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1.夢の話
夢の中私は横になっていた。意識はぼんやりとしてはいるが自分が生きているという感覚だけはあり、網戸から流れ込む風だけを頼りに嫌な蒸し暑さを凌いでいた。部屋はベランダのすぐ隣で、窓ガラスから覗くと雨よけ屋根とスカイツリーが見える。雨よけの屋根には猫が登っていて、ニャーニャーと鳴いている。曇り空には野鳥らが飛び交い、喧騒が取り巻いていた(とりだけに)。野鳥らは集団で責めるように高い空から吠える。猫は自分の居場所を守るように一層鳴く。数十秒の交戦の末、猫はどこかに行ってしまった。野鳥らは次の空に飛んで行った。
私は何をするでもなく、ただ漠然と無になっていた。そうして何分経ったのだろうか。先ほど去ったと思しき猫が洗濯機の影から顔をひょこりと出した。猫は私に向かって鳴く。私も何の気無しに猫の鳴き真似をすると、その猫は網戸に近づき、網戸を開けるために柔らかい手を振り続けた。網戸は僅かにずれたり、カタカタと音を立てたが、開く事はなかった。いつしか猫はいなくってた。
次に意識がはっきりとした時、私は家の外の道に立っていた。そこで私は道に倒れている何かを見つけた。近くに寄るとそれは茶色い毛並みをした動物で、私は先ほどの猫だろうと確信した。しかしそこにいたのは犬であり、私は疑問に思った。
ー繰り返しになるがこれは夢の話だー
夢の中で私は犬を撫でるかという選択肢を取ることになった。はい、いいえがどことも言えない場所に表示され、私ははいを選択した。
その犬は日本語を話した。私はもうすぐ死ぬ、と。本当に訳のわからないまま私はその犬を抱き上げた。
そこで夢は終わった。この夢にどんな意味があるのかはわからない。ただ、今朝見た夢の話は私の中に色濃く残り、腕にはあの犬の温もりがあるように感じた。
2.種
寝苦しい夜を超え、僕は太陽を浴びて目を覚ます。そろそろクーラーをつけるのも視野に入れつつ、僕はノソノソと台所まで向かう。寝巻きは汗でいやにぐっしょりしていた。発汗で乾いた身体に僕は水やりをする。内側にある種はまだ発芽する様子はない。
今日も目が染みるような社会を生き延びなければならない。そう思うと僕が飼っている「怪物」は影を濃くしたような気がした。
顔を洗い歯磨きをする。寝癖を整えて服を着替える。朝食は普段から摂っていない。僕は自分が所属する共同体に電車で向かう。
共同体につくと、僕は心を空箱にして過ごす。小さい頃は色々なもので溢れていた玩具箱だったが、今は全て捨ててしまった。
人というのは不思議なもので、ふとしたことでパンクする。これを言ったのは僕が今その事態に陥ったからだ。
好き勝手放題にその日は生きた。すべての柵を薙ぎ払って好きなものを摂取し続けた。
登場人物が全員素直すぎて共感に乏しくなるような小説。
四つ打ちのビートでオフボーカルで聴くと全部同じに聴こえるようなJ-POP。
眩暈がするくらい強い酒。
衣がべちゃっとしたコンビニの唐揚げ。
我ながら自堕落だと思うが、涙が出るほどくだらなく久しぶりに出た下卑た笑いは止まらなかった。
怪物は満足げに微笑む。約20年出なかった芽は、新しい命を示すかのようにポツンと存在していた。
3.異常者
子供の頃、大人というのは自分が生きてきた年月に反比例して狭まった視野で物事をあたかも正論のように吐く異常者だと思っていた。
僕は今年大学生になった。大人といえば大人だし、子供と言われれば子供の枠内に収まってるような気もする。
5月に誕生日を迎えて19歳になり、あと一年でこの喉はアルコールを流せるようになるし、吸おうと思えば煙草を吸って汚れた煙を吐くこともできる。
子供の頃の考えは相変わらず自分の中に根を張っている。僕には兄がいるのだが、兄が支離滅裂な意見を投擲して僕が反旗を翻しても、年上だからという一点張りで全てが沈静化されてしまう。
僕という人間はその日にあった嫌なことは案外見過ごせる性格なのだが、次の日、でなくてもふとした瞬間にその記憶が油汚れのように脳にこびりつく。そういう時に物に当たりそうになるのは、僕が子供だからだ。
今の僕にあるのは兄への嫌悪だ。しかし兄弟というのは不思議なもので、顔を合わせたら多少は話すし、その空気が嫌いになれない自分がいた。
書き疲れてきたので結論だけ話そう。僕の意見は、大人というのが異常者なのでは無く、僕らは誰もが異常を飼っている、ということだ。僕は単なる子供で、子供だから兄の意見が気に食わない。きっとその程度なんだろう。
4.七夕
今日という日は、つまり七夕は僕の初恋の相手の誕生日だ。そこに深い意味はないが、やはり7月7日という日が来るとあの果実のような日常が沸々と甦る。
僕は一年間その相手に片想いを馳せていた。相手も僕の好意には気がついていただろう。朝の登校を一緒に行かないかと誘ってみたり、放課後少し駄弁りながら歩いたりもした。
しかし、やはり初恋というのは実らないもので、果実は重力に従って地面に落ち、その潤った中身をぶち撒けた。あの子にとっての彦星は僕ではなかっただけの話だ。
今、僕の隣には織姫がいる。その子の事を僕はきちんと愛せていると思う。
初恋というものは本当に厄介だ。熱帯夜に絡みつく湿度のように、僕の体から離れはしない。その上、流れ出る汗が悪くないと思ってしまう自分がいるのが余計に厄介だ。
今でも駅でふと見かけたり、SNSでその子の影を見るとあの日の光景が瞼に浮かんでしまう。だが、決してそれは織姫に対する裏切りではない。
初恋も、隣にいる最愛の女性への想いも、それらはすべて純愛だ。人を愛する事は決して悪意ではない。
短冊にお願い事を書くなど幾年振りだろうか。
「全員が幸せになれますように!!」
柄にもないが、真剣な願いを短冊に込めた。
5.君は誰
僕には高校時代から付き合っている彼女がいる。高校一年生の時に演劇部で出会った。ちなみに僕に演技の才覚は存在していなかった。僕にあったのは才覚と言えるほどではない程度の脚本家としての能力だった。
そんな平凡な僕と比べ...いや、比べるのも烏滸がましい程に彼女は違った。彼女にあったのは恵まれた容姿、それだけではなかった。彼女の演技は素人のレベルではなく、文化祭で初めて演技を披露した時は全校生徒を異世界へと連れていった。
誰もが思うだろうし、僕も思っている事なのだが、なぜ僕と彼女は付き合えたのだろうか。どんなミステリーよりも不思議な事なのだが、告白は僕からではなく彼女からだった。僕が断る理由はなかったし、彼女に惹かれていたので、僕たちはその冬付き合った。初めて誰かと迎えた冬はとても温かいものだった。
あれから大学生となり、そこから四年生になった今まで関係は変わらず続いていた。ただ、変わらなかったのは恋人という関係性だけだった。
彼女は高校卒業後、演劇の世界へと飛び込んだ。やはり彼女の才覚はプロの世界でも通用するものだったらしく、大学に進学しつつ今までの四年間、舞台に立って人々を別世へと誘った。
僕は彼氏として、彼女の活躍を誇りに思っている。これはどんな透明なものよりも真実である。
彼女は一般の大学生と比べるまでもなく多忙を極めている。なので高校時代に比べて会う頻度はめっきり減った。大学受験の時と同じかそれ以下だ。ちなみにその点に関してはお互いに不満はない。お互いに独立した時間を孤独に歩んでいける精神があるからだ。
一ヶ月に一回くらい会う時間を設けている。会うたびに彼女という存在は色を変えていった。それはより輝きを増していき、彼女自身が現実のものではないかと思わせる程だ。
付き合った当初から釣り合っていないと思っていたが、その気持ちは年月を重ねていく度に大きくなっていった。僕は文学部に通う凡人、彼女は演劇の才をもつ天才。
ありえない話だと信じたいが、彼女は僕といる時も演技をしているのではないかと考えてしまう。役作りや経験のために当たり障りのない安全そうな男をそばに置くことを目的としているのではないだろうか、と思ってしまう時がある。
変わったのは彼女だけではない。僕の心もだ。彼女の隣で歩く事は誇らしさと同時に自分の背丈以上の劣等感を抱かせた。川の流れが石の角を緩やかに削っていくように、僕の心もすり減っていった。石と違うのはそれで丸くなるのではなく、むしろ角だけが目立つようになったことだ。僕は自分の不甲斐なさを彼女にぶつけていくようになっていた。
変わらないであるのは関係だけ。彼女は良い方向に変わり、僕は悪い方向に変わった。今の君はどんな気持ちで僕と手を繋いでいるのだろうか。
彼女は僕の何に惹かれてあの時告白したのだろうか。
あの時の僕はどんな人間だったのだろか。
あの時の僕らは、今の僕らは、「誰?」
君は誰?
