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第三話

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 サーシャとプラシッドは、あれから穏やかな日々を過ごしていた。
 ユリアンナから三人目が生まれ男の子だと手紙が来て、羨ましいとサーシャはため息をつく。本来なら二人目の男の子。彼女は、後継ぎを産んだのだ。

 「お母様。大丈夫?」

 六歳になったプラシッドは、体調が悪いサーシャを心配し声を掛けて来た。
 プラシッドの魔法教育騒動の後から体調が優れず、ユリアンナに劣等感を抱いているサーシャは、手紙を読んで更に滅入ってしまう。
 母親を心配するプラシッドの姿さえも、具合が悪くなる原因だ。自分が蒔いた種なのだから仕方がない。彼には責任はないのだ。

 「大丈夫よ。あなたは、魔法が出来る様になるために魔力を増やしなさい」

 アドルフ達は知らない事だが、もっぱら魔力を増やす事をプラシッドにさせていた。だが魔力騒動の後、ユリアンナにあの一度しか会えていなかった。なので結局、プラシッドは一人で行っている。

 ユリアンナは、二人目となる女児を産んでいて子育てに忙しく妊娠中という事もあり、時間を見つけ来る事が叶わないまま三人目を出産。また更にこれからも育児に忙しくなるだろうと推測できるので、シューラにずっと会えない。
 サーシャは知らなかったのだ。自分の子に会えないのが、こんなに寂しく苦しいなんて。そしてそれを言える相手もいない。きっとユリアンナは、寂しいと思う暇もなくプラシッド以外の自身の子・・・・の子育てに奮闘しているに違いない。
 そう思うと、さらに虚しさが募る。

 後四年。そう四年我慢すれば、シューラとプラシッドを婚約させる事が出来る。プラシッドには悪いが、彼が不甲斐ないと思われているのだから、自分の様に凄い魔力量持ちが現れたとなれば必ず、シューラと婚約するだろう。
 それだけが、サーシャの心の支えだった。今シューラと会えなくとも婚約さえすれば、もっと自由に会えるようになるはずだと。
 だがその希望も、数日後には粉々に砕け散る事になった。



 「お願いよ! お願いだからあと四年まって!」

 サーシャは、そう叫びアドルフにすがる。
 まさかの事態が起きたのだ。
 プラシッドが、婚約する事になったとアドルフから今聞かされた。
 相手は、王女だ。10歳前に婚約をするなど考えてもみなかった。

 「なぜ今なの! 今までヴェイルーダ家では16歳になってから婚約していたのではないの?」

 自分の時もそうだったのだ。たまたまアドルフが16歳の年にサーシャが魔力測定を行って婚約が決まった。もし、サーシャが一年生まれが遅ければ、アドルフは他の者と結婚していただろう。
 また逆に、学校に通う前に婚約していてもサーシャとは結婚していない。

 「どうして!!」
 「落ち着くんだ。なぜ10歳にこだわるんだ」
 「だ、だって……。あの子、シューラが凄いと思うの! だから……」

 そういうも悲しげな顔でアドルフが首を横に振った。

 「お願いだから……」
 「もう決まった事だ」

 泣き崩れるサーシャを抱きしめ、アドルフが静かにそう言うがそれで頷くわけにはいかない。

 「じゃ、こうしましょう。シューラの魔力測定をしてもら……」
 「サーシャ!」

 強めに名を呼ばれアドルフを見れば、険しい顔つきでサーシャを見下ろしていた。

 「彼女と約束でもしたのかもしれないが、君たちをこの家から追い出さない為には、この方法しかなかったんだ」
 「え……どういう事」
 「プラシッドが学園に行く前に、いや魔力測定をする前に、婚約をしてしまわなくてはならなかったからだ」

 信じられない言葉がアドルフから言われ、サーシャはただ口をぱくぱくするだけだ。
 アドルフは、いきさつを話し始める。

 サーシャからプラシッドを助けて欲しいと言われたアドルフは、息子の事を両親と相談した。二人も色々考えていたようで、二人を追い出すと言い出したのだ。
 ジャストも加わりプラシッドの魔法指導を行って気が付いてしまった。プラシッドの魔力が足りない事を。あり得ない事だと思うも、そうだとしか思えない。
 そうして、ジャストはこう言ったのだ。

 「プラシッドは、お前の子ではない」

 アドルフは、そう言われ抗議した。
 なにせサーシャが浮気していたと言われたのと同じだからだ。

 「そうするしかないのだ! 我々の孫がありえん!」

 ヴェイルーダ侯爵家は、誰もが認める魔導師を今まで輩出してきた。プラシッドの様な不出来な者をヴェイルーダ家と認めるわけにはいかない。この情報が洩れる前にいなかった事にしようとしたのだ。

 「父上、もし私がプラシッドと同じだったら、母上と私を追い出していたという事ですか?」
 「な、何を言う。お前は立派だ。何の苦も無く……」
 「何の苦も無く? 父上はそうだったのかもしれません。ですが私は、苦痛でした」
 「………」

 アドルフの言葉に、二人は口ごもる。
 ジャストもアドルフが何を言いたいかわかった。自分達は、クリアできた。だが苦も無くではない。そうさせられたのだ。
 自分が出来なければ、母親が悪く言われる。それは、5歳のアドルフにもわかった。そして期待に応えなければ、見捨てられるのではないか。そういう恐怖心に襲われていた。
 本当は、母親に縋り付きたかった。甘えたかった。だがそれは許されない。

 「わかっています。何事にも感情を捨てなければならない事は……。しかし、家では感情を……人間として生きたいのです。子供を道具としてしか見ないあなたのようになりたくはないのです」
 「!」

 アドルフとジャストは、見つめあった。目を逸らしたのは、ジャストだ。

 「わかった。陛下にお願いしてみよう。我がヴェイルーダ家の威厳に拘る事だ。相談に乗ってくれるだろう。ただしわかっているな、アドルフ」
 「はい。父上」

 こうしてジャストが陛下に相談すれば、なんと娘と結婚させると言った。一番秘密が漏れない方法だが、アドルフは死ぬまで陛下のコマになるだろう。

 アドルフは、話せる事を掻い摘んでサーシャに話した。魔力測定も、きっと低ければ捏造されるだろう。

 「いやぁぁぁ!!」

 まさか、魔力が低いが為にこんな事になるなど思いもよらなかったサーシャは悲鳴を上げ、気を失った。

 「サーシャ!」

 驚き抱き上げるアドルフは、彼女の絶望などわかりもしなかったのだ。
 きっとユリアンナと自分たちの子供を結婚させようという話をしていたに違いない。当たってはいた。だが子供が入れ違っている上に、魔法契約書まで取り交わしているなど思いもしない。
 アドルフには、気が許せる仲間などいない。いや作れない。だからいつも二人が羨ましいと思っていたのだった。
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