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25話「素直な気持ち」
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「カイトくん、なんか雰囲気変わったんじゃない?」
スタイリストさんが突然そんなことを言った。
僕がモデルを始めたばかりの頃から何度もお世話になっている彼女が言うのだから、多分嘘ではないのだろう。
僕としては、別に変わったことは何もないと思うのだけど。
「前の香水がなくなりそうだったんで、違うのを使ってみたんです。そのせいかなあ」
「ううん。それもあるのかもしれないけど……なんだか、色っぽくなった気がする」
「ええ?」
色っぽい? 僕が?
背が高いせいか、昔から実年齢より年上に見られることが多かったし、仕事で着る服も大人っぽいものばかりだ。
でも、優しそうとは言われても色っぽいとか、セクシーとか、そういう言葉をかけられたことは今まであまりなかった。
「もしかして、彼女でもできた?」
やけに楽しそうな顔をして、スタイリストさんが僕に囁く。
「え!? か、彼女!?」
「その反応は、もしかして図星かな」
「いや、あの……」
「分かるんだよねぇ。恋人ができるとさ、意外と態度に出るもんなんだよ。特に自分を見せる仕事をしている人なんかは顕著だよね」
そ、そうなのかな。僕、そんなに分かりやすいのかな。
もしかして彼方にもバレてた?
ちょっと離れたところでディレクターと会話を交わしている彼方に目を向ける。
今日もカッコいいなぁ、彼方さん……。
2人で並んで撮影をすると、やっぱり彼方には叶わないなと思わせられる。
凄い人は、まとっているオーラから既に違うものなんだ。
僕が彼方をじっと見つめていると、「ねぇねぇ聞いてる?」とスタイリストさんに詰め寄られる。
「で、どうなの。その子とはどこで知り合ったの? 同じ学校の子? それともモデル? もしかして年上の人?」
僕が何も言わない間にも話はヒートアップしていく。
「付き合ってどれくらい経つの? もうキスはした? それ以上のことは?」
肩を掴まれ、部屋の隅に追いやられ、所謂「壁ドン」のような体勢になる。
僕の方が背が高いのに。なんでだ。
とは言え、その人は元々モデルをやっていたこともあり、背が高く謎の威圧感がある。
女の人特有の大きな目を見ていると、忘れかけていた恐怖心がじわじわと込み上げてきて、僕は何も言えなくなった。
「ねぇねぇ、カイトくん」
耐えきれなくなって僕が目を瞑ると、
「何やってんですか」
と、聞き覚えのある声が僕達の間に割って入る。
「うちの大切な後輩を困らせないであげてくださいよ」
「彼方……」
スタイリストさんは、彼方ににっこりと微笑みかける。
「お疲れ様、彼方くん。彼方くんも、カイトくんの雰囲気が変わったって思わない?
私の推理では、ずばり、カイトくんに彼女ができたんじゃないか!……ってことなんだけど。
でも、カイトくん何も話してくれなくってさあ」
「彼女?」
彼方は訝しげに僕とスタイリストさんを交互に見遣り、呆れたようにため息を吐いた。
「多分、それは勘違いですよ」
「勘違い?」
「カイに彼女ができるわけないじゃないですか。こいつ、こう見えて女の人が苦手なんですよ。ね、カイ」
僕は頭を激しく振って頷いた。
「そうなの? もったいないなぁ」
スタイリストさんがにんまりと笑って僕に更に近づいてくる。
後ずさろうとするも、背後の壁に阻まれ、僕はなす術なく固まることしかできない。
「もしかして、私のこともずっと苦手だった?」
「ひぇ……」
「もう! 勘弁してあげてくださいってば。僕だったらいつだって相手になりますから」
「あら、それは楽しみ。でも生憎だけど、私は子供には興味がないんだよね」
スタイリストさんは僕からパッと離れた。
「友達思いな彼方くんに免じて、揶揄うのはここまでにしてあげますか。
そろそろ帰らないといけない時間だし。旦那と子供が私を待ってるし」
「カイ、僕達も帰ろう。じゃあ、お疲れ様です。お世話になりました」
「またね、彼方くん!」
彼方は僕達に背を向け、歩き出す。
「カイトくん」
スタイリストさんは、僕にだけ聞こえる声でこっそりと言った。
先程までの揶揄うような表情ではなく、仕事をしている時のように真剣に、だけど優しい声で。
「芸能人ってさ、赤の他人からとやかく言われやすい職業だから、これからうんざりすることもたくさん経験すると思う。
でもね、好きな人がいて、その人のために何かをしてあげたいって思えるのは、悪いことじゃないよ。……だから、カイトくんも頑張りな」
スタイリストさんは、ぱちん、と星が飛ぶようなウインクをして僕に微笑みかけた。
「……そうですね」
きっと、以前の自分だったら、この人の言葉を受け入れられなかったはずだ。でも今は、分かるような気がする。分かりたい。
「カイ、帰るよ!」
彼方が遠くから、僕を大声で呼び立てる。
「はーい、今行く!」
好きなものを好きだと言えるように。自分の気持ちに素直になれるように。
僕はそんな人間になれるだろうか。
スタイリストさんが突然そんなことを言った。
僕がモデルを始めたばかりの頃から何度もお世話になっている彼女が言うのだから、多分嘘ではないのだろう。
僕としては、別に変わったことは何もないと思うのだけど。
「前の香水がなくなりそうだったんで、違うのを使ってみたんです。そのせいかなあ」
「ううん。それもあるのかもしれないけど……なんだか、色っぽくなった気がする」
「ええ?」
色っぽい? 僕が?