6.また明日
私は雨上がりの夜空が好きだ。昔から雨が嫌いで、降り始めると憂鬱な気分が水溜りを作るのだが、それが過ぎ去った空、特に夜の空に情趣を感じた。
雲が若干残っていて月明かりが仄暗く、湿度が高めのあの空気。それらは安寧を運んできてくれる。
私という人間は、いわゆるブラック企業で働いている。大学に進学する経済的余裕がなく、高卒で入った所は学生時代に着ていたワイシャツとは真逆の色をしていた。
辞める勇気も出ずに、ずるずると今の仕事を続けているのだが、言い草からもわかるように正直全部を放り出してやりたい。仕事中に上司に資料を投げつけて帰宅し、熱々のシャワーを浴びる。そして、そのままふかふかなベッドにダイブすることを何度妄想したことだろう。
この雨上がりの夜空を前にして、今の境遇を想うと否応なしに愚痴が溢れる。きっと私の心には土砂降りではないほどの雨が降り続けている。
ふと風が吹き抜けると、月明かりを防いでいた雲が移動し、私の目に月光が染みた。
今日はもう寝よう。そうして明日も感情を捨てた機械になって社会に馴染もう。...
翌日、起きると雨が降っていた。電車が遅延して、私は初めて会社に遅刻した。叱られるのは仕方ないと思っていたが、関係のないことまで持ち出してきて、5分の遅刻で1時間は叱責を受けていた。
昼休みに近くのコンビニに行き、お弁当とお茶を買った。割り箸が上手く割れなかったし、不注意でお茶をこぼしてしまい、膝の上と資料を濡らしてしまった。
今日という日は何かがずれていた。何をやっていても上手くいかず、雨の日特有の湿度が苛立ちを増幅させた。
お昼明けからも上司の私に対する嫌味は続いた。私は相槌を打ち続けていたのだが、上司が放った
「もうお前仕事辞めちまえよ」
という言葉で私の中の何かがぷつりと切れた。私は勢いよく立ち上がり帰り支度を進める。上司はそんな私を見て大きな声をぶつける。周囲の人間も私のことを見てきたが、もう関係ない。我慢の限界を超えた人間というのは心臓を突き刺す以外の事では止まらない。
「今までありがとうございました」
私はそう言い放ち、いつもより大股で会社から出て家にまで向かった。
家に向かう最中も雨は降っていたが、私は傘をささなかった。それが心地よかった。
家に入り何度妄想したかわからない理想を実行する。いつもより温度を高めに設定したシャワーを浴びて、湯船に飛び込む。いつぶりにやったかわからないが頭まで全て湯船に沈め、水中で目を開けたりしてみた。当たり前のように目は痛かった。
風呂上がりにはお酒を飲んだ。普段なら金曜と土曜日以外飲まないものだが、仕事がなくなった今そんなことは関係なかった。
その後も宅配ピザを頼んだり、下品に笑えるB級映画などで心も身体も満たしていった。
きっと明日になったら私は自分のやった事の愚かさに気がつくのだろう。なぜ感情的になってしまったのだろうと。
それでも今の私だけは何時間か前の私を認めてやるしかないのだ。二十歳になった時に一回だけ吸ってから手を出してない煙草にも火をつけてみた。数年ぶりに肺に空気を入れたため大きくむせた。悪いものが内側から出ていく気がして悪い気はしなかった。
健全な眠気が襲ってきた。長めの吸い殻を台所のゴミ箱に投げ捨てベッドに向かう。私はベッドを壊す勢いでダイブする。そのまま夢の中まで行くのに時間はかからなかった。
長い間降り続けていた雨は止んでいた。
7.穴
春は出会いと別れの季節。誰もが聞いたことあるような言葉だ。今年の春は僕にとって別れの春だ。
彼女が死んだ。僕の彼女の古川綾音は二週間前に交通事故に遭った。原因は運転手の居眠りだった。全ての過失はその運転手にあるが、彼を執拗に責めたところで綾音は帰ってくることはない。裁判などの手続きは古川家の問題なので、僕は関わらないようにしている。
僕の見る全ての風景はモノトーンに成ったかのように色彩を失った。味の濃い物を食べても何も感じられず、水だけが僕の体を心地よく通った。
二年間付き合った古川綾音という存在は、どうやら僕が思ってる以上に僕の人間的な感覚を研ぎ澄ましていてくれていたらしい。改めてそれを実感すると、心にぽっかりと空いた穴は更に広がりを大きくした。
返信も既読もないことはわかっているが、僕は綾音にLINEを送り続けている。「おはよう」「今度の日曜デートしよう」「バイトおつかれ」など、今では当たり前ではなくなった言葉たちを、執念深く指で突いては、画面の先の誰もいない虚空に送り続けている。それは切実な祈りでもあり、眩しい絶望でもある。
大事な人を失うというのは、自分自身を失うことと同義なのだと僕は知った。心に空いた穴は塞がることはなく、むしろ広がり続ける。前を見て歩き始めたとしても、それは穴だらけの心を目立たない場所に仕舞って、新しく用意した心を依代にしているだけだ。それを悪いこととは言わない。
僕もきっといつかは新品の心で社会に溶け込んでいくのだろう。綾音という傷口を放置して膿んでしまった部分を切り捨てて、健康だが不健全と呼べる足取りで生きていく。
綾音が死んで何年もの月日が流れた。僕はようやく君の墓前に立てている。優しい春風が頬を撫でた。
8.化生
この世界には「妖」という人ならざる者が存在している。妖は心を喰う。奴らは人間の弱った心を常に狙っている。心を喰われた人間の症状は主に二つに分けられる。
一つは実質的な死、もう一つは宿主化だ。前者は心を失ったことによる感情の喪失である。これを人は「死」と呼んだ。心を喰われた人間の収容所となっている施設では、生気が抜け切った人間がただ立ち尽くしたり、寝たきりになっているらしい。
後者の宿主化というのは言葉のままで、妖に体ごと乗っ取られるケースだ。妖は心を喰う時一度実体に溶け込む。肚を満たした後に実体から抜け出て次の心を探すのが大半なのだが、時折抜け出さずに人間の体を器として留まる場合がある。人間の体と妖の心を持ったこの状態は「妖者」と呼ばれている。
妖者の出現はかなりレアだ。なので出現が確認されると対妖組織である「AGO」が討伐の為に動く。妖者は心だけではなく物理的な死をももたらす。なので妖者の発生は緊張を生む。人間の見た目をしているが、動きは正に化け物である。訓練されたAGOの隊員が数人がかりで挑み、大きな被害を出したうえでようやく任務が遂行されるのだ。
