ツキヒメエホン ~Four deaths, four stories~ 第一部

海獺屋ぼの

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ウサギとカメのデットヒート

聖子 三つ子の魂、地獄まで

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 被害者の遺体は救急車で搬送されていった。
 葛原みのりの魂はすでにこの世には居ない……。
 それでもとりあえず乗る車は救急車だ。
 現場に伊瀬さんが着くと私は発見当時の状況を簡単に説明した。
「……。死後五日は経過してるな……。ったく、この前来た時には既に死んでたって事か……」
「みたいです……。まだはっきりとは言い切れませんけど、おそらく自殺で間違いないでしょう。私が見つけた時も外傷があるようには見えませんでしたから……」
 伊瀬さんは「クソッ!」と言いながら被害者のアパートの外へと出た。
「あと……。被害者の子供と思われる男の子が一人衰弱状態で見つかりました。今、市内の病院で見て貰っているところです」
「そうか……。了解。鑑識終わるまで泉さんはここで待機しててくれ! 俺は一旦、署に戻るから!」
 伊瀬さんは機嫌が悪かった。
 現場まで来ていた勇作さんも気を使っている。
「了解しました! ではお気を付けて!」
「ああ、泉さんも気を付けてやれよ!」
 まるで伊瀬さんは殿様のようだ。
 彼が現場から署に戻ろうとすると他の刑事と鑑識がきちんとお見送りをする。
 いくら出世コースから外れたとしても彼はキャリアなのだ。
 腐っても鯛。
 不倫してもキャリア。
「聖子たんさー。ここは俺らに任せて見つかったガキんとこ行ってこーよ!」
 勇作さんは現場を調べながら私に話し掛けてきた。
「えー! でも伊瀬さんには現場に居ろって言われてるんすけど?」
「いいから! アイツは現場の事、理解してるようであんまり分かってねーんだよ! 泉ちゃんが居たって今は何の役にも立たねーから」
 酷い言われようだ。
 でも勇作さんの言う事は間違いなく事実だと思う。
 鑑識が作業している時は刑事は現場に立ち入ってはいけない。
 現場保持の観点から立ち入ると逆に怒られるくらいだ。
「そっすね……。したら病院行ってきます!」
「おう! もし伊瀬君から連絡来たら適当に誤魔化しといてやるから!」
 私は勇作さんにお礼を言うとそのまま被害者の子供(仮)の居る病院へと向かった……。

 搬送先は旭市内にある総合病院だ。
 最新式の設備があるような綺麗な病院ではない。
 どちらかというと昔からある古くさい病院だった。
 私が病院の中に入ると消毒液の匂いが鼻を突いた。
「あのー、すいません……。銚子署の泉と申しますが……」
 私は窓口まで行って警察手帳を見せた。
 窓口に居たのは二○代前半くらいの女性事務員だ。
 私の手帳を見ると中途半端に口を開いて硬直してしまった。
 私は思わず「あの!」と声を荒らげる。
「あ、はい。お世話になっております。どういったご用件でしょうか?」
「えーと……。こちらに先ほど搬送された男の子が居ると思うのですが……」
「……。少々お待ちください……」
 事務員は何処かに電話を掛けると「はい……。銚子署の方です。そうですね……。ええ……」と何やら話し込んでいる。
 察するに彼女は短大か専門学校を卒業してまだそこまで時間が経っていないのだろう。
 あくまでお給料を貰うためだけにここで働いているという印象を受けた。
 邪推だとは思うけれど……。
「泉様、お待たせ致しました……。今、係の者が参りますのでお掛けになってお待ちください」
 私は彼女に礼を言うと老人だらけの待合室で担当医が来るのを待った。
 待合室はどこが悪いのか分からないくらい元気な老人たちで溢れていた。
 休む間もなく下世話な世間話をしている。
 井戸端会議ならぬ待合室会議だ。
 時勢を考えると待合室会議という言葉の方が合っていると思う。
 高齢者にとって病院は丁度良い社交場なのだろう……。
「お待たせ致しました。内科の小室です」
 待合室でボーッとしていると担当医が私のところにやってきた。
 私と同世代くらいの男性医師で白衣ではなく薄緑色のスクラブを着ている。
「どうも……。お忙しいところすいません。銚子署の泉と申します……」
「どうもどうも、先ほど搬送された男の子の件ですね?」
「そうです! 実は……」
 私は葛原みのりの件も含めて簡単に小室医師に説明した。
 さっきの事務員と違ってこの医師は若いけれど聡明なようだ。
 黙って私の話を聞いていたけれど私が何を知りたいかをすぐに察してくれた。
「……という訳です……。その男の子は今どんな感じですかね?」
「状況はよく分かりました……。結論から申し上げますと命に別状はありません。栄養状態が悪かったので衰弱しておりますが、早ければ二、三日で元気になるでしょう」
「それを聞いて安心しました……」
「ええ、ただ……。もし彼から話を聞きたいなら難しいかもしれませんよ? ずっと譫言のように『ママ、ママ』と言うだけでそれ以外には何も言わない。こちらとしても彼のご家族が来てくれれば助かるのですが……」
 私の見た感じだとその男の子は三歳くらいだと思う。
 事情聴取するにはあまりにも幼すぎる。
 断片的に状況整理だけでもと思ったがそれは難しいだろう。
「ありがとうございます! では何かありましたら署までご連絡ください」
 私は小室医師に名刺を渡すと病院を後にした……。

