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アホ王子への教育とこの異世界
第32講 『学びと愛とヨハン・ハインリヒ・ペスタロッチ ~“教える”が“生きる”になった時~』
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昼下がり。
王宮の高塔から、ケイ王子は望遠鏡を覗き込んでいた。
その視線の先には、王都の賑やかな広場――そして、その片隅。
一人の小さな子どもが、地べたに座り、パン屑を拾っている。
「……あいつ、僕と同じくらいの歳に見えるけど、学校にも行ってねーのかなー」
王子の声は、珍しく静かだった。
リョーキューが控えめに応じる。
「恐れながら、殿下……。王国内の平民の進学率は、全体の六割にも満たぬと聞き及んでおります」
「……六割?」
王子が望遠鏡から目を離し、振り返る。
「それって半分よりちょっと上くらいだよな? なら、文字を読めるやつは?」
「……識字率もおそらく六割前後かと……。一部の村では、字を教える者すらおりません」
ケイ王子は眉をひそめ、しばし黙り込む。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「リョーキュー! 王都と地方の“文字読む率”と“学校行く率”の記録を、急いでまとめてよ!」
「はっ……承知いたしました!」
リョーキューがバタバタと走っていく背を見ながら、私はため息をついた。
(おいおい……また突拍子もないことを始めたな)
だが、王子の目の奥には確かな光が宿っていた。
あの空を夢見ていた少年が、今度は“地上の現実”を見ている。
「……なあケイ王子」
私は静かに近づき声をかけた。
「ん? どしたのコヒロ? また授業?」
「……学びの力に気づいた奴が、かつて私の世界にもいたんだよ。
貧しい子どもたちに“学ぶ権利”を与えた、教育の父――ヨハン・ハインリヒ・ペスタロッチという男だ」
ケイ王子の目の奥が少し光った。
*
「さて。十八世紀末、スイス。
当時は革命と戦争の余波で、国中が貧困に沈んでいた。
子どもたちは働き、親を失い、字も読めずに生きるしかなかった時代だ……」
私は黒板にヘタなりにスイスの山と農村の絵を描きながら続ける。
「ペスタロッチは裕福な家の出だったが、金儲けも出世も興味がなかった。
そんな彼が選んだのは――貧しい子どもを救う教師になることだった。だが、当時“教育”という言葉は、貴族や聖職者のためのもの。平民が学ぶ必要などないとされていた」
「……なんかムカつく時代だな……」
王子がぼそりと呟く。
「彼は言った。
“教育とは、貧しい者が人間らしく生きるための力だ”」
チョークを握る手に、自然と力がこもる。
「ペスタロッチは学校を作らなかった。農村に家を借り、子どもたちと暮らしながら教えた。畑を耕し、家畜を世話しながら、文字を読み、数を数え、祈りを学ぶ。“働きながら学ぶ”という、当時では異端の教育だった」
私は“手・心・頭”と板書する。
「彼が提唱した教育の基本はこれだ。
“手”――体で学び、
“心”――愛で感じ、
“頭”――考える力を育てる。
その三つが揃ってこそ、人は真に“学んだ”と言える。
つまり、教育は知識じゃない。“生き方”を教えることだったんだ。そして特に重要視したのが、言語、歌、書き、絵、算術。つまり、国語、音楽、書き方、芸術、算数・数学だ」
ケイ王子は頷き、手元の羊皮紙に“手・心・頭”、“言語・歌・書き・絵・算術”と書き留めていた。
私は気づけば、声が熱を帯びていた。
「ペスタロッチは貴族でも学者でもない! 泥と汗にまみれ! 子どもたちと一緒に畑を耕した! 夜はランプの灯で、震える手で文字を教えた!」
私は黒板を叩きつけるようにして続けた。
「彼の教室にあったのは、黒板とパンだけ! だがそのパンを分け合いながら、子どもたちは笑って学んだ! “生きるために学ぶ”ってのは、そういうことなんだよ!」
「きた……! コヒロの憑依魔術、教育編!」
王子が叫び、教室の隅でじっと授業の様子を見ているリョーキューがため息をついてるのが見えた。