長々と説明してしまったが、これでも妖に関しての情報は半分も説明できていない。もしも君らが妖をより深く知りたければ、その時にまた話そう。
私の名前は錦城敦。AGOに所属する27歳の男だ。前述で説明した通り妖による被害を抑えるために今日も勤務している。
「きんさんおはよーっす」
この軽い口調の正体は、私の部下である和堂幸人だ。
「おはよう和堂君。それと上司にはきちんと挨拶をしなさい。」
「はーい、すみません。明日から検討します」
「即座に改善しなさい。」
こんな軽い感じの男だが、現場に出ると中々にできる男で、所謂やればできるタイプだ。私も立場上厳しく振る舞っているが、実際はたいして気にしていない。和堂もその事には気がついていて私が不快にならないラインで軽口を叩いている。
「きんさ...じゃなくてキンジョウさん。昨日の事件聞きました?」
「片言で呼ばれるくらいならきんさんの方がいいですね。それはいいとして、事件というと例の公園でのですか?」
「やっぱり聞いてますよね。酷い事件ですよ全く」
昨夜、私たちが配属された部署近隣の公園で女子高生二人が惨殺された。監視カメラの映像で即座に確認したところ、案の定妖者による事件だった。
「これはかなり忙しくなりそうじゃないすか?妖者出たのって何ヶ月ぶりくらいでしたっけ?」
「この管轄で最後に出たのは三ヶ月前だな。あの時は被害はそこまで出なかったが、今回の妖者は中々に獰猛だ。緊張感を持って励むように。」
「わかってますよ。それに俺、やる時はやる男なんで!」
「ああ、知ってる。」
おそらく今は調査部の方が事件を細かく調べている。解析が終わった後に私たち実働部隊に要請が届く。今回の事件は判断材料が多いため、早ければ明日には要請が入るだろう。
「妖者のことは調査部に任せておくとして、私たちは別の事に集中しよう。和堂君、何か気になることは?」
「今妖者以外に気になることなんて特に...あ。えっと、一つだけありました。本当に些細なことなんですけど」
一息置いて和堂は言葉を続ける。
「ここ最近成人男性...そうですね、きんさん位の年齢の人が続々と収容されていってるんですよ。けど、その人たちは周囲の人たち曰く病んでる様子とかは無かったらしいんです。心の弱さを狙うのが普通なのに、そうじゃない人たちが連続して収容所に入っていくのに少しだけ違和感を感じました」
「心が弱っていないのに狙われた人らの連続被害。確かに少し違和感を感じますね。わかりました、ありがとうございます。」
それを皮切りに私たちはそれぞれの業務を行う。昼休憩では再び顔を合わせて仕事以外の話もする。私は煙草を嗜んでいるため和堂に別れを告げて喫煙室に向かった。
明日からきっと途轍もなく多忙を極めることになる。そのため仕事を定時までにきっちり終わらせ、帰り支度を済ませる。
「それではお疲れ様でした」
私は会社を後にした。
私は一人暮らしなので、帰りにはスーパーによる。自炊するための食材や足りなくなっていた日用品を思い返して籠に入れていく。大きめの袋を購入して私はスーパーを後にした。
スーパーを出ると外はかなり暗くなっていた。私の家は昨晩妖者が出た公園の近隣にあるため、外には私以外誰もいなかった。今もしも妖者に出くわしたらまずいなと思いつつ、私は歩いていく。そして、件の公園が見えてきた。当たり前のように立入禁止のテープなどが貼りめぐされており、そこは危険であると明瞭に示していた。
その時、私の目は確実に動く何かを捉えた。
「誰だ!」
私は叫んだ。気のせいではない、間違いなく私の目は公園の中で動く何かを映した。当たり前だが返事はない。
私は独断で公園に踏み込むことを決意した。妖者だった場合ほぼ確実に命を落とすことになるが、私が放置して一般市民に被害を及ぼすわけにはいかない。私はスーパーの袋をその場に投げ捨て、携帯していた対妖用のナイフを装備する。迎撃の体制をとりつつ、慎重に公園に侵入していく。長く感じる時間をかけて、私は公園の中心にまで来ていた。
「どこからでも来るといい」
私は集中力を極限まで高める。その時ガサッと植え込みの方で音がした。
「そこか」
私は音の出た植え込みに向かって駆け出す。その瞬間、植え込みから黒い塊が飛び出してきた。
妖者ではない。ただの妖だ。私一人で事足りる。私はナイフを振るった。それを妖は完璧に避けた。随分と素早い個体だった。
「悪いがここで討伐させてもらう。お前が妖者にならない保証はないからな」
そうだ、どんな妖も妖者に化ける可能性はある。ここで確実に討伐する。
「人間っていうのは何も分かってないんだね」
私は驚愕した。
「今喋ったのはお前か?」
いや有り得ない。人の体に寄生した妖者が情報を読み取り人語を話すことはよくあることだが、妖の段階で人語を話すなど聞いたことがない。
「そうだよ。今こうやって話してるのは私だ」
「お前は妖者なのか?」
「おいおい、こんなドス黒くて流動的な人間があると思うのか?」
それもそうだ。どう見ても妖の見た目はふよふよ動く黒い塊だ。
「じゃあなんでお前は話せているんだ。」
「その質問は必要かな」
「いいから答えろ!さもなくば即切り捨てるぞ!」
「まったく短気だ。そんなに急がなくても教えないなんて言ってないのに」
私はさっさと話せという意味の視線をやつにぶつける。
「そんなに睨まないでよ。ちゃんと教えるからさ」
「最初からそうしろ」
「まず僕は君が思うように妖だよ。妖者じゃない。けど君が思ってるような妖でもない」
「どういうことだ」
「人間だって進化するだろ?僕も妖が成長して生まれたって言うのが一番簡単かな。ゴキブリが薬に耐性をもつ子孫を産むように、僕らも人語が話せるように進化したって感じ」
「妖が現れ始めたのは何百年も昔だ。つまりお前らは長い時間をかけて進化したということか。」
「そういうこと。まあでもそんなに沢山僕みたいなのがいるわけじゃない。突然変異種とでも区別した方がわかりやすいかな」
妖の突然変異種。ならばやはり...
