ツキヒメエホン ~Four deaths, four stories~ 第一部

海獺屋ぼの

文字の大きさ
18 / 29
かぐや姫は月に帰りました 前編

聖子 託児は人の為ならず

しおりを挟む
 私は小室医師からの連絡を受けて旭市の総合業院へと向かった。
 相変わらず伊瀬さんは訝しげな顔をしていた。酷い男だ。
 あの男は事件の被害者やその家族に対して薄情なのだ。
 病院に着くと私は前と同じように受付へと向かう。
 この前の女性事務員に話を通すと今度はすぐに小室医師に連絡してくれた。
 前回と同じように待合室で待つ。
 気のせいか老人たちの顔ぶれが同じような気がする。
「どうも泉さん!」
 少しすると小室医師が何やらファイルを持って私のところにやってきた。
「先日はありがとうございました。あの……。ヒカリ君は?」
「ああ、元気になりましたよ! 一昨日の晩はずっと泣いてましたけれど、もう落ち着いたようです。会っていきますか?」
 私は「お願いします!」と小室医師に伝え彼の居る病室に案内して貰った。
 葛原みのりの息子は世間的には存在しない人間のようだ。
 おそらく産婦人科に掛からず出産したのだろう。
 通常ならそんな状態での出産はあり得ない。
 しかし出産に関する記録は一切無く、それ以外には考えられなかった。
 だから彼女の息子の名前も遺書から推測するしかない……。
 葛原みのりの遺書には頻繁に『ヒカリ』という名前が書かれていた。
 文脈から察するに息子の名前らしい。
 しかし今回の事件はどれもこれも推測の域を出ない。
 DNA鑑定しなければ、彼の両親の断定さえ難しいだろう。
 小室医師に案内された病室は六人の相部屋だった。
 入り口のプレートには患者の名前が書き込まれている。
 患者の内、五名はきちんと漢字でフルネームが書きこまれていた。
 そんな中で彼の名前だけ妙に浮いている。
『ヒカリ』
 その名前だけ場違いのようにそこに書かれていた。
「ヒカリくーん! 今日は残さず食べられたねー」
「うん! おいちかったー」
 ベッドにはちょこんと小さな幼児がニコニコしながら座っていた。
 髪が長く一見すると女の子にも見える。
 前髪が長いせいで表情がイマイチ分からないけれど口元は笑っているようだ。
「えらいねー。ちょっとこのお姉ちゃんがお話したいんだってー」
 小室医師は子供の扱いに慣れているようですんなり私を紹介してくれた。
「こんにちは! ヒカリ君! お姉ちゃん覚えてるかなー?」
 私が話し掛けるとヒカリ君はじーっと私の顔を覗き込んできた。
 前髪の分け目から見えるヒカリ君の目はクリクリしている。
「お姉ちゃんしってるよぉ。こんにちは」
 ヒカリ君は私の事を辛うじて覚えているようだ。
「こんにちは! 覚えててくれてありがとー」
 私はヒカリ君に他愛のない話を振りながら様子を窺った。
 彼は思っていたよりも元気で聞かれた事には素直に応えてくれた。
「ママ早くもどってこないかなー?」
 ヒカリ君はあどけない表情のまま帰って来るはずのない母親の事を小室医師に尋ねた。
「うーん……。ママ今痛い痛いだからもうちょっと待っててあげてね!」
「うん!」
 無邪気にそう言うとヒカリ君は目を擦って大きな欠伸をする。
「ねむたい……」
「よーし! ヒカリ君お昼寝の時間だね! 先生と一緒に数を数えよう!」
 小室医師はヒカリ君のベッドの隣にあるパイプ椅子に腰掛けると、彼を寝かし付けるために一緒に数を数え始めた……。

 ヒカリ君を寝かし付け終えると私たちは診察室前のベンチに腰掛けた。
「本人は何も覚えていないみたいです……」
 小室医師は歯切れの悪い言い方をした。
 確かにさっきの様子だと記憶は混乱しているらしい。
「そうみたいですね……。ヒカリ君には母親の事、何て話したんですか?」
「すいません……。今病気だから元気になるまで帰って来ないとだけ伝えてあります。まだ幼くて死を理解出来そうにありませんし、仮に理解出来たとしても受け止めきれないでしょうから……」
 実に小児科医らしい説明の仕方だ。
 確かに三歳児に『死』を伝える事なんてほとんどない。
 それに説明したところで理解出来ないだろう。
「あの……。これからあの子どうなるんでしょうか?」
「……。まだ何とも……。もし親族の方がいらっしゃれば、引き取って頂くのが理想だとは思います」
 親族……。居なくはないが、引き取ってくれるかはかなり微妙なところだ。
「もし……ですけど……。回復後、私が一時的に預かるって事は可能ですか?」
「それは……。私の判断では何とも……。まずは親族の方に確認する他ないと思います……」
「で……すよね……」
 かなりナイーブな問題だとは思う。
 あの子はこのままでは施設送りだ。
 ヒカリ君の将来は一体どうなってしまうのだろうか?
 小室医師にもう一度よく礼を言うと私は署に戻った。
 彼にはどうしてあげるのが一番良い方法なのだろう……。
 私は車を走らせながらまだ少年と言うには幼すぎる彼の事をずっと考えていた――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

処理中です...