誤召喚されたら生徒がアホ王子だった~歴女大学生、古今東西の人物史で教育する~

古木しお

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アホ王子への教育とこの異世界

第45講 『雷と未来とニコラ・テスラ ~“理解されぬ天才”が世界を照らした時~』

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 朝の王宮。
 昨日の“光の庭”のランプが、まだところどころで燃えていた。
 それを眺めながら、ケイ王子が満足げに言う。
「やっぱ、光っていいな! みんな笑顔になるもん!」
「……お前が徹夜で設計書書かせたせいで、フェン主任が倒れてたけどな」
「だ、大丈夫だよ! 光は犠牲の上に――」
「はいそこ! 止めろ!」

 私はため息をつき、黒板にチョークを走らせた。

 第45講 雷の天才 ニコラ・テスラ

「お前が今、エジソンに憧れてんのはわかる。
 でもな――光の裏には、もう一人の“雷の男”がいたんだ。」

 *

『ニコラ・テスラ――孤高の発明家』
 私は昨日のエジソンの消し忘れを消してその上にチョークで書いた。

「ニコラ・テスラ。1856年、オーストリア帝国(いまのクロアチア)生まれ。
 牧師の家に育ったが、少年の頃から“雷の中に力がある”と信じてた。
 機械より“自然の法則”に心を惹かれるタイプだったんだ。」

「雷の中の力……?」
「そう。エジソンが“光を閉じ込める男”なら、テスラは“雷を解き放つ男”だった。」

 私はチョークを走らせ、電線の図を描く。

「エジソンの発明した“直流電流”は、近くしか電気を送れない。