「お前はここで処分した方が良さそうだ。あまりにも未知数でどんな被害が生まれるか想像ができん。」
心の弱さを狙うような存在に、知能までつき始めたら...わかることは間違いなく良い方向に物事が進まないことだ。
「そんなに焦らないでよ。もう一つだけ君らAGOにとって有意義な情報を教えるからさ」
AGOのことも、そして私がAGOの隊員であることも把握済みか。もしかしたらこの妖は生まれてからかなり時間が経っているのかもしれない。
「なんだそれは、言ってみろ。」
「最近心が弱ってないのに心を喰われた事件が連続して起こっているのはしってるよね」
和堂と今朝ちょうど話した事件だった。
「ああ、知っている。それがどうした。」
「あれの犯人は僕だよ。収容された六人の心を喰ったのは僕さ」
私は聞き終わる前に突っ込んでいた。やはりこいつは危険だ。
「気にならないのかい?どうやって私が弱ってない心を喰ったのか」
「お前が死ねば解決だ。」
「また私のような変異種が出た場合は?」
「そいつも殺すさ」
私はナイフを振る。奴はそれをまたしても避ける。だが、それはわかっていた。
「そっちに避けると思っていた。」
そう、本命は二振り目。一振り目のナイフはフェンイントだった。私のナイフは奴を切り裂いた。
「ぐぁっ。痛い、痛い」
奴は悶絶していた。隙が出来たので私はとどめを刺そうと三度踏み込んだ。
「待って!この公園で出た妖者の事を教えるから!」
私はその言葉に動揺した。そのせいで踏み込みが甘くなる。その時、表情のない化け物がニヤリと笑っていた気がした。
奴の体は突如拡大され、真っ黒な手が私の体を地面に叩きつけた。
「ぐはっ」
私は受け身が取れず、呼吸がうまく出来なくなった。
(横隔膜がやられたか...)
妖は私に近づいてくる。
「あんた、結構強いだろ。体格も良いし、技術もある。けど正義感が足を引っ張ったね。事件を解決したいっていう意識が踏み込みを浅くした」
「くそ、離せ」
「それで話す馬鹿はいないよ。あと、妖者についての情報は僕は一切持ってないよ。ごめんね」
奴はヘラヘラと謝った。
「私の心を喰うのか」
「普段ならそうしてる」
ならば今回は違うのだろうか。
「僕は待っていたんだよ、優秀な器が現れる時を」
私の額から汗が噴き出る。
「お前っ!私に寄生するつもりか!」
「ご名答~。僕の知識と君のフィジカルと立場があれば全てを支配できる」
妖はいつ抜いたかわからないが、私の財布から出した名刺をヒラヒラと掲げた。
「それじゃ、悪いけど。その体貰うね」
妖は私ちどんどんと近づいてくる。拘束から抜け出そうにも途轍もないパワーでびくともしない。くそ、ただ死ぬならまだしもここまでの悪意の塊に体を奪われたら社会への被害は波の妖者以上のものになってしまう!
「さようなら、錦城敦さん」
私の意識は闇に落ちた。
「...ん?」
目を覚ますと私は夜の公園に仰向けになっていた。
「酒でも飲んだのか?」
私はぼやけた意識の中で寝る前のことを思い出してみる。思い出したのは酒を飲んだ記憶ではなく公園で妖と戦った夢のことだった。
「夢...?」
私は状況が掴めないまま立ち上がる。その時だった、
「おい、なんで意識がある!?」
どこからか声がした。周りを見渡すも人影はない。しかしその声は確実に私の内側に響いた。内側...?
「なんで気がついてないんだよ!僕だよ僕!さっきお前の体を乗っ取ったはずの妖だよ!」
その声は私の脳味噌に直接響いた。
「なんでピンときてないんだよ!さっきまで僕と戦ってだろ!そんで負けただろうが!」
「ちょっと待て!え?は?じゃあなんだ。さっきまでのことは夢では無かったのか!」
「最初からそう言ってるだろ!?」
「そうは言ってなかっただろ!?」
これは私が妖者となり、様々な事件に立ち向かう物語だ。
9.事故物件に女子高生がいた
単刀直入に言うと、今日から僕が住む部屋には幽霊がいた。
「で、誰なん君?」
僕は幽霊に問いかけた。
「私?私は私だけど?」
「幽霊だよな?」
「そうだけど?」
「ならいい。今日からここに住む斉藤だ。趣味で小説を嗜んでる。よろしく」
「あ、うん。よろしく」
意図せずできたシェアハウスのルームメイトに軽い挨拶を済ませて、僕は荷物を下ろした。
「貴方、この部屋事後物件なのによく住む気になったね」
「家賃が安かったからな」
「だとしても嫌じゃない?事後物件って」
「賑やかなのは嫌いじゃないからなぁ」
「もしかして相当アホ?」
「心外な。ただ鈍感で無神経なだけだ」
「アホの方が良くない?」
僕はこの世には居ないはずの存在と軽口を叩き合った。
「で、なんで君はこの部屋にいたわけ?」
「本当に無神経なんだね」
気になったのだから仕方がないだろう。昔から知らないことを知るのが僕の唯一の快楽であったのだから。
「良いだろ、減るもんじゃないし。というか幽霊がパーソナリティ気にすんなよ」
「もしも実体があったら今すぐぶっ飛ばしてるよ」
「幽霊が物理の発想に行くなよ。呪い殺せ」
「...無視するね。私がここにいるわけは~」
ちなみにクソどうでも良い話(当社比)だったのでここの描写は割愛することにする。文字数が勿体無い。
「とりあえず、なんだ、まあ、その、おつかれさま、成仏してくれ」
「それ普通に死ねって言ってるのに気がついてる?」
「もう死んでるだろ」
「それはそう」
というわけで僕はこの幽霊と一緒に暮らすことになった。
「おい幽霊、君の名前は」
「まず自分から名乗れば、えと、生き物?」
「僕の名前はさっきも言ったが斉藤だ。斉藤悠人、ゆーちゃんとでも呼んでくれ」
「斉藤君ね。わかった」
多分半分しかわかってくれてないな。
「私の名前は宮澤莉華。この部屋で自殺したぴちぴちのJKだよ」
「死んでるのにぴちぴちなのか、結構なことだ」
「きゃるーん」
「塩撒くぞ」
「あれ別に効かないよ?」
「打つ手無しか、終わった」
「まだ何も始まってないよ」
その通り。まだ何も始まっていないのだ。今日という日から、僕の生活は始まるのだ。この若い女の幽霊と共に。
「なんか雑に締めたけど、考えるの面倒くさくなっただけでしょ」
10.懺悔
人は生きて誰かと関わっている以上、誰かを必ず傷つけている。これを仕方ないと諦観することは簡単である。
知らぬ間に傷つけているということは、自分自身も傷つけられてることもある。この痛みを即座に感じることもあれば、降り積もる雪のようにじんわりと心から温度を奪っていく場合もある。前者は健全な痛みであると考えている。後者は取り返しのつかない事態になることも多い。
なぜこのような話をするかというと、私の友人は後者であり、とある雪の日に自らの魂を死に導いた。
あの日以降、私の目に映るものは全て雪が降り頻っている。鮮やかな世界を目を庇って進まないと、私はこの社会を歩くことが困難になっていた。友人の自殺は、私にとってそれほど衝撃をもたらした。
友人がこの世を去る前日に、私は彼と会っていた。大学卒業から半年以上ぶりに彼から連絡が入り、食事でもどうかと誘われた。私はもちろん誘いに乗り、その週の末日に彼と出会った。
思えばその時にヒントは沢山散りばめられていたのだ。彼の表情や愚痴の内容、陰りのある表情や伸びっぱなしの髭と髪、学生時代の爽やかな姿や性格からは想像できないような変化。皮肉なことに今だからわかる、彼は私に曖昧ながら救難信号を出していたのだ。
後悔。一言で表すなら、これ以外ないだろう。きっと私はこれからも後悔の念を抱いて生きていく。それは優しい彼から不甲斐ない私に与えられた罰なんかではない。私自身が私に課す呪いだ。
春の風が吹こうと、決して雪を解かさないで欲しい。その冷たさを感じることが、私にできる最低限の償いだからだ。
夢の中私は横になっていた。意識はぼんやりとしてはいるが自分が生きているという感覚だけはあり、網戸から流れ込む風だけを頼りに嫌な蒸し暑さを凌いでいた。部屋はベランダのすぐ隣で、窓ガラスから覗くと雨よけ屋根とスカイツリーが見える。雨よけの屋根には猫が登っていて、ニャーニャーと鳴いている。曇り空には野鳥らが飛び交い、喧騒が取り巻いていた(とりだけに)。野鳥らは集団で責めるように高い空から吠える。猫は自分の居場所を守るように一層鳴く。数十秒の交戦の末、猫はどこかに行ってしまった。野鳥らは次の空に飛んで行った。
