明鏡の絵空事

うちゃたん

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第十六話 男泣き

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―朝


茶々丸と弾は天狗の意識が戻るのを待っていた。
とは言っても、あれだけの傷を負った。
死ぬか生きるかの状態だった天狗、しばらく時間はかかりそうだ。


「赤鼻じーさん、大丈夫かな?」茶々丸は天狗の顔を覗き込む。


「傷口を見てみよう」弾はそう言って、傷に当てた布を少し剥がしてみた。



すると驚いた事に、あれほどの傷がほとんど消えていた。


「傷がない!」弾と茶々丸、二人は声を揃えて驚いた。


「穀の実のおかげかな?」茶々丸が言った。


「うん、それしか考えられない。しかし、ここまですごい効果だとは!」



「赤鼻じーさん!良かったな!」茶々丸は、天狗に話しかけてみた。



すると、天狗がピクピクッと体を動かした。



「おい、弾!目を覚ましそうだ!」茶々丸は弾を呼んだ。


弾と茶々丸はじーと、顔を覗き込む。


少しづつ、目を開ける天狗。



鳥の声、眩しい朝の日差し。
目の前には、小さな小太りのネズミと、確か自分を切った男がいる。
“あれ?ワシは、死んでない?”
天狗の頭の中は少し混乱していた。



「赤鼻じーさん、大丈夫か?」茶々丸が声をかける。


「お・・・お、おう」



「体の痛む所は?」弾が心配そうな顔をして言った。



「痛い?痛い?ん~痛いはずだが・・・死んどるのかな?痛くないわ」少しだけ、声は枯れているが話せるようだ。



「弾がな、穀の実っていうスゲー薬を使ってすぐに傷を消しちゃったんだ!だから痛くないんだよ!スゲーだろ!」茶々丸は自慢げに言った。



天狗は切られたはずの、胸を触ってみた。



「本当じゃ!消えとる!痛くも痒くもないわ!」そう言って、飛び起きた。



「傷は治っても、あれほどの血が吹き出た。安静にしてなくては・・・」弾は飛び起きた天狗を落ち着かせようとした。



「信じられん!ワシは、ワシは生きとる――――ッ!!!!」天狗は興奮気味だ。驚くほどの回復力。


この様子を見て、弾と茶々丸はほっとした様子だ。


「いや、確かにワシは殺されたのにこんなに元気じゃ!本当に嘘のようだ!オホホー」



「弾はな、色々な薬が作れるスゲーん奴なんだ!
夢薬ゆめぐすりって不思議な薬を作れるんだ!
俺たちはスゲー薬を作りながら、スゲー旅をしてんだよ!」茶々丸は自分の事のように、また自慢げに話した。


それを聞くと、天狗は驚いたのか動きが止まった。



「それは真まことか?
夢薬を作れる者がまだこの世にいたとは信じられん!
明鏡の絵空事
まるで夢物語のように真実を映し出す薬ってか!
本当に、本当に作れるのか?」天狗は真剣な顔をした。



「えぇ」弾は一言だけ返事をした。


「なんて言う日だ・・・」


天狗にとって、夢薬とはなんなのか。
そう思うほど、驚いている様子だ。


すると、弾は改まった様子で話しを始めた。


「赤鼻じーさん、手荒な真似をしてすまなかった・・・
こうするしかなくて」そう言って弾は頭を下げた。



「いや!わかっておる!わかっておるから、謝るのはこちらじゃ。
迷惑をかけて、巻き込んでしまってすまなかった。
おぬしの名前は弾だん・・・と言ったかの?
弾、ワシを生かしてくれてありがとう」そう言って天狗は頭を下げた。



弾の考えている事はわかっているようだ。
生かす為に、死んだ事にしたことを。



「ワシも少しやり過ぎてしまった。形振り構わず我を見失ってしまったよ。
だが、もう死ぬんじゃって思った瞬間。
家族に会いたくなった。
命尽きるまで天狗谷で、天狗らしく過ごすのも悪くない。
もう主だとか、神樹だとか、もう・・・どうでも良くなったよ。
生かされたこの命、もう雑には扱わなん」天狗はうなずきながら、言った。




すると弾は、荷物から小包を出し天狗の前に置いた。



「これは?」天狗は不思議そうな顔をした。




「これは、神樹の苗。
これで、一からやり直せるなら使ってほしい」




弾が黄乃松の植物屋で買った神樹の苗。
神樹の苗など滅多の目にかかれる物ではない。
迷わず買った、苗だ。



天狗は、小包をじっと見た。
返事も出来ず、じっと見た。




「国に神樹を取られてしまったのなら、この苗を育てて、力をかけて、
また天狗谷の命にしてほしい。出来るはずだ。
これで、もう一度やり直せる」弾は力強く言った。




天狗の目は視点が定まらずにいる。
話す事も出来ないままだ。
これで一族が助かるのだ。
言葉にできぬほどの喜びであろう。




天狗は、ツーツーと涙を流し始めた。



次第に、涙は大粒になり、滝の如く止まらない。
何も言わず、ただ泣いている。
無言の男泣き。


「中身くらい、見たらどうですか?」


弾と茶々丸は微笑んだ。
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