燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第五章

魔法使いの塔

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 東の空を満たしていた漆黒は、ゆっくりと濃紺に塗りかえられ、そしてまばゆい白色に支配される。
 ベールアシュの夜明けである。
 やがて空は青色に安定し、小鳥の鳴き声が朝を告げる。
 寝ぼけ眼を引きずりながら、フェニックスの一行は1階の酒場へと集結した。
 ここは朝と昼は食堂になる。
 メニューを取りに来た酒場娘に、矢継ぎ早に注文が殺到する。あわてることなく、すばやくそれを書きとめた彼女は、たたたと注文書を手に厨房へと向かう。
 やがて食事が運ばれてくると、5人は猛烈な勢いで胃袋に流し込む。
 昨日食べ損なったぶんの敵討ちのような様相である。
 
「ふう、満足したあ……」

 みなが食事を終え、ひと息ついたところを見計らって、エクセが口を開いた。
 それは深刻にして、ちょっと残念な報告であった。
 
「――さしあたって、お金が心許ありません」

 厳しい現実というやつである。
 クロノが魔王軍大将の首を獲り、その大殊勲の見返りとして、けっこうな報酬も頂戴したものの、全員分の船賃、宿代、食事代で、はやくも蓄えが底をつきそうな勢いだという。
 まあ5人分なのだから、仕方がないといえば仕方がない。

「つまるところ、何かクエストで稼ぐ必要があると、そういうことか」

「でもオレ……あたしたち、魔王軍に追われてるんだよ。町の中でクエストとか、そんな悠長なことやってたらまずいんじゃないかな?」
 
「町中での依頼は、危険でしょうね」

 エクセが素直に応える。
 ジェルポートの町での、突然の黒魔獣の襲来が、まるで昨日のことのように思い返される。
 考えてみれば、あれは町へ入ってすぐのことだった。
 冒険者の町として名高いザラマでは、かなり金銭を稼ぐことができた。だが、それも長い期間というわけではない。1万もの魔王軍の襲来により、すべてを中断せざるを得なくなった。
 
「あれだけ手ひどい目に遭わせたのじゃ。そう簡単に再攻撃はないのではないか?」

「逆にいえば、あれだけの目に遭わされたからこそ、雪辱戦に燃えていると考える事もできます」

「なにせあっちには自由な空間移動術があるんだもんね」

「実に不公平じゃな。四神魔法には空間移動は存在しないのか?」 

「存在するとしてどうするのです。敵は斥侯を放って、こちらの位置を把握しているかもしれません。ですがこちらは敵の位置情報など、何一つ把握していないのですよ」

 一行は揃って溜息ついた。こちらは船や馬車といった移動方法に限定されているが、魔王軍からは、いつでもこちらを襲撃できるのだ。状況の不利さは比較にならない。
 
「ここで頭を並べて呻いていても仕方ありません。とりあえず、こちらの町で依頼を受けられるよう、昨日立ち寄った冒険者ギルドで、手頃な依頼を受けてきてください」

「来てくださいとは、おぬしは来ぬのか?」

「私は魔術師協会――魔法使いの塔へと立ち寄らねばなりません。終わり次第合流いたします。なるべく、町の外でこなす依頼を探してください。いいですね?」

「わかったわかった」

――そういうことになった。

 とりあえずエクセとは途中で別れ、4人は昨日お邪魔した、ベールアシュの冒険者ギルドを訪れることにした。
 一階は酒場、二階が受付。どのギルドも造りは似たり寄ったりである。
 階段を昇ると、さわやかな笑顔で、昨日の受付嬢が手を振った。
 緑のスーツの胸に『案内:ナナウ』とプレートが光っている。
 ぴこぴこと頭上で動く長い耳が愛らしい。
 彼女もザラマの受付嬢、チコと一緒で、バニー族だった。受付嬢はバニー族でならねばならぬとか、何かそういう暗黙の不文律でもあるのだろうか。

「その様子では、無事に宿へ到着できたようですね」とナナウ。
 
「まあ、無事とは言いがたいが、到着はしたわな」

「確かに無事とは言い難かったね」

「あ、まさか……昨日のハゲた男の甘言に引っかかったんじゃ……」

 彼女はいいかけて、思い直したように首を小さく振ると、

「いえ、そんな底抜けのおひとよしなら、今頃生きてこんな場所にはいませんよね。私ったら余計なことを……」

「なかなか、かわいい顔して毒舌じゃな」

「あら、そうですか? 失礼しました」

 けろりとした顔である。これくらいの肝っ玉でないと、荒くれ者の集う冒険者ギルドの受付嬢などつとまらないのかもしれない。
 とりあえず手頃な依頼はないかと問うと、彼女はすっと掌を上に向け、たくさんの小さな板切れがぶらさがったボードを指し示した。
『依頼専門。受けたい板をお持ち下さい』
 と、ボードの下あたりに記されている。
 ダーたちは居並ぶ冒険者たちをかきわけ、手頃な依頼を物色する。
 そのうちの一件が、ダーの目に留まった。

