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新月
月姫 月の女神
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私の名前を一回で間違えず読める人間にほとんど出会ったことがない。キラキラネームというのだろう。「月姫」と書いて「ツキヒメ」「ゲッキ」「ゲツヒメ」「ツキ」など色々と読み間違えられる。「ルナ」。それが私の名前の読み方だ。もっとも、双子の姉はもっと間違われる読み方なので私はまだマシといった感じなのだけれど。
小学校の頃から、先生や私を取り巻く大人達は私たち姉妹の名前を読み間違え続けた。時には名付けた母親を恨めしく思うこともあったけど、そもそも、母は私たち姉妹が物心つく頃にはもう家にいなかった。死んだかどうかも定かではない。父は母がいなくなったことに対して、「俺の責任だ」とだけ言ってわけを話してはくれなかった。
ともかく私は、片親の読みづらい名前の子供として幼い頃から生きてきた。何となく頼りない父と、何を考えているかわからない姉と三人家族で、世間様とは少しずれた生活を営んできた。
父はコンビニエンスストアの委託店長として働き、私も地元の高校に進学してからは、父の職場でアルバイトをして家計をやりくりしてきた。父は少ない給料と休日を大切にしながら日常をそれなりに楽しんでいるようだった。私は私で、父の給料を預かって家計をやりくりする一方で、少しだけピンハネして高校の友人達と遊んでいた。そんな日常が私はけっこう楽しくもあり、頑張っている自分が嫌いではなかった。ただ、姉の存在を除いては……。
姉は、家計に協力するわけでもなく、好き勝手に生きているようだった。あっという間に、高校も中退して、家を出ていってしまった。
姉の部屋には、パンク系バンドのポスターと真っ赤で派手なギターが置いてあった。どうやら、バンド活動をしているようだが、私は彼女の行動に興味を持つことはできなかった。そんなことより、私たちの生活の足しになるようなことをしてくれればいいのに……。私はいつもそう思っていた。
彼女は自分のこと以外は特に興味がないようだった。バンド活動したり、よくわからない宗教団体の友人と出かけたり、好きなバンドのライブに行ったりするので忙しいようだった。
気がついたとき、私は姉を軽蔑の対象として見るようになっていた。父と私が乗っている「家族」という船の乗組員でなく、同じ船にはいるけど仲間ではない存在だと、彼女のことを割り切るようになっていった。姉を悪者にすること。それが、日々慎ましい生活を送るしかない自分を納得させる一番の方法だった。
「ルナぁー! こんばん花火しようよー」
コンビニでのバイト仲間の茉奈美が、バイトの終わり際に私に話しかけてきた。茉奈美は高校は違うけど地元の友達で、中学校の時の同級生だ。
「リョウんちお泊まりじゃなかったの?」
「リョウ、ゲーム忙しいって! あいつ馬鹿じゃないの? ウチがバイト終わったら泊まりいくって言っといたのに。意味わかんない!!」
茉奈美は彼氏に対して毒づいて、憂さ晴らしをしているようだ。
「私はいいけど、父さんにチルドの発注頼まれてるから、ちょっと遅くなると思うよ」
私がそう言うと、茉奈美はしゃーないといった感じで頷いた。彼女はノリがよく、学校の成績はすこぶる悪かったけど、世渡りに苦労するタイプではないように思う。空気を読むのがうまく、危険なところに近づいたりしないけどずるい印象を持たれない、この世で最も得なポジションで生きていけるタイプの人間だ。私はそんな強かな茉奈美のことが割と気にいっていた。彼女も私といるとき楽しそうにしているので悪い関係ではないのだろう。
「よし! それじゃ麗奈に連絡入れとくから、バイト終わったら麗奈んち集合ね! 店の花火何種類か持ってきて」
茉奈美はそう言うと、レジ前にある花火の什器から手持ち花火と打ち上げ花火を数種類買い物かごに詰めてカウンターの中に置いた。私に帰りに買ってこいということらしい。
「りょーかい。マナは九時までのシフトだから上っていいよー! あとは夜勤の人が来るまでに私が発注終わらせておくよ」
「よろしくー」
茉奈美は歯を剥き出しにして笑ってみせた。
茉奈美と麗奈と花火か……。急に誘われたけど、久し振りに友達と遊べると思うと、私はワクワクした。家族サービス(父さんに対してだけだけど)ばかりしているので、こんな息抜きはとてもありがたかった。
「じゃあ、ウチはあがるよ! なんかあったらLINE送って」
茉奈美はタイムカードを切り、バックルームで制服を脱ぐと、サッと退勤していった。茉奈美が退勤した後のコンビニ店内は私と立ち読み客一人の二人きりになった。
コンビニの音は私の生活の一部となっていた。たまに商品案内の入る店の有線、チルドコーナーの冷却ファンが回る音、店舗入り口にある虫除け用蛍光灯のバチバチという音が混ざり合ってコンビニの音を作り出している。不思議なもので、無秩序な混じり合った音こそが、コンビニというハコの中にいる私の存在を安定させてくれるのだ。
私はバックルームから、発注端末を持ってきてチルド弁当の発注を始めた。明日の天気、気温、近隣施設でのイベント情報を頭の中で整理しながらお弁当の売れ行きを予測し、数量を打ち込んでいく。最近夕方のチルドの発注はほぼ私がやっているので、父さんよりも確実な発注ができるほどだった。
(私の居場所がどんどん確立されてるな)
