スラムに住む少女と救いの白馬

夜月桜

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スラムと外

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「はぁ、今日もご飯食べられなかったな……」
 俯きお腹を押さえながら歩く少女、ラティアは一人小さく呟いた。
 汚臭が漂い、薄汚れたお世辞にも清潔とは言えない路地。そこでは、多数の人々が暮らしている。
 経済的に、もしくは何か社会的に表では生きていけない者たちが集まる場所、スラム。そこで暮らす人々は皆、一日の食事にありつくだけで大変だ。しかも、スラムにも勢力は存在しており、ラティアの様な子供はスラムでも劣悪な環境下で暮らすことを余儀なくされていた。
 今日も今日とてゴミ漁り、もとい食料探しから空振りで寝床まで戻ってきたラティアだったが、しかし最後の曲がり角から覗く景色に足を止めた。

――あの人、誰だろう?

 曲がり角でちょうど死角になる場所からコッソリ首だけを伸ばし、自身の寝床と言うには寂しい、毛布と汚れ切った枕を置いただけの場所を見やる。
 そこには、地面に置かれている寝具を見て、顎を手で触りながら悩む男がいた。
 男の背丈は、ラティアより少し高いくらいか。歳の頃も似たようなものだ。しかし、圧倒的に違うのは、纏う服だった。ラティアやスラムの者達が着ている汚れて所々破けた拾い物ではなく、清潔且つ皺の無いちゃんとした服を身に纏っていた。

――外の人……。

 スラムにおいて、スラム以外に住む人を指す言葉に至りつつ、ラティアは表情を険しくさせた。
 スラムにて、外の人は危険とされている。スラムの人間は、基本的に市民権はもちろんのこと、戸籍が無い故に人権すら無視される。
 つまり、スラムに生きる人々を殺そうが、罪には問われないというわけだ。それを悪用して、スラムの人間を攫う人々が存在していた。
 そもそもとして、外に住む人間がスラムを訪れる理由など、本来は無いのだ。そんな中で来る以上、何もないスラムに価値を見出しているからに他ならない。
 ラティアもまた、自身の近くでその恐怖は体験していた。
 以前、ラティアとよく食料探しをしていた、少し年上の少女がいた。スラムで暮らしてはいるものの、その表情は明るかった。ラティアもまたそんな少女に心を開き、友達だとも思っていた。
 しかし、ある日。
特に約束していたわけではないが、その少女はいつも会う時間帯になっても食料探しに現れることはなかった。仕方なく一人で食料探へと行ったのだが、その帰り道。路地の隅で話す声が聞こえてきた。

「あのガキ売って貰った金も、もう残ってねぇや」
「それな~。でも、昨日食った肉は美味かったなぁ……」
「あんな肉、後十年は食えないぜ」

 青年くらいの男三人組の声だった。
 ラティアはその会話に、背筋を震わせた。時間になっても現れなかった少女が、先の会話における売ったガキだったら?
 辻褄があってしまったのだ。
 以降、ラティアは身を隠すように生きてきた。スラムで暮らす以上は幸せな人生なんて期待していなかったが、だがそれでも人身売買などに巻き込まれることは勘弁だった。
 が、しかし。
 そんなラティアだったのだが、この時。外の人間である少年に受けた印象は、最初こそ警戒したものの後には興味へと変わっていた。

――わざわざこんな場所まで、何しに来たんだろう?

 年の近い少年という事も、身を隠してずっと孤独に生きてきたという事も、その他いろいろなことが繋がった結果だったのだろう。
 とにかく、結論から言えばラティアは少年に声を掛けた。「何か用?」と。そして少年は、「君がラティアか?」と問で返した。

「うん、そうだけど?」
「そうか。探した甲斐があったな」
「探した? 私を?」
「そうだ。回りくどいのは嫌いなので、単刀直入に聞く。ラティア、俺と一緒に来ないか?」
「え……ッ」

 そう言って手を差し伸べた少年の姿を、ラティアは今でも覚えている。
 スラムという地獄から救い出してくれる王子様。眠っていた少女としての感情が芽生えて花を咲かせ、高鳴ることを知らなかった胸がドキドキと脈を刻む。
 
――ガルアード様? 私は一生、貴方様にこのご恩をお返しいたしますね。
 
 そう言って、眠る少年、今ではすっかり青年へと変貌した主人であるガルアードの手を取り、その甲へと頬を擦り付ける。
 これまでも、そしてこれからも。
 二人はパートナーとして、共に歩み続ける――
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