私は何をするでもなく、ただ漠然と無になっていた。そうして何分経ったのだろうか。先ほど去ったと思しき猫が洗濯機の影から顔をひょこりと出した。猫は私に向かって鳴く。私も何の気無しに猫の鳴き真似をすると、その猫は網戸に近づき、網戸を開けるために柔らかい手を振り続けた。網戸は僅かにずれたり、カタカタと音を立てたが、開く事はなかった。いつしか猫はいなくってた。
次に意識がはっきりとした時、私は家の外の道に立っていた。そこで私は道に倒れている何かを見つけた。近くに寄るとそれは茶色い毛並みをした動物で、私は先ほどの猫だろうと確信した。しかしそこにいたのは犬であり、私は疑問に思った。
ー繰り返しになるがこれは夢の話だー
夢の中で私は犬を撫でるかという選択肢を取ることになった。はい、いいえがどことも言えない場所に表示され、私ははいを選択した。
その犬は日本語を話した。私はもうすぐ死ぬ、と。本当に訳のわからないまま私はその犬を抱き上げた。
そこで夢は終わった。この夢にどんな意味があるのかはわからない。ただ、今朝見た夢の話は私の中に色濃く残り、腕にはあの犬の温もりがあるように感じた。
2.種
寝苦しい夜を超え、僕は太陽を浴びて目を覚ます。そろそろクーラーをつけるのも視野に入れつつ、僕はノソノソと台所まで向かう。寝巻きは汗でいやにぐっしょりしていた。発汗で乾いた身体に僕は水やりをする。内側にある種はまだ発芽する様子はない。
今日も目が染みるような社会を生き延びなければならない。そう思うと僕が飼っている「怪物」は影を濃くしたような気がした。
顔を洗い歯磨きをする。寝癖を整えて服を着替える。朝食は普段から摂っていない。僕は自分が所属する共同体に電車で向かう。
共同体につくと、僕は心を空箱にして過ごす。小さい頃は色々なもので溢れていた玩具箱だったが、今は全て捨ててしまった。
人というのは不思議なもので、ふとしたことでパンクする。これを言ったのは僕が今その事態に陥ったからだ。
好き勝手放題にその日は生きた。すべての柵を薙ぎ払って好きなものを摂取し続けた。
登場人物が全員素直すぎて共感に乏しくなるような小説。
四つ打ちのビートでオフボーカルで聴くと全部同じに聴こえるようなJ-POP。
眩暈がするくらい強い酒。
衣がべちゃっとしたコンビニの唐揚げ。
我ながら自堕落だと思うが、涙が出るほどくだらなく久しぶりに出た下卑た笑いは止まらなかった。
怪物は満足げに微笑む。約20年出なかった芽は、新しい命を示すかのようにポツンと存在していた。
3.異常者
子供の頃、大人というのは自分が生きてきた年月に反比例して狭まった視野で物事をあたかも正論のように吐く異常者だと思っていた。
僕は今年大学生になった。大人といえば大人だし、子供と言われれば子供の枠内に収まってるような気もする。
5月に誕生日を迎えて19歳になり、あと一年でこの喉はアルコールを流せるようになるし、吸おうと思えば煙草を吸って汚れた煙を吐くこともできる。
子供の頃の考えは相変わらず自分の中に根を張っている。僕には兄がいるのだが、兄が支離滅裂な意見を投擲して僕が反旗を翻しても、年上だからという一点張りで全てが沈静化されてしまう。
僕という人間はその日にあった嫌なことは案外見過ごせる性格なのだが、次の日、でなくてもふとした瞬間にその記憶が油汚れのように脳にこびりつく。そういう時に物に当たりそうになるのは、僕が子供だからだ。
今の僕にあるのは兄への嫌悪だ。しかし兄弟というのは不思議なもので、顔を合わせたら多少は話すし、その空気が嫌いになれない自分がいた。
書き疲れてきたので結論だけ話そう。僕の意見は、大人というのが異常者なのでは無く、僕らは誰もが異常を飼っている、ということだ。僕は単なる子供で、子供だから兄の意見が気に食わない。きっとその程度なんだろう。
4.七夕
今日という日は、つまり七夕は僕の初恋の相手の誕生日だ。そこに深い意味はないが、やはり7月7日という日が来るとあの果実のような日常が沸々と甦る。
僕は一年間その相手に片想いを馳せていた。相手も僕の好意には気がついていただろう。朝の登校を一緒に行かないかと誘ってみたり、放課後少し駄弁りながら歩いたりもした。
しかし、やはり初恋というのは実らないもので、果実は重力に従って地面に落ち、その潤った中身をぶち撒けた。あの子にとっての彦星は僕ではなかっただけの話だ。
今、僕の隣には織姫がいる。その子の事を僕はきちんと愛せていると思う。
初恋というものは本当に厄介だ。熱帯夜に絡みつく湿度のように、僕の体から離れはしない。その上、流れ出る汗が悪くないと思ってしまう自分がいるのが余計に厄介だ。
今でも駅でふと見かけたり、SNSでその子の影を見るとあの日の光景が瞼に浮かんでしまう。だが、決してそれは織姫に対する裏切りではない。
初恋も、隣にいる最愛の女性への想いも、それらはすべて純愛だ。人を愛する事は決して悪意ではない。
短冊にお願い事を書くなど幾年振りだろうか。
「全員が幸せになれますように!!」
柄にもないが、真剣な願いを短冊に込めた。
5.君は誰
僕には高校時代から付き合っている彼女がいる。高校一年生の時に演劇部で出会った。ちなみに僕に演技の才覚は存在していなかった。僕にあったのは才覚と言えるほどではない程度の脚本家としての能力だった。
そんな平凡な僕と比べ...いや、比べるのも烏滸がましい程に彼女は違った。彼女にあったのは恵まれた容姿、それだけではなかった。彼女の演技は素人のレベルではなく、文化祭で初めて演技を披露した時は全校生徒を異世界へと連れていった。
誰もが思うだろうし、僕も思っている事なのだが、なぜ僕と彼女は付き合えたのだろうか。どんなミステリーよりも不思議な事なのだが、告白は僕からではなく彼女からだった。僕が断る理由はなかったし、彼女に惹かれていたので、僕たちはその冬付き合った。初めて誰かと迎えた冬はとても温かいものだった。
あれから大学生となり、そこから四年生になった今まで関係は変わらず続いていた。ただ、変わらなかったのは恋人という関係性だけだった。
彼女は高校卒業後、演劇の世界へと飛び込んだ。やはり彼女の才覚はプロの世界でも通用するものだったらしく、大学に進学しつつ今までの四年間、舞台に立って人々を別世へと誘った。
僕は彼氏として、彼女の活躍を誇りに思っている。これはどんな透明なものよりも真実である。
彼女は一般の大学生と比べるまでもなく多忙を極めている。なので高校時代に比べて会う頻度はめっきり減った。大学受験の時と同じかそれ以下だ。ちなみにその点に関してはお互いに不満はない。お互いに独立した時間を孤独に歩んでいける精神があるからだ。
一ヶ月に一回くらい会う時間を設けている。会うたびに彼女という存在は色を変えていった。それはより輝きを増していき、彼女自身が現実のものではないかと思わせる程だ。
付き合った当初から釣り合っていないと思っていたが、その気持ちは年月を重ねていく度に大きくなっていった。僕は文学部に通う凡人、彼女は演劇の才をもつ天才。
ありえない話だと信じたいが、彼女は僕といる時も演技をしているのではないかと考えてしまう。役作りや経験のために当たり障りのない安全そうな男をそばに置くことを目的としているのではないだろうか、と思ってしまう時がある。
変わったのは彼女だけではない。僕の心もだ。彼女の隣で歩く事は誇らしさと同時に自分の背丈以上の劣等感を抱かせた。川の流れが石の角を緩やかに削っていくように、僕の心もすり減っていった。石と違うのはそれで丸くなるのではなく、むしろ角だけが目立つようになったことだ。僕は自分の不甲斐なさを彼女にぶつけていくようになっていた。
変わらないであるのは関係だけ。彼女は良い方向に変わり、僕は悪い方向に変わった。今の君はどんな気持ちで僕と手を繋いでいるのだろうか。
彼女は僕の何に惹かれてあの時告白したのだろうか。
あの時の僕はどんな人間だったのだろか。
あの時の僕らは、今の僕らは、「誰?」
君は誰?
