皆兄弟じゃねえか。水臭えことはいいっこなしだ」

 ドワーフの鍛冶兄弟は、ほぼ同時にすっと片手を差し出した。

 ダーは無言のまま、両手でがっしとかたい握手をかわした。

 
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