背が高いせいか、昔から実年齢より年上に見られることが多かったし、仕事で着る服も大人っぽいものばかりだ。
でも、優しそうとは言われても色っぽいとか、セクシーとか、そういう言葉をかけられたことは今まであまりなかった。
「もしかして、彼女でもできた?」
やけに楽しそうな顔をして、スタイリストさんが僕に囁く。
「え!? か、彼女!?」
「その反応は、もしかして図星かな」
「いや、あの……」
「分かるんだよねぇ。恋人ができるとさ、意外と態度に出るもんなんだよ。特に自分を見せる仕事をしている人なんかは顕著だよね」
そ、そうなのかな。僕、そんなに分かりやすいのかな。
もしかして彼方にもバレてた?
ちょっと離れたところでディレクターと会話を交わしている彼方に目を向ける。
今日もカッコいいなぁ、彼方さん……。
2人で並んで撮影をすると、やっぱり彼方には叶わないなと思わせられる。
凄い人は、まとっているオーラから既に違うものなんだ。
僕が彼方をじっと見つめていると、「ねぇねぇ聞いてる?」とスタイリストさんに詰め寄られる。
「で、どうなの。その子とはどこで知り合ったの? 同じ学校の子? それともモデル? もしかして年上の人?」
僕が何も言わない間にも話はヒートアップしていく。
「付き合ってどれくらい経つの? もうキスはした? それ以上のことは?」
肩を掴まれ、部屋の隅に追いやられ、所謂「壁ドン」のような体勢になる。
僕の方が背が高いのに。なんでだ。
とは言え、その人は元々モデルをやっていたこともあり、背が高く謎の威圧感がある。
女の人特有の大きな目を見ていると、忘れかけていた恐怖心がじわじわと込み上げてきて、僕は何も言えなくなった。
「ねぇねぇ、カイトくん」
耐えきれなくなって僕が目を瞑ると、
「何やってんですか」
と、聞き覚えのある声が僕達の間に割って入る。
「うちの大切な後輩を困らせないであげてくださいよ」
「彼方……」
スタイリストさんは、彼方ににっこりと微笑みかける。
「お疲れ様、彼方くん。彼方くんも、カイトくんの雰囲気が変わったって思わない?
私の推理では、ずばり、カイトくんに彼女ができたんじゃないか!……ってことなんだけど。
でも、カイトくん何も話してくれなくってさあ」
「彼女?」
彼方は訝しげに僕とスタイリストさんを交互に見遣り、呆れたようにため息を吐いた。
「多分、それは勘違いですよ」
「勘違い?」
「カイに彼女ができるわけないじゃないですか。こいつ、こう見えて女の人が苦手なんですよ。ね、カイ」
僕は頭を激しく振って頷いた。
「そうなの? もったいないなぁ」
スタイリストさんがにんまりと笑って僕に更に近づいてくる。
後ずさろうとするも、背後の壁に阻まれ、僕はなす術なく固まることしかできない。
「もしかして、私のこともずっと苦手だった?」
「ひぇ……」
「もう! 勘弁してあげてくださいってば。僕だったらいつだって相手になりますから」
「あら、それは楽しみ。でも生憎だけど、私は子供には興味がないんだよね」
スタイリストさんは僕からパッと離れた。
「友達思いな彼方くんに免じて、揶揄うのはここまでにしてあげますか。
そろそろ帰らないといけない時間だし。旦那と子供が私を待ってるし」
「カイ、僕達も帰ろう。じゃあ、お疲れ様です。お世話になりました」
「またね、彼方くん!」
彼方は僕達に背を向け、歩き出す。
「カイトくん」
スタイリストさんは、僕にだけ聞こえる声でこっそりと言った。
先程までの揶揄うような表情ではなく、仕事をしている時のように真剣に、だけど優しい声で。
「芸能人ってさ、赤の他人からとやかく言われやすい職業だから、これからうんざりすることもたくさん経験すると思う。
でもね、好きな人がいて、その人のために何かをしてあげたいって思えるのは、悪いことじゃないよ。……だから、カイトくんも頑張りな」
スタイリストさんは、ぱちん、と星が飛ぶようなウインクをして僕に微笑みかけた。
「……そうですね」
きっと、以前の自分だったら、この人の言葉を受け入れられなかったはずだ。でも今は、分かるような気がする。分かりたい。
「カイ、帰るよ!」
彼方が遠くから、僕を大声で呼び立てる。
「はーい、今行く!」
好きなものを好きだと言えるように。自分の気持ちに素直になれるように。
僕はそんな人間になれるだろうか。
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