6.また明日
私は雨上がりの夜空が好きだ。昔から雨が嫌いで、降り始めると憂鬱な気分が水溜りを作るのだが、それが過ぎ去った空、特に夜の空に情趣を感じた。
雲が若干残っていて月明かりが仄暗く、湿度が高めのあの空気。それらは安寧を運んできてくれる。
私という人間は、いわゆるブラック企業で働いている。大学に進学する経済的余裕がなく、高卒で入った所は学生時代に着ていたワイシャツとは真逆の色をしていた。
辞める勇気も出ずに、ずるずると今の仕事を続けているのだが、言い草からもわかるように正直全部を放り出してやりたい。仕事中に上司に資料を投げつけて帰宅し、熱々のシャワーを浴びる。そして、そのままふかふかなベッドにダイブすることを何度妄想したことだろう。
この雨上がりの夜空を前にして、今の境遇を想うと否応なしに愚痴が溢れる。きっと私の心には土砂降りではないほどの雨が降り続けている。
ふと風が吹き抜けると、月明かりを防いでいた雲が移動し、私の目に月光が染みた。
今日はもう寝よう。そうして明日も感情を捨てた機械になって社会に馴染もう。...
翌日、起きると雨が降っていた。電車が遅延して、私は初めて会社に遅刻した。叱られるのは仕方ないと思っていたが、関係のないことまで持ち出してきて、5分の遅刻で1時間は叱責を受けていた。
昼休みに近くのコンビニに行き、お弁当とお茶を買った。割り箸が上手く割れなかったし、不注意でお茶をこぼしてしまい、膝の上と資料を濡らしてしまった。
今日という日は何かがずれていた。何をやっていても上手くいかず、雨の日特有の湿度が苛立ちを増幅させた。
お昼明けからも上司の私に対する嫌味は続いた。私は相槌を打ち続けていたのだが、上司が放った
「もうお前仕事辞めちまえよ」
という言葉で私の中の何かがぷつりと切れた。私は勢いよく立ち上がり帰り支度を進める。上司はそんな私を見て大きな声をぶつける。周囲の人間も私のことを見てきたが、もう関係ない。我慢の限界を超えた人間というのは心臓を突き刺す以外の事では止まらない。
「今までありがとうございました」
私はそう言い放ち、いつもより大股で会社から出て家にまで向かった。
家に向かう最中も雨は降っていたが、私は傘をささなかった。それが心地よかった。
家に入り何度妄想したかわからない理想を実行する。いつもより温度を高めに設定したシャワーを浴びて、湯船に飛び込む。いつぶりにやったかわからないが頭まで全て湯船に沈め、水中で目を開けたりしてみた。当たり前のように目は痛かった。
風呂上がりにはお酒を飲んだ。普段なら金曜と土曜日以外飲まないものだが、仕事がなくなった今そんなことは関係なかった。
その後も宅配ピザを頼んだり、下品に笑えるB級映画などで心も身体も満たしていった。
きっと明日になったら私は自分のやった事の愚かさに気がつくのだろう。なぜ感情的になってしまったのだろうと。
それでも今の私だけは何時間か前の私を認めてやるしかないのだ。二十歳になった時に一回だけ吸ってから手を出してない煙草にも火をつけてみた。数年ぶりに肺に空気を入れたため大きくむせた。悪いものが内側から出ていく気がして悪い気はしなかった。
健全な眠気が襲ってきた。長めの吸い殻を台所のゴミ箱に投げ捨てベッドに向かう。私はベッドを壊す勢いでダイブする。そのまま夢の中まで行くのに時間はかからなかった。
長い間降り続けていた雨は止んでいた。
7.穴
春は出会いと別れの季節。誰もが聞いたことあるような言葉だ。今年の春は僕にとって別れの春だ。
彼女が死んだ。僕の彼女の古川綾音は二週間前に交通事故に遭った。原因は運転手の居眠りだった。全ての過失はその運転手にあるが、彼を執拗に責めたところで綾音は帰ってくることはない。裁判などの手続きは古川家の問題なので、僕は関わらないようにしている。
僕の見る全ての風景はモノトーンに成ったかのように色彩を失った。味の濃い物を食べても何も感じられず、水だけが僕の体を心地よく通った。
二年間付き合った古川綾音という存在は、どうやら僕が思ってる以上に僕の人間的な感覚を研ぎ澄ましていてくれていたらしい。改めてそれを実感すると、心にぽっかりと空いた穴は更に広がりを大きくした。
返信も既読もないことはわかっているが、僕は綾音にLINEを送り続けている。「おはよう」「今度の日曜デートしよう」「バイトおつかれ」など、今では当たり前ではなくなった言葉たちを、執念深く指で突いては、画面の先の誰もいない虚空に送り続けている。それは切実な祈りでもあり、眩しい絶望でもある。
大事な人を失うというのは、自分自身を失うことと同義なのだと僕は知った。心に空いた穴は塞がることはなく、むしろ広がり続ける。前を見て歩き始めたとしても、それは穴だらけの心を目立たない場所に仕舞って、新しく用意した心を依代にしているだけだ。それを悪いこととは言わない。
僕もきっといつかは新品の心で社会に溶け込んでいくのだろう。綾音という傷口を放置して膿んでしまった部分を切り捨てて、健康だが不健全と呼べる足取りで生きていく。
綾音が死んで何年もの月日が流れた。僕はようやく君の墓前に立てている。優しい春風が頬を撫でた。
8.化生
この世界には「妖」という人ならざる者が存在している。妖は心を喰う。奴らは人間の弱った心を常に狙っている。心を喰われた人間の症状は主に二つに分けられる。
一つは実質的な死、もう一つは宿主化だ。前者は心を失ったことによる感情の喪失である。これを人は「死」と呼んだ。心を喰われた人間の収容所となっている施設では、生気が抜け切った人間がただ立ち尽くしたり、寝たきりになっているらしい。
後者の宿主化というのは言葉のままで、妖に体ごと乗っ取られるケースだ。妖は心を喰う時一度実体に溶け込む。肚を満たした後に実体から抜け出て次の心を探すのが大半なのだが、時折抜け出さずに人間の体を器として留まる場合がある。人間の体と妖の心を持ったこの状態は「妖者」と呼ばれている。
妖者の出現はかなりレアだ。なので出現が確認されると対妖組織である「AGO」が討伐の為に動く。妖者は心だけではなく物理的な死をももたらす。なので妖者の発生は緊張を生む。人間の見た目をしているが、動きは正に化け物である。訓練されたAGOの隊員が数人がかりで挑み、大きな被害を出したうえでようやく任務が遂行されるのだ。