「ペスタロッチの教えはやがてヨーロッパ中に広がり、教師たちは皆、彼を“教育の父”と呼んだ。彼の弟子の中には、のちに国民教育制度を作った者もいた。学校という仕組みが“特権”から“権利”へ変わったのは、彼の魂があったからだ」
「……“学ぶ権利”、か」
ケイ王子は静かに呟き、望遠鏡で外を再び覗きに窓際に行った。
あの物乞いの少年が、まだ広場の片隅にいる。
「もし、あいつに字を教える学校があったら……」
「ん?」
「……もしかしたら、僕より賢い王になってたかもなぁ」
その言葉に、私は少しだけ笑った。
「まあね。けど、気づいた時点でお前は偉い。ペスタロッチだって言ってた。“人は学ばなければならない”んじゃない。“人は学びたい”んだ、ってな。」
ケイ王子は小さく頷き、立ち上がった。
「……この国にも、“学ぶ力”を持たせてやらないとな!」
*
翌朝。
王宮の執務室に、分厚い書類が積まれていた。
「リョーキュー! これが“トラディア教育制度”の草案? これで国民全員、初等教育を受けられるようにできるんだな?」
「はい! 最低限必要な教育制度の草案を科学院、魔導院の総力をあげ、一晩で仕上げました!」
「……殿下の思いつきはいいのですが、一晩はムチャクチャですよ……」
ヘロヘロになって目の下にクマをつくっている科学院のフェンが弱い声をあげている……。可哀想に。
「財源はどうされるおつもりですか……!? 教師も学校も足りません!」
「問題ない! 王立学院を開放する! ……“知”は、王族や士族だけのものじゃないんだ!」
そう言って胸を張るケイ王子の背に、リョーキューは目を潤ませていた。
「殿下……!」
「リョーキュー、泣くな! まだまだこれからだぞ!」
私はそのやり取りを見て、苦笑した。
(ほんと、勢いだけはペスタロッチ級だな……)
その夜。
王子は再び望遠鏡を覗きながら、ぼそりと呟いた。
「なぁ、コヒロ。見えない星を見つけるには、どうすればいい?」
「……簡単だよ。学ぶこと。」
「え?」
「それだけだよ。見ようとする奴だけが、見える」
塔の窓から差し込む星の光が、王子の羊皮紙を照らした。
そこには、震える字でこう書かれていた。
“学ぶチカラは未来を照らす魔法”
私はその文字を見て、心の中で呟いた。
(ペスタロッチ、あんたの魂……今、ここに届いてるぞ……)
王宮の高塔から、ケイ王子は望遠鏡を覗き込んでいた。
その視線の先には、王都の賑やかな広場――そして、その片隅。
一人の小さな子どもが、地べたに座り、パン屑を拾っている。
「……あいつ、僕と同じくらいの歳に見えるけど、学校にも行ってねーのかなー」
王子の声は、珍しく静かだった。
リョーキューが控えめに応じる。
「恐れながら、殿下……。王国内の平民の進学率は、全体の六割にも満たぬと聞き及んでおります」
「……六割?」
王子が望遠鏡から目を離し、振り返る。
「それって半分よりちょっと上くらいだよな? なら、文字を読めるやつは?」
「……識字率もおそらく六割前後かと……。一部の村では、字を教える者すらおりません」
ケイ王子は眉をひそめ、しばし黙り込む。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「リョーキュー! 王都と地方の“文字読む率”と“学校行く率”の記録を、急いでまとめてよ!」
「はっ……承知いたしました!」
リョーキューがバタバタと走っていく背を見ながら、私はため息をついた。
(おいおい……また突拍子もないことを始めたな)
だが、王子の目の奥には確かな光が宿っていた。
あの空を夢見ていた少年が、今度は“地上の現実”を見ている。
「……なあケイ王子」
私は静かに近づき声をかけた。
「ん? どしたのコヒロ? また授業?」
「……学びの力に気づいた奴が、かつて私の世界にもいたんだよ。
貧しい子どもたちに“学ぶ権利”を与えた、教育の父――ヨハン・ハインリヒ・ペスタロッチという男だ」
ケイ王子の目の奥が少し光った。
*
「さて。十八世紀末、スイス。
当時は革命と戦争の余波で、国中が貧困に沈んでいた。
子どもたちは働き、親を失い、字も読めずに生きるしかなかった時代だ……」
