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【四十五話】終焉を迎えなかった世界のこれから

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 *

 ふと律は目が覚めた。
 それから見覚えのない天井と、隣に眠るアナスタシアに気がついた。

「……そうだった」

 ここは来客室で、久しぶりにアナスタシアと──。

「ん? リツ?」
「アナ、起きちゃった?」
「あたし……? あっ!」
「思い出した?」

 室内はすっかり暗くなっていた。
 律が寝るとき、灯りを消した覚えはないから、だれかが消してくれたのかもしれない。いやそれより、昼間だったから、点いていなかったような気もする。
 律はまだ、防音魔法が有効なのを確認して、それから身体を起こした。

「アナ」

 律はアナスタシアを覆って、じっと顔を見つめた。
 アナスタシアも律を見つめたが、ふとなにか思い出したようだ。

「あ……。レイ」
「任せっきりだったね。心配?」
「……うん」
「もう一回、って思ったけど」
「ちょ、ちょっとリツ!」
「だって、せっかくアナと久しぶりに二人っきりなのにって」
「それは! あたしもだけど!」

 玲のことが気になるのは分かるから、律は大人しくアナスタシアから離れた。

「ふふ、お母さん、だね」
「もう!」

 律とアナスタシアは来客室から出て、中央の部屋へ向かった。
 大丈夫だと思うけど、扉を開けるときは妙な緊張感を伴った。
 扉を開けると、妙に静かで、律とアナスタシアは思わず顔を合わせた。
 そっと部屋に入ると、白くて丸いベッドの上に蘭が寝ているのが見えた。そしてアーロンがベッドの縁に腰掛けていた。

「あれ?」

 律とアナスタシアに気がついたアーロンが立ち上がり、それから来た扉に押し戻された。

「今、ようやく寝たんだよ」
「だれが?」
「レイとネイ」
「もしかしてレイ、ずっと泣いてた?」
「いや、ネイとキャッキャッと遊んでたぞ」

 アーロンの言葉に、アナスタシアはホッとしたようだ。

「最初、泣いてたけど、トマスがあやしたら泣き止んでな。……ほんと、あの声はある意味、魔性の声だ」

 それからはネイと一緒に遊んでいたらしい。

「リツもトマスの声で泣き止んでたし」
「……知ってる」
「覚えてるのか?」
「なんとなくね」

 だからこそあの声に弱いわけだが。

「あ、泣いてる」

 扉越しだけど、言われてみれば泣き声がする。
 アナスタシアは慌てて扉を開けて部屋に飛び込み、ベッドに寝ていたはずの玲の元へと走った。
 扉を開けられた途端、響く声に律はびっくりして目を丸くした。

「ぼく、あんなに大きな声では泣かなかったよね?」
「あー、リツはあんまり泣かなかったな。三人の誰かが抱っこしてればご機嫌だったし。その中でもトマスが気に入ってたみたいだけどな」

 言われて、だれかに抱っこをされていた記憶がある。
 暑苦しかったり……たぶんこれはアーロンだ、良い声であやされたり……これはトマス、イバンは抱っこされていたら魔力を感じてムズムズしたり、安堵したりだった。

「レイ、ごめんねぇ」

 と声を掛けながらアナスタシアが抱っこしたら、泣き声がおさまった。
 それからこちらに背を向けて、たぶんあれは授乳しているのか、と思って、律はさりげなくアーロンをベッドから少し遠ざけることにした。

「にしても、ランとネイはよく寝てるな」
「あの泣き声で起きないなんて、すごいね」

 それからしばらくして蘭と寧が起きてきて、と色々としているとご飯の時間になり、食事となったわけだが。
 蘭たち四人は相変わらず通常運転で、今日の夕飯はイバンの膝の上で食べるらしい。
 アナスタシアに視線を向けると、

「やっぱりここもこうなのね」

 と言われ、状況を把握した。

「最初、見たときはびっくりしたんだけど、これがここでの普通らしいから、慣れるしかないよね」
「リ、リツもその、あれしたい?」
「んー? アナが望むのなら」
「いやー、あたしは自分で食べるわ」

 ということで、イチャイチャしながら食べてる人たちは無視して、律とアナスタシアはトマスの作ってくれた料理を堪能した。

 *

 そうして──。
 その後、どうなったのかというと。

 サフラ聖国は解体されることが世界会議で決定された。
 理由は、大異変が倒されたからだ。
 そこはまぁ、この国の存在理由であったのだから、順当な扱いではある。
 そして、サフラ聖国のあった土地の扱いだが。

「長い間、大異変が封印されていた不浄の土地は近接してる国はどこも欲しがらなかったと?」
「ここは北で、土地も痩せていてうま味がないみたいですからね」
「ということでだ、リツ」
「はい?」
「サフラ聖国のあった土地、丸々とリツに与えるってさ」
「え? だからって、え? なにそれ?」
「つまり、リツを始祖として独立国家をここに築けって」
「は? なにそれ、盛大な罰ゲームじゃないっ?」

 玲がもう少し大きくなったらアナスタシアと三人で旅に出ようという話をした矢先にされて、律は拒否しようとしたのだが。

「……ちょっと、ごめんなさい」

 アナスタシアが口を押さえて席を立った。
 それを見た律は慌てて席を立ち、追いかけた。

「アナ? なに、気持ち悪い?」

 そんな会話をしながら、遠ざかる二人を見て、残った人たちは一斉にうなずいた。

「二人目だな」
「間違いなくそうだな」
「今度は男の子かしら?」
「ランも大丈夫ですか? お腹、張ったりしてませんか?」
「うん、大丈夫よ」

 蘭は今、アーロンの子を身ごもっていた。経過は順調だ。

 それからしばらくして、青ざめたアナスタシアと律が戻ってきた。

「さっきの話だけど」
「あぁ」
「……引き受けるよ」
「え?」
「アナにまた、子どもが出来たみたいだし。……それに他の勇者や聖女の居場所を確保しなきゃ、でしょ?」
「急にやる気になって……なんかあったのか?」
「ぼくもいつまでもランたちのところに居られないから、旅に出ようって思ったんだけど」
「律、それは駄目!」

 蘭が立ち上がって律を引き留めた。

「ってなるのは目に見えてたから、こっそり出て行こうと思ったのに。アナが……というか、ぼくのせいなんだけど! だったら、ぼくは自分の居場所を自分で切り開かなくてはならなくて。……だったら、先ほどの話、乗っちゃったらいいかな、と」
「では、引き受けると返事をしますよ?」
「うー、改めて聞かれるととっても躊躇をするけど、……はい」

 律の返事に男三人はニヤリと笑い、蘭は心配そうに律を見た。

「まぁ、私たちも手伝いますから」
「かなり頼りにしてる」
「リツ、大丈夫?」
「かなり頼りないかもだけど、どうにかなるし、どうにかするよ!」

 ということで、それから律はまた、あちこちを駆け回ることになった。
 世界会議に出席したり、あちこちの国を視察したり、身重でなければアナスタシアも一緒にと思ったが、そういうわけにもいかず。
 だけど、アーロン、トマス、イバンのうちだれか二人は同行してくれたので、そこまで不安には思わなかった。
 それから二人目が産まれて、落ち着いた頃には玲と新(あらた)──律とアナスタシアの第二子で、男の子──を連れて視察にも出掛けた。
 この視察旅行が玲の人生観を変えることになるのだが、それはまた別の話。

 そして、リツ・スルバランを始祖とするカハール国が建国され、末永く繁栄したという。

【終わり】
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