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第四章 オフィス・トライメライ
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出雲さんは私たちの向き合いに座ると「タバコいいかな?」と言って胸元から黒いケースを取り出した。私は一瞬戸惑ってから「はい」とだけ答える。
「悪いわね。本当は高校生の前で吸うのはあんまり良くないんだろうけど……」
彼女はそう言うとケースから葉巻を取り出した。どうやら紙巻きタバコではないらしい。そして彼女は流れるように葉巻の吸い口を栓抜きみたいな道具で切り取ると口にくわえた。その様子はまるで海外のギャング映画みたいだ。
出雲さんが口に葉巻をくわえると同時に逢川さんが彼女の葉巻に火をつけた。出雲さんは『ありがとう』も『悪いね』も言わない。おそらくこれは彼らにとっては空気を吸うのと何ら変わらないことなのだと思う。
「さて……。夏木さん。今日はよく来てくれたわね。成田からだとけっこう遠かったんじゃない?」
「そうですね。久しぶりにこっちまで来ました」
「そっかぁ。まぁそうよね。高校生だと普段そこまで遠出はしないか」
出雲さんはそこまで言うと葉巻の灰を灰皿に落とした。そして再び葉巻に口をつけると口の中で煙りを転がしてから眼を細めた。細くなった視線の中央に地球のような青い玉が見え隠れする。
「氷川の眼もなかなかのものだな。なぁ逢川」
「はい。氷川社長は人を見る目がある方ですからね」
「ふん……。お前も随分と言うようになったじゃないか」
氷川さん……。エレメンタルの社長のことだ。そういえば面接の日以来彼には会っていない気がする。
「まぁいい。今氷川はどこに?」
「今は上海に行ってます。海外ロケに参加するキャストの演技指導ですね」
「ほぉ。そうか」
大人二人が会話する横で私たちは黙って座らされていた。妙に居心地の悪さを覚える。
そんな中で弥生さんはやけにそわそわしていた。今すぐ帰りたい。そんな雰囲気がひしひしと伝わってくる。逆に美鈴さんは我関せずと言った感じだ。いや、むしろ出雲さんと逢川さんの絡みを楽しんでいるようにさえ見える。
私はそんな二人の姿を見ながら少しの不安に襲われた。本当にこの会社は大丈夫なのだろうか……。と。
「さて。早速だけど夏木さんにお願いしたいことがあるわ」
出雲さんはそう言うと自分のデスクから封筒を取って私に差し出した。
「えーと……。これは?」
「あなたの初仕事よ。今週末の興行はあなたも参加してもらうから」
出雲さんはさも当たり前のように言うと葉巻を灰皿に押し当ててもみ消した。今週末ということは……。『明日なの!?』と一瞬ツッコミを入れそうになる。
そんな私の様子を見かねたのか弥生さんが「いきなり明日からです……か?」と口を挟んだ。
「そう。明日からよ。夏木さんだって早めにお金出た方が良いでしょう?」
「それは……。そうかも知れませんが。でも今日の明日じゃ準備が……。夏木さんの衣装だってまだ仕上がってませんし」
「あら? さっきUG行ってきたんでしょ? なら衣装は今日中には上がるはずよ? 大丈夫よ。香取さんのときだってこうだったんだから」
出雲さんはそこまで話すとスッと立ち上がった。そして「じゃあ明日からよろしくね」と確定事項みたいに言った。マジで勘弁して。本気でそう思った――。
それから私たちは逢川さんを残してトライメライを後にした。どうやら逢川さんはこれから出雲さんとミーティングするらしい。
「ふぅー。あー! 疲れたー!」
建物から出ると美鈴さんが大げさに背伸びした。身体の伸ばし方が猫に少し似ている。
「んじゃ買い物でもしてこよっか? 幕張なんか滅多に来れないんだからさ」