「よし、これなどよさそうじゃ!」

 彼はひったくるようにその板を手にすると、受付へと踵を返した。

―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―

 ベールアシュの町のほぼ中央には、特徴的なかたちをした塔が佇立している。
 枝葉のように大小の突起を尖塔のあちこちから生やした、奇妙な建築物。
 それこそが、ヴァルシパル王国の魔術師協会本部の尖塔だった。
 
 エクセ=リアンはその内部のらせん階段を昇っている。
 やがて、彼はとある一室の扉の前で立ち止まった。
 ノックを三回。ツタの絡まった装飾の施された、凝った扉だった。
 内部にいるのは、かなり身分の高い人物の部屋だとわかる。

「どうぞ、開いてますよ」

「――失礼します」

 エクセは扉を開き、書物だらけの部屋の奥に座っている人物に一礼した。

「お久しぶりですね、浅黄色の魔女」

 扉の向かい側にある、書物がうず高く積まれた机の向こうの人物は、その声を聞いて羽根ペンを止めた。
 立ち上がって、エクセを見つめる眼は、懐かしさに潤んでいる。

「あらあら、本当にエクセ=リアンだわ。懐かしい。あなた、全然変わってないのね」

「そういうあなたは、だいぶ変わりましたね、フレイトゥナ」

 ふたりは挨拶代わりの軽いハグをかわすと、笑みをかわしあった。

「当たり前よ、人間なんだもの。最後に会ったのは三十年は昔だったかしら。本当にエルフは歳を取らないわねえ。嫌になっちゃう」

 浅黄色のローブに身を包んだ老婆は、口をへの字にひん曲げて不平を露にする。
 エクセとしては苦笑するしかない。

「立ち話もなんだわ、そこにおかけなさいな」

 彼女はいそいそと部屋の片隅にあった椅子を持ってきて、自らの机の反対側に置いた。
 エクセはふたたび頭を下げて腰を下ろす。

「さて、わざわざ私に会いに来たのは、想い出話に花を咲かせるためじゃないわよね。なにか厄介ごとかしら」

「いきなり、厄介ごととはひどいですね」

「それしかないでしょ。あなた、そんなことでもないと、協会には寄り付かないじゃないの」

「まあ、否定できないのがつらいところです。ちょっと見てもらいたいものがあるのですが――」

 エクセはそういって、机にところ狭しと詰まれた書類の一部を脇へ移動させた。そこそこのスペースを確保すると、そこにふたつの宝珠を置いた。
 澄んだ青い光と紅い光が、書類の一部を照らし出している。
 
「こ、これは、ただの宝石ではないわね……」

 フレイトゥナが息を呑むのがわかった。
 彼女はそれを手に乗せ、じいっと観察している。
 やがて宝珠を元の位置に戻すと、ふうっと吐息をついた。

「私みたいな年寄りには、魔力が強すぎるわ。エクセ、種明かしをして頂戴」

「はい、だいたい察しているとは思いますが、朱雀の珠と、青龍の珠です」

「あきれた。あなたはいつから魔術師から盗賊に鞍替えしたの?」

「話せば長いこととなりますが……」

 とはいえ、語らねば納得してもらえるわけもない。
 だいぶ省略したものの、ふたつの宝玉を手に入れた経緯を、ざっとフレイトゥナに説明した。
 彼女はこれまでで最大級のため息をつくと「道理で」とつぶやいた。
 
「秘められている魔力が桁外れですものね。これを持って、ただ延々と魔王軍に追われながら旅をしているってわけ?」
 
「そうです。彼らはどういう道理か、これの位置が正確に把握できるようですから」

「……おそらくだけど、この魔力ね。私にも一見しただけで、宝玉に秘められた桁違いの魔力がわかったもの。それをつきとめる装置でもあるんでしょう」

「やはり、そうなりますか……」

 エクセは形のよい眉をひそめ、考え深げに宝珠を見やる。

「――フレイトゥナ、私がここへ来た真の目的を語りましょう。それは残るふたつ、白虎の珠と玄武の珠を見つけだすことなのです」

「そんなとこだろうと思ったわ。あなたが敵にやられっぱなしで済ますわけがないですものね」

「お察しの通りです」

 エクセは銀色の長い触覚をかきあげ、照れたように、白皙の顔に微苦笑を刻んだ。
 その仕草をみて、フレイトゥナがふくれっ面でつぶやく。

「本当にエルフは……嫌になっちゃう」 
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