長々と説明してしまったが、これでも妖に関しての情報は半分も説明できていない。もしも君らが妖をより深く知りたければ、その時にまた話そう。
私の名前は錦城敦。AGOに所属する27歳の男だ。前述で説明した通り妖による被害を抑えるために今日も勤務している。
「きんさんおはよーっす」
この軽い口調の正体は、私の部下である和堂幸人だ。
「おはよう和堂君。それと上司にはきちんと挨拶をしなさい。」
「はーい、すみません。明日から検討します」
「即座に改善しなさい。」
こんな軽い感じの男だが、現場に出ると中々にできる男で、所謂やればできるタイプだ。私も立場上厳しく振る舞っているが、実際はたいして気にしていない。和堂もその事には気がついていて私が不快にならないラインで軽口を叩いている。
「きんさ...じゃなくてキンジョウさん。昨日の事件聞きました?」
「片言で呼ばれるくらいならきんさんの方がいいですね。それはいいとして、事件というと例の公園でのですか?」
「やっぱり聞いてますよね。酷い事件ですよ全く」
昨夜、私たちが配属された部署近隣の公園で女子高生二人が惨殺された。監視カメラの映像で即座に確認したところ、案の定妖者による事件だった。
「これはかなり忙しくなりそうじゃないすか?妖者出たのって何ヶ月ぶりくらいでしたっけ?」
「この管轄で最後に出たのは三ヶ月前だな。あの時は被害はそこまで出なかったが、今回の妖者は中々に獰猛だ。緊張感を持って励むように。」
「わかってますよ。それに俺、やる時はやる男なんで!」
「ああ、知ってる。」
おそらく今は調査部の方が事件を細かく調べている。解析が終わった後に私たち実働部隊に要請が届く。今回の事件は判断材料が多いため、早ければ明日には要請が入るだろう。
「妖者のことは調査部に任せておくとして、私たちは別の事に集中しよう。和堂君、何か気になることは?」
「今妖者以外に気になることなんて特に...あ。えっと、一つだけありました。本当に些細なことなんですけど」
一息置いて和堂は言葉を続ける。
「ここ最近成人男性...そうですね、きんさん位の年齢の人が続々と収容されていってるんですよ。けど、その人たちは周囲の人たち曰く病んでる様子とかは無かったらしいんです。心の弱さを狙うのが普通なのに、そうじゃない人たちが連続して収容所に入っていくのに少しだけ違和感を感じました」
「心が弱っていないのに狙われた人らの連続被害。確かに少し違和感を感じますね。わかりました、ありがとうございます。」
それを皮切りに私たちはそれぞれの業務を行う。昼休憩では再び顔を合わせて仕事以外の話もする。私は煙草を嗜んでいるため和堂に別れを告げて喫煙室に向かった。
明日からきっと途轍もなく多忙を極めることになる。そのため仕事を定時までにきっちり終わらせ、帰り支度を済ませる。
「それではお疲れ様でした」
私は会社を後にした。
私は一人暮らしなので、帰りにはスーパーによる。自炊するための食材や足りなくなっていた日用品を思い返して籠に入れていく。大きめの袋を購入して私はスーパーを後にした。
スーパーを出ると外はかなり暗くなっていた。私の家は昨晩妖者が出た公園の近隣にあるため、外には私以外誰もいなかった。今もしも妖者に出くわしたらまずいなと思いつつ、私は歩いていく。そして、件の公園が見えてきた。当たり前のように立入禁止のテープなどが貼りめぐされており、そこは危険であると明瞭に示していた。
その時、私の目は確実に動く何かを捉えた。
「誰だ!」
私は叫んだ。気のせいではない、間違いなく私の目は公園の中で動く何かを映した。当たり前だが返事はない。
私は独断で公園に踏み込むことを決意した。妖者だった場合ほぼ確実に命を落とすことになるが、私が放置して一般市民に被害を及ぼすわけにはいかない。私はスーパーの袋をその場に投げ捨て、携帯していた対妖用のナイフを装備する。迎撃の体制をとりつつ、慎重に公園に侵入していく。長く感じる時間をかけて、私は公園の中心にまで来ていた。
「どこからでも来るといい」
私は集中力を極限まで高める。その時ガサッと植え込みの方で音がした。
「そこか」
私は音の出た植え込みに向かって駆け出す。その瞬間、植え込みから黒い塊が飛び出してきた。
妖者ではない。ただの妖だ。私一人で事足りる。私はナイフを振るった。それを妖は完璧に避けた。随分と素早い個体だった。
「悪いがここで討伐させてもらう。お前が妖者にならない保証はないからな」
そうだ、どんな妖も妖者に化ける可能性はある。ここで確実に討伐する。
「人間っていうのは何も分かってないんだね」
私は驚愕した。
「今喋ったのはお前か?」
いや有り得ない。人の体に寄生した妖者が情報を読み取り人語を話すことはよくあることだが、妖の段階で人語を話すなど聞いたことがない。
「そうだよ。今こうやって話してるのは私だ」
「お前は妖者なのか?」
「おいおい、こんなドス黒くて流動的な人間があると思うのか?」
それもそうだ。どう見ても妖の見た目はふよふよ動く黒い塊だ。
「じゃあなんでお前は話せているんだ。」
「その質問は必要かな」
「いいから答えろ!さもなくば即切り捨てるぞ!」
「まったく短気だ。そんなに急がなくても教えないなんて言ってないのに」
私はさっさと話せという意味の視線をやつにぶつける。
「そんなに睨まないでよ。ちゃんと教えるからさ」
「最初からそうしろ」
「まず僕は君が思うように妖だよ。妖者じゃない。けど君が思ってるような妖でもない」
「どういうことだ」
「人間だって進化するだろ?僕も妖が成長して生まれたって言うのが一番簡単かな。ゴキブリが薬に耐性をもつ子孫を産むように、僕らも人語が話せるように進化したって感じ」
「妖が現れ始めたのは何百年も昔だ。つまりお前らは長い時間をかけて進化したということか。」
「そういうこと。まあでもそんなに沢山僕みたいなのがいるわけじゃない。突然変異種とでも区別した方がわかりやすいかな」
妖の突然変異種。ならばやはり...