私は、そんな風に感じていた。それが何かへのコンプレックスなのか、失うことへの恐れなのかはわからないけど、私は常に自分を求めてくれ、安心をくれる存在を求め続けていた。
発注が一段落すると、もうすぐ夜勤が到着する時間だ。私は仕事から上がる準備をして茉奈美が用意した花火がすぐに買えるようにまとめた。時計の針は間もなく二二時を指そうとしている。
小学校の頃から、先生や私を取り巻く大人達は私たち姉妹の名前を読み間違え続けた。時には名付けた母親を恨めしく思うこともあったけど、そもそも、母は私たち姉妹が物心つく頃にはもう家にいなかった。死んだかどうかも定かではない。父は母がいなくなったことに対して、「俺の責任だ」とだけ言ってわけを話してはくれなかった。
ともかく私は、片親の読みづらい名前の子供として幼い頃から生きてきた。何となく頼りない父と、何を考えているかわからない姉と三人家族で、世間様とは少しずれた生活を営んできた。
父はコンビニエンスストアの委託店長として働き、私も地元の高校に進学してからは、父の職場でアルバイトをして家計をやりくりしてきた。父は少ない給料と休日を大切にしながら日常をそれなりに楽しんでいるようだった。私は私で、父の給料を預かって家計をやりくりする一方で、少しだけピンハネして高校の友人達と遊んでいた。そんな日常が私はけっこう楽しくもあり、頑張っている自分が嫌いではなかった。ただ、姉の存在を除いては……。
姉は、家計に協力するわけでもなく、好き勝手に生きているようだった。あっという間に、高校も中退して、家を出ていってしまった。
姉の部屋には、パンク系バンドのポスターと真っ赤で派手なギターが置いてあった。どうやら、バンド活動をしているようだが、私は彼女の行動に興味を持つことはできなかった。そんなことより、私たちの生活の足しになるようなことをしてくれればいいのに……。私はいつもそう思っていた。
彼女は自分のこと以外は特に興味がないようだった。バンド活動したり、よくわからない宗教団体の友人と出かけたり、好きなバンドのライブに行ったりするので忙しいようだった。
気がついたとき、私は姉を軽蔑の対象として見るようになっていた。父と私が乗っている「家族」という船の乗組員でなく、同じ船にはいるけど仲間ではない存在だと、彼女のことを割り切るようになっていった。姉を悪者にすること。それが、日々慎ましい生活を送るしかない自分を納得させる一番の方法だった。
「ルナぁー! こんばん花火しようよー」
コンビニでのバイト仲間の茉奈美が、バイトの終わり際に私に話しかけてきた。茉奈美は高校は違うけど地元の友達で、中学校の時の同級生だ。
「リョウんちお泊まりじゃなかったの?」
「リョウ、ゲーム忙しいって! あいつ馬鹿じゃないの? ウチがバイト終わったら泊まりいくって言っといたのに。意味わかんない!!」
茉奈美は彼氏に対して毒づいて、憂さ晴らしをしているようだ。
「私はいいけど、父さんにチルドの発注頼まれてるから、ちょっと遅くなると思うよ」
私がそう言うと、茉奈美はしゃーないといった感じで頷いた。彼女はノリがよく、学校の成績はすこぶる悪かったけど、世渡りに苦労するタイプではないように思う。空気を読むのがうまく、危険なところに近づいたりしないけどずるい印象を持たれない、この世で最も得なポジションで生きていけるタイプの人間だ。私はそんな強かな茉奈美のことが割と気にいっていた。彼女も私といるとき楽しそうにしているので悪い関係ではないのだろう。
「よし! それじゃ麗奈に連絡入れとくから、バイト終わったら麗奈んち集合ね! 店の花火何種類か持ってきて」
茉奈美はそう言うと、レジ前にある花火の什器から手持ち花火と打ち上げ花火を数種類買い物かごに詰めてカウンターの中に置いた。私に帰りに買ってこいということらしい。
「りょーかい。マナは九時までのシフトだから上っていいよー! あとは夜勤の人が来るまでに私が発注終わらせておくよ」
「よろしくー」
茉奈美は歯を剥き出しにして笑ってみせた。
茉奈美と麗奈と花火か……。急に誘われたけど、久し振りに友達と遊べると思うと、私はワクワクした。家族サービス(父さんに対してだけだけど)ばかりしているので、こんな息抜きはとてもありがたかった。
「じゃあ、ウチはあがるよ! なんかあったらLINE送って」
茉奈美はタイムカードを切り、バックルームで制服を脱ぐと、サッと退勤していった。茉奈美が退勤した後のコンビニ店内は私と立ち読み客一人の二人きりになった。
コンビニの音は私の生活の一部となっていた。たまに商品案内の入る店の有線、チルドコーナーの冷却ファンが回る音、店舗入り口にある虫除け用蛍光灯のバチバチという音が混ざり合ってコンビニの音を作り出している。不思議なもので、無秩序な混じり合った音こそが、コンビニというハコの中にいる私の存在を安定させてくれるのだ。
私はバックルームから、発注端末を持ってきてチルド弁当の発注を始めた。明日の天気、気温、近隣施設でのイベント情報を頭の中で整理しながらお弁当の売れ行きを予測し、数量を打ち込んでいく。最近夕方のチルドの発注はほぼ私がやっているので、父さんよりも確実な発注ができるほどだった。
(私の居場所がどんどん確立されてるな)
私は、そんな風に感じていた。それが何かへのコンプレックスなのか、失うことへの恐れなのかはわからないけど、私は常に自分を求めてくれ、安心をくれる存在を求め続けていた。
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