私は黒板にヘタなりにスイスの山と農村の絵を描きながら続ける。
「ペスタロッチは裕福な家の出だったが、金儲けも出世も興味がなかった。
そんな彼が選んだのは――貧しい子どもを救う教師になることだった。だが、当時“教育”という言葉は、貴族や聖職者のためのもの。平民が学ぶ必要などないとされていた」
「……なんかムカつく時代だな……」
王子がぼそりと呟く。
「彼は言った。
“教育とは、貧しい者が人間らしく生きるための力だ”」
チョークを握る手に、自然と力がこもる。
「ペスタロッチは学校を作らなかった。農村に家を借り、子どもたちと暮らしながら教えた。畑を耕し、家畜を世話しながら、文字を読み、数を数え、祈りを学ぶ。“働きながら学ぶ”という、当時では異端の教育だった」
私は“手・心・頭”と板書する。
「彼が提唱した教育の基本はこれだ。
“手”――体で学び、
“心”――愛で感じ、
“頭”――考える力を育てる。
その三つが揃ってこそ、人は真に“学んだ”と言える。
つまり、教育は知識じゃない。“生き方”を教えることだったんだ。そして特に重要視したのが、言語、歌、書き、絵、算術。つまり、国語、音楽、書き方、芸術、算数・数学だ」
ケイ王子は頷き、手元の羊皮紙に“手・心・頭”、“言語・歌・書き・絵・算術”と書き留めていた。
私は気づけば、声が熱を帯びていた。
「ペスタロッチは貴族でも学者でもない! 泥と汗にまみれ! 子どもたちと一緒に畑を耕した! 夜はランプの灯で、震える手で文字を教えた!」
私は黒板を叩きつけるようにして続けた。
「彼の教室にあったのは、黒板とパンだけ! だがそのパンを分け合いながら、子どもたちは笑って学んだ! “生きるために学ぶ”ってのは、そういうことなんだよ!」
「きた……! コヒロの憑依魔術、教育編!」
王子が叫び、教室の隅でじっと授業の様子を見ているリョーキューがため息をついてるのが見えた。
「ペスタロッチの教えはやがてヨーロッパ中に広がり、教師たちは皆、彼を“教育の父”と呼んだ。彼の弟子の中には、のちに国民教育制度を作った者もいた。学校という仕組みが“特権”から“権利”へ変わったのは、彼の魂があったからだ」
「……“学ぶ権利”、か」
ケイ王子は静かに呟き、望遠鏡で外を再び覗きに窓際に行った。
あの物乞いの少年が、まだ広場の片隅にいる。
「もし、あいつに字を教える学校があったら……」
「ん?」
「……もしかしたら、僕より賢い王になってたかもなぁ」
その言葉に、私は少しだけ笑った。
「まあね。けど、気づいた時点でお前は偉い。ペスタロッチだって言ってた。“人は学ばなければならない”んじゃない。“人は学びたい”んだ、ってな。」
ケイ王子は小さく頷き、立ち上がった。
「……この国にも、“学ぶ力”を持たせてやらないとな!」
*
翌朝。
王宮の執務室に、分厚い書類が積まれていた。
「リョーキュー! これが“トラディア教育制度”の草案? これで国民全員、初等教育を受けられるようにできるんだな?」
「はい! 最低限必要な教育制度の草案を科学院、魔導院の総力をあげ、一晩で仕上げました!」
「……殿下の思いつきはいいのですが、一晩はムチャクチャですよ……」
ヘロヘロになって目の下にクマをつくっている科学院のフェンが弱い声をあげている……。可哀想に。
「財源はどうされるおつもりですか……!? 教師も学校も足りません!」
「問題ない! 王立学院を開放する! ……“知”は、王族や士族だけのものじゃないんだ!」
そう言って胸を張るケイ王子の背に、リョーキューは目を潤ませていた。
「殿下……!」
「リョーキュー、泣くな! まだまだこれからだぞ!」
私はそのやり取りを見て、苦笑した。
(ほんと、勢いだけはペスタロッチ級だな……)
その夜。
王子は再び望遠鏡を覗きながら、ぼそりと呟いた。
「なぁ、コヒロ。見えない星を見つけるには、どうすればいい?」
「……簡単だよ。学ぶこと。」
「え?」
「それだけだよ。見ようとする奴だけが、見える」
塔の窓から差し込む星の光が、王子の羊皮紙を照らした。
そこには、震える字でこう書かれていた。
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