スプートニク・ショック

海獺屋ぼの

文字の大きさ
上 下
24 / 40

24

しおりを挟む
 それからの私たちの距離は自然と近づいていった。それは明らかに男女としてのそれだったと思う。結局のところ私も愚か者なのだ。転んだばかりなのにまた転ぶと分かっている道に進もうとしている。
 京介は京介で私との中途半端な関係を楽しんでいるようだった。彼の私を『春川さん』と呼ぶ声は次第に柔らかくなった。声に蜜のような甘さが加わる。それはとても男性的な甘さだった。もしかしたらそこには男としての本能……。性的な欲望もあったのかもしれない。まぁ、京介は私なんかよりずっとお上品なので表面上は何もアプローチしてこなかったけれど。
 新しい恋の予感は次第に強くなっていった。美里にも「弟くんと付き合っちゃえば?」とドストレートな冷やかしを受けた。悪い気はしない。でも私は「ないない!」と大げさに否定した。私だってここで肯定して突っ走れるほど図々しくはないのだ。
 そして梅雨が明ける頃。私たちの関係は大きく進展することになった――。

「天体観測行きませんか?」
 私が図書の返却作業をしていると京介からそんな誘いを受けた。
「天体観測? 星を見に行くってこと?」
 私は当たり前のことをわざわざ聞き返した。これは『それってのはデートの誘い?』という意味かの確認だ。出方次第では断ろうかな……。内心そんな意地の悪い考えが浮かぶ。
「そうです! 栃木に戦場ヶ原って場所があるんですが、そこは星が綺麗に見えるみたいなんですよね」
 彼は少し緊張した様子でそう言うと「どうですか? 行きませんか?」と付け加えた。
「うーん……。栃木かぁ。どうしようかなぁ。けっこう遠いよねぇ」
 さて、どうしたものか。栃木の山の中まで行くとしたら割と大変だと思う。講義が終わってからすぐに車で移動しても五、六時間は掛かるんじゃないだろうか?
 そんな私の考えを見透かしたように京介は「行く日は春川さんの都合に合わせます。車は僕が出すし、何なら宿の手配もしますよ?」と言った。サラッと言ったがお泊まりまで想定済みらしい。
「……ちょっと返事に時間くれない? 私も色々とやることがあってさ」
「ええ、もちろんです」
 京介はそう言うとニッコリ笑って再び勉強に戻った。どこまでも爽やかだ。嫌味なくらい。
 さて……。返事を保留にはしたものの、気持ちはもう決まっている。行かないわけがない。これでもし距離が一気に詰まれば私たちの関係に名前が付くかもしれない。……。そう思うと無意識に顔がにやけてしまう。
 本当にバカな女だ。この前この男の兄貴に痛い目に遭わされたばかりじゃないか。そう思いながらも私は自分の気持ちを抑えきれなくなっていた――。
しおりを挟む

処理中です...