冒険者は覇王となりて

夜月桜

文字の大きさ
31 / 32
第二章

第二十九話

しおりを挟む
「ん、んぅ?」
 俺は怠く重い意識の中から浮上する。
「ここは……?」
 上体を起こす。
白い天井が目に入った。次いで、首を巡らせると白いカーテン。少し薬臭い匂いが鼻を突く。
 どうやら救護室らしい。
「ん? レイン、さん?」
 横で、もぞりと動く気配があった。
 ベッドの縁に頭を預け眠っていたのは、ティナさんだった。
「ティナさん?」
「え、レインさん? ……。レインさん⁉」
 寝ぼけ眼をこすり数秒。
 意識が覚醒したのか、俺の姿を認めるとガバッと飛びついてきた。
「レインさん! よかった、起きてくれた……」
 はぁ、と大きなため息をついてホッとしているティナさん。
「えっと、ご迷惑を掛けてしまいましたか?」
 10階層でモンスターの大群に襲われて、その後倒れたところまでは覚えている。後は、何か心地よいものに運ばれた記憶が薄っすらと。
「いえ、そんなことはありません。ですが、心配はしていました。一週間も寝たままだったので」
「一週間⁉ そんなに寝たままだったんですか……」
 俺の記憶では、ついさっきまで迷宮で戦っていたので、今に至るまでは一瞬だったのだが、ティナさんには随分と心配をかけてしまったらしい。
そこで、俺はふと思い出す。
「そういえば。お母さんは大丈夫なんですか?」
「あ、はい。フィルさんに作っていただいた薬で、もうすっかり元気です。その節は、本当にお世話になりました」
「いえいえ。元々それが目的でしたしね。よくなったのなら何よりです」
 俺たちの苦労は無駄にならなかったこと。ひとまずそれが証明されて、心の重荷がスッと軽くなったような気がした。
「あ、そういえばお医者様からの言伝があるんでした。この一週間で、傷や怪我はほとんど治っているので、明日にでも退院できる。だそうですよ」
「本当ですか? それはよかったです」
 病院で数日も過ごすとか、暇すぎて退屈だからな。これは朗報だった。
「では、レインさん。私は一旦戻ってギルドのお仕事をしてきます。リアさんとセレナさんはすぐに帰ってくると思いますので、そうしたら目を覚ましたことは伝えておきますね。お二人も、随分と心配していましたから」
「あはは。お願いします」
 二人にも迷惑を掛けていたか。俺がもう少し強ければ、こんなことにはならなかったのにな。
「あの、レインさん」
「はい?」
「一度、目を瞑ってくれませんか?」
「目、ですか? 構いませんけど」
 言われたとおりに目を瞑る。ゴミでもついてたか?
 少し待っていると、何やら唇にやわらかくてぷにぷにの何かが触れた。
「ッ⁉」
 俺は驚いて目を開けるが。
「じゃ、じゃあ! 私はこれで! 失礼します!」
 顔を真っ赤にしたティナさんは、頭を下げて一礼すると、脱兎の如きスピードで病室を後にしていった。
「なんだよ今の。反則だろ……」
 残されたのは、唇を意識してしょうがない俺一人だった。

「良い冒険者に巡り合えたのね」
 カウンターに戻ったティナは、対面で書類仕事をしているアルマからそう声を掛けられた。
「は、はい。レインさんには感謝してます」
 そう言ったティナの顔が真っ赤なのに気が付き、アルマの顔にはニマニマとした笑みが浮かぶ。
「あんないい子、そうそう居ないわよ? もし落とすつもりなら、早めにね。あの子の周り、既にかわいい女の子がたくさんいるから。盗られちゃうわよ?」
「あ、アルマさん⁉」
 ティナはアルマの冗談に、本気で焦ってさらに顔を真っ赤にさせる。その反応こそが、アルマにとってのご褒美であると知らずに。
「べ、別に私、レインさんのことは……」
 勢いで否定するティナ。
 が、そこでこれまでのレインとの日々が頭をよぎる。
 出会ったとき。書類を落としてしまったティナを、レインは何も言わずに手伝ってくれて、力を貸してくれた。あの時、ティナは確かにこの人のサポーターになれたら、と思ってしまったのだ。
 いつも優しくて、男の人特有のあの威張った感じを表に出さずに、自分と接してくれる。
 今回だって、自分の異変にいち早く気が付いて心配してくれて。見返りも求めずにオーガの心臓を採りに行ってくれた。しかも、10階層という危険を冒してまで。
 これからも一緒にいれば、喜んだり悲しんだり楽しくて笑ったり、時に喧嘩したり。
 いろいろあるだろうが、そのどれもが嫌だとは感じなかった。
 そこまで想像してしまって、ティナは……
「……ッ⁉」
 胸がどきどきして、顔も熱い。
「ふふ。その反応は何かな~?」
「あ、あれぇ?」
 アルマのからかいも意識の外。ただただ困惑するティナ。
「若いっていいわねー」
 そんな姿を見て、彼氏のいない歴=年齢のアルマはため息をつく。
「私にも、王子様が来ないかしら」
つい本音が零れるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

扱いの悪い勇者パーティを啖呵切って離脱した俺、辺境で美女たちと国を作ったらいつの間にか国もハーレムも大陸最強になっていた。

みにぶた🐽
ファンタジー
いいねありがとうございます!反応あるも励みになります。 勇者パーティから“手柄横取り”でパーティ離脱した俺に残ったのは、地球の本を召喚し、読み終えた物語を魔法として再現できるチートスキル《幻想書庫》だけ。  辺境の獣人少女を助けた俺は、物語魔法で水を引き、結界を張り、知恵と技術で開拓村を発展させていく。やがてエルフや元貴族も加わり、村は多種族共和国へ――そして、旧王国と勇者が再び迫る。  だが俺には『三国志』も『孫子』も『トロイの木馬』もある。折伏し、仲間に変える――物語で世界をひっくり返す成り上がり建国譚、開幕!

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...