美鈴さんはそう言うと屈託のない笑顔で笑った。対照的に弥生さんの表情は曇っている。
「はぁ……。メイリンは気楽で良いよね」
弥生さんはそう言うと深く肩を落とした。
「悪いわね。本当は高校生の前で吸うのはあんまり良くないんだろうけど……」
彼女はそう言うとケースから葉巻を取り出した。どうやら紙巻きタバコではないらしい。そして彼女は流れるように葉巻の吸い口を栓抜きみたいな道具で切り取ると口にくわえた。その様子はまるで海外のギャング映画みたいだ。
出雲さんが口に葉巻をくわえると同時に逢川さんが彼女の葉巻に火をつけた。出雲さんは『ありがとう』も『悪いね』も言わない。おそらくこれは彼らにとっては空気を吸うのと何ら変わらないことなのだと思う。
「さて……。夏木さん。今日はよく来てくれたわね。成田からだとけっこう遠かったんじゃない?」
「そうですね。久しぶりにこっちまで来ました」
「そっかぁ。まぁそうよね。高校生だと普段そこまで遠出はしないか」
出雲さんはそこまで言うと葉巻の灰を灰皿に落とした。そして再び葉巻に口をつけると口の中で煙りを転がしてから眼を細めた。細くなった視線の中央に地球のような青い玉が見え隠れする。
「氷川の眼もなかなかのものだな。なぁ逢川」
「はい。氷川社長は人を見る目がある方ですからね」
「ふん……。お前も随分と言うようになったじゃないか」
氷川さん……。エレメンタルの社長のことだ。そういえば面接の日以来彼には会っていない気がする。
「まぁいい。今氷川はどこに?」
「今は上海に行ってます。海外ロケに参加するキャストの演技指導ですね」
「ほぉ。そうか」
大人二人が会話する横で私たちは黙って座らされていた。妙に居心地の悪さを覚える。
そんな中で弥生さんはやけにそわそわしていた。今すぐ帰りたい。そんな雰囲気がひしひしと伝わってくる。逆に美鈴さんは我関せずと言った感じだ。いや、むしろ出雲さんと逢川さんの絡みを楽しんでいるようにさえ見える。
私はそんな二人の姿を見ながら少しの不安に襲われた。本当にこの会社は大丈夫なのだろうか……。と。
「さて。早速だけど夏木さんにお願いしたいことがあるわ」
出雲さんはそう言うと自分のデスクから封筒を取って私に差し出した。
「えーと……。これは?」
「あなたの初仕事よ。今週末の興行はあなたも参加してもらうから」
出雲さんはさも当たり前のように言うと葉巻を灰皿に押し当ててもみ消した。今週末ということは……。『明日なの!?』と一瞬ツッコミを入れそうになる。
そんな私の様子を見かねたのか弥生さんが「いきなり明日からです……か?」と口を挟んだ。
「そう。明日からよ。夏木さんだって早めにお金出た方が良いでしょう?」
「それは……。そうかも知れませんが。でも今日の明日じゃ準備が……。夏木さんの衣装だってまだ仕上がってませんし」
「あら? さっきUG行ってきたんでしょ? なら衣装は今日中には上がるはずよ? 大丈夫よ。香取さんのときだってこうだったんだから」
出雲さんはそこまで話すとスッと立ち上がった。そして「じゃあ明日からよろしくね」と確定事項みたいに言った。マジで勘弁して。本気でそう思った――。
それから私たちは逢川さんを残してトライメライを後にした。どうやら逢川さんはこれから出雲さんとミーティングするらしい。
「ふぅー。あー! 疲れたー!」
建物から出ると美鈴さんが大げさに背伸びした。身体の伸ばし方が猫に少し似ている。
「んじゃ買い物でもしてこよっか? 幕張なんか滅多に来れないんだからさ」
美鈴さんはそう言うと屈託のない笑顔で笑った。対照的に弥生さんの表情は曇っている。
「はぁ……。メイリンは気楽で良いよね」
弥生さんはそう言うと深く肩を落とした。
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