トリガーダンス

霧嶋めぐる

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 夜明けになると、ご主人様は家に帰ってきた。鍵の開く音がしたら、それが合図だ。

 玄関に駆け出すオレの後ろを、カノンがゆったりとした足取りでついてくる。扉が開き、姿を見せたご主人様にオレは飛びついた。

「おかえりなさい、ご主人様!」

「うわっ……はは、エアは今日も元気だな」

 ご主人様の着ているコートから外の香りがする。オレの嫌いな匂い。胸がざわざわする。だけど、オレを受け止めるご主人様の体は温かくて、心がほっと温かくなる。

 オレはご主人様のコートに自分のほっぺたを擦り付ける。少しでもオレの存在がご主人様の体に染み渡るように。

「ちゃんと留守番してた?」

「はい!」

「浴室の掃除は済ませていますよ。シャワーを浴びられますか?」

「そうだなぁ……今日は疲れたから、先に休ませてもらうよ」

 やったぁ! 心の中でガッツポーズをする。

 カノンにほくそ笑んでみせると、カノンは口元に手を当て、くすくすと笑う。

 ご主人様が、あっ、と声をあげた。

「少し仮眠を取ったら風呂にも入らせてもらおうかな。カノン、一時間後に起こしてくれる?」

……え?

「分かりました。では、その時にお風呂に入れるように準備しておきますね」

「ありがとう。よろしく頼んだよ」

 ちょ、ちょっと待って!

「ご主人様、ご主人様! オレだってご主人様を起こすことくらいできます!」

「この前、エアは僕を起こすのを忘れてただろ」

「そ、それはそうですけど……でも、ちゃんと反省したから次は失敗しません!」

 ご主人様は困ったように笑って、オレの頬を掌で包む。

「本当に? 今度は失敗しない?」

「うん!」

「じゃあ、お願いしようかな。エア、今日は少し寒いから、一緒に眠ってくれる?」

「……へへ。そう言うと思って、ご主人様の部屋を温めておいたんだ」

「エアは偉いなぁ」

 頭をよしよしと撫でられ、オレは有頂天だった。
 そうだろそうだろ。もっと褒めてよ。ご主人様ったら、オレがいなくちゃダメダメなんだから。なんて思ったりして。

 ご主人様の香りに包まれながら目を閉じる。温かくて、心地が良くて、今にも眠りの底に落ちていきそうなまどろみの中、オレの意識はふわふわと辺りを漂っている。

 アンドロイドは眠らないんだってカノンは言っていた。だけどそれは違う。アンドロイドだって眠るんだ。幸せを感じた時、オレはまぶたが重くなる。

 オレを傷つけるものはここにはいないから、だから、眠っていいんだよ。

「ご主人様」

「なんだい?」

「オレのこと、すきですか?」

「好きだよ。大好きだ」

「じゃあカノンのことは?」

 オレの頭を撫でる手が止まる。気のせいなんじゃないかと思うくらい、ほんのちょっとの間だけ。オレ達の間に空白が生まれる。

「……好きだよ」

 ご主人様なら、そう言うに違いないって分かってた。

「だったら、いいですよね」

「はは。やけに楽しそうだね。何を考えてるんだい」

「この家に、ご主人様とオレとカノンの三人で暮らすんです。これからもずっと。本当の家族として」

 依頼が終われば、オレが一人前のアンドロイドになれば、カノンは去ってしまう。それは嫌だ。

 ちゃんとした理由が欲しい。カノンじゃなくちゃいけない理由が、カノンがここにいて良い理由が欲しい。

 ご主人様はどうしてカノンを連れてきたんだろう。

 いつも遊びにくる猫ちゃんじゃなくて、いつも食材を持ってきてくれる配達員さんじゃなくて、お隣さんじゃなくて、他のアンドロイドじゃなくて、どうしてカノンなんだろう。

 契約って、どうやってするんだろう。プライドの高そうなあのアンドロイドをご主人様はどうやって説得したんだろう。

……それって、アンドロイド同士でもできるのかな。

 オレはご主人様の胸元に顔をこすりつける。ご主人様はくすりと笑って、オレの髪を撫でる。

「良いね、家族。とても素敵な響きだ」

 一時間後、オレはご主人様を起こすことができずにスヤスヤと眠っていた。カノンに起こされたご主人様は、カノンと一緒にお風呂に入ったらしい……ああ、また。二人に二人を独占されてしまった。
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