「お前はここで処分した方が良さそうだ。あまりにも未知数でどんな被害が生まれるか想像ができん。」
心の弱さを狙うような存在に、知能までつき始めたら...わかることは間違いなく良い方向に物事が進まないことだ。
「そんなに焦らないでよ。もう一つだけ君らAGOにとって有意義な情報を教えるからさ」
AGOのことも、そして私がAGOの隊員であることも把握済みか。もしかしたらこの妖は生まれてからかなり時間が経っているのかもしれない。
「なんだそれは、言ってみろ。」
「最近心が弱ってないのに心を喰われた事件が連続して起こっているのはしってるよね」
和堂と今朝ちょうど話した事件だった。
「ああ、知っている。それがどうした。」
「あれの犯人は僕だよ。収容された六人の心を喰ったのは僕さ」
私は聞き終わる前に突っ込んでいた。やはりこいつは危険だ。
「気にならないのかい?どうやって私が弱ってない心を喰ったのか」
「お前が死ねば解決だ。」
「また私のような変異種が出た場合は?」
「そいつも殺すさ」
私はナイフを振る。奴はそれをまたしても避ける。だが、それはわかっていた。
「そっちに避けると思っていた。」
そう、本命は二振り目。一振り目のナイフはフェンイントだった。私のナイフは奴を切り裂いた。
「ぐぁっ。痛い、痛い」
奴は悶絶していた。隙が出来たので私はとどめを刺そうと三度踏み込んだ。
「待って!この公園で出た妖者の事を教えるから!」
私はその言葉に動揺した。そのせいで踏み込みが甘くなる。その時、表情のない化け物がニヤリと笑っていた気がした。
奴の体は突如拡大され、真っ黒な手が私の体を地面に叩きつけた。
「ぐはっ」
私は受け身が取れず、呼吸がうまく出来なくなった。
(横隔膜がやられたか...)
妖は私に近づいてくる。
「あんた、結構強いだろ。体格も良いし、技術もある。けど正義感が足を引っ張ったね。事件を解決したいっていう意識が踏み込みを浅くした」
「くそ、離せ」
「それで話す馬鹿はいないよ。あと、妖者についての情報は僕は一切持ってないよ。ごめんね」
奴はヘラヘラと謝った。
「私の心を喰うのか」
「普段ならそうしてる」
ならば今回は違うのだろうか。
「僕は待っていたんだよ、優秀な器が現れる時を」
私の額から汗が噴き出る。
「お前っ!私に寄生するつもりか!」
「ご名答~。僕の知識と君のフィジカルと立場があれば全てを支配できる」
妖はいつ抜いたかわからないが、私の財布から出した名刺をヒラヒラと掲げた。
「それじゃ、悪いけど。その体貰うね」
妖は私ちどんどんと近づいてくる。拘束から抜け出そうにも途轍もないパワーでびくともしない。くそ、ただ死ぬならまだしもここまでの悪意の塊に体を奪われたら社会への被害は波の妖者以上のものになってしまう!
「さようなら、錦城敦さん」
私の意識は闇に落ちた。
「...ん?」
目を覚ますと私は夜の公園に仰向けになっていた。
「酒でも飲んだのか?」
私はぼやけた意識の中で寝る前のことを思い出してみる。思い出したのは酒を飲んだ記憶ではなく公園で妖と戦った夢のことだった。
「夢...?」
私は状況が掴めないまま立ち上がる。その時だった、
「おい、なんで意識がある!?」
どこからか声がした。周りを見渡すも人影はない。しかしその声は確実に私の内側に響いた。内側...?
「なんで気がついてないんだよ!僕だよ僕!さっきお前の体を乗っ取ったはずの妖だよ!」
その声は私の脳味噌に直接響いた。
「なんでピンときてないんだよ!さっきまで僕と戦ってだろ!そんで負けただろうが!」
「ちょっと待て!え?は?じゃあなんだ。さっきまでのことは夢では無かったのか!」
「最初からそう言ってるだろ!?」
「そうは言ってなかっただろ!?」
これは私が妖者となり、様々な事件に立ち向かう物語だ。
9.事故物件に女子高生がいた
単刀直入に言うと、今日から僕が住む部屋には幽霊がいた。
「で、誰なん君?」
僕は幽霊に問いかけた。
「私?私は私だけど?」
「幽霊だよな?」
「そうだけど?」
「ならいい。今日からここに住む斉藤だ。趣味で小説を嗜んでる。よろしく」
「あ、うん。よろしく」
意図せずできたシェアハウスのルームメイトに軽い挨拶を済ませて、僕は荷物を下ろした。
「貴方、この部屋事後物件なのによく住む気になったね」
「家賃が安かったからな」
「だとしても嫌じゃない?事後物件って」
「賑やかなのは嫌いじゃないからなぁ」
「もしかして相当アホ?」
「心外な。ただ鈍感で無神経なだけだ」
「アホの方が良くない?」
僕はこの世には居ないはずの存在と軽口を叩き合った。
「で、なんで君はこの部屋にいたわけ?」
「本当に無神経なんだね」
気になったのだから仕方がないだろう。昔から知らないことを知るのが僕の唯一の快楽であったのだから。
「良いだろ、減るもんじゃないし。というか幽霊がパーソナリティ気にすんなよ」
「もしも実体があったら今すぐぶっ飛ばしてるよ」
「幽霊が物理の発想に行くなよ。呪い殺せ」
「...無視するね。私がここにいるわけは~」
ちなみにクソどうでも良い話(当社比)だったのでここの描写は割愛することにする。文字数が勿体無い。
「とりあえず、なんだ、まあ、その、おつかれさま、成仏してくれ」
「それ普通に死ねって言ってるのに気がついてる?」
「もう死んでるだろ」
「それはそう」
というわけで僕はこの幽霊と一緒に暮らすことになった。
「おい幽霊、君の名前は」
「まず自分から名乗れば、えと、生き物?」
「僕の名前はさっきも言ったが斉藤だ。斉藤悠人、ゆーちゃんとでも呼んでくれ」
「斉藤君ね。わかった」
多分半分しかわかってくれてないな。
「私の名前は宮澤莉華。この部屋で自殺したぴちぴちのJKだよ」
「死んでるのにぴちぴちなのか、結構なことだ」
「きゃるーん」
「塩撒くぞ」
「あれ別に効かないよ?」
「打つ手無しか、終わった」
「まだ何も始まってないよ」
その通り。まだ何も始まっていないのだ。今日という日から、僕の生活は始まるのだ。この若い女の幽霊と共に。
「なんか雑に締めたけど、考えるの面倒くさくなっただけでしょ」
10.懺悔
人は生きて誰かと関わっている以上、誰かを必ず傷つけている。これを仕方ないと諦観することは簡単である。
知らぬ間に傷つけているということは、自分自身も傷つけられてることもある。この痛みを即座に感じることもあれば、降り積もる雪のようにじんわりと心から温度を奪っていく場合もある。前者は健全な痛みであると考えている。後者は取り返しのつかない事態になることも多い。
なぜこのような話をするかというと、私の友人は後者であり、とある雪の日に自らの魂を死に導いた。
あの日以降、私の目に映るものは全て雪が降り頻っている。鮮やかな世界を目を庇って進まないと、私はこの社会を歩くことが困難になっていた。友人の自殺は、私にとってそれほど衝撃をもたらした。
友人がこの世を去る前日に、私は彼と会っていた。大学卒業から半年以上ぶりに彼から連絡が入り、食事でもどうかと誘われた。私はもちろん誘いに乗り、その週の末日に彼と出会った。
思えばその時にヒントは沢山散りばめられていたのだ。彼の表情や愚痴の内容、陰りのある表情や伸びっぱなしの髭と髪、学生時代の爽やかな姿や性格からは想像できないような変化。皮肉なことに今だからわかる、彼は私に曖昧ながら救難信号を出していたのだ。
後悔。一言で表すなら、これ以外ないだろう。きっと私はこれからも後悔の念を抱いて生きていく。それは優しい彼から不甲斐ない私に与えられた罰なんかではない。私自身が私に課す呪いだ。
春の風が吹こうと、決して雪を解かさないで欲しい。その冷たさを感じることが、私にできる最低限の償いだからだ。
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神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
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