 二日後。葛原みのりは間違いなく自殺であると断定された。
 外傷も無く彼女自身の筆跡の短い遺書が見つかったのだ。
「あーあ、結局これで終わりみてーだなー」
「そうですね……。残念です」
 私と伊瀬さんは署の喫煙所でタバコを吹かしながらそんな会話をしていた。
 彼女の遺書はあっさりとしていたけれど、そこには生活苦の事、世間への恨み、息子への謝罪が文脈を無視したように書き殴られていた。
 あまり文系ではない私でさえ酷いと思う内容の遺書で、彼女がどれだけ追い詰められていたのかを窺う事が出来た。
「あとよー。遺書とは別に京極大輔の手紙が見つかったんだ」
「へ? それは知りませんでした……」
「ああ、今初めて話したからな……。どうやら同棲していたのは確実なようだ。おそらく発見された男の子も被害者二人の子供だろうよ」
 京極大輔。ルナちゃんの父親……。
 つまりあの男の子はルナちゃんの腹違いの弟という事になる。
「あの伊瀬さん……。被害者の息子はこれからどうなるんでしょうか……」
「んー……。微妙なところだなー。もし、遠縁でも親戚が居ればそこに預かって貰う形だとは思う……。でもお前も知っての通り被害者には身寄りが無いんだよなー」
 伊瀬さんは胸くそ悪そうだ。
「あの……。もし可能ならしばらくウチの実家でその子、預かってもいいですか?」
「はぁ!? なんで泉さんが?」
「いえ……。だって仮にもルナちゃんの弟みたいだし……。施設送りじゃ可愛そうな気がするんですよ……」
 伊瀬さんはそれを聞くと考え込むように黙り込んだ。
「ちゃんと面倒見ますから! ウチの実家ならいつも誰か居ますし!」
「ちゃんと面倒見るって……。お前子供は犬猫じゃねーんだぞ?」
 伊瀬さんは呆れたようにそう言って、私が子供を預かるのを思い留まらせようとした。
「わかってます……。でもこのまま放っては置けないんですよ!」
 私は自分を曲げるつもりは無い。
 そんな私を見て伊瀬さんは深いため息を吐いた。
「別に構わねーけど……。あんまり深入りすんのは止めといた方が良いと思うぞ?」
 伊瀬さんとしては私を心配してくれているようだ。
 それでも私は彼の言葉を今回を無視しようと思う。

 小室医師から連絡が来たのはそんな話をした翌日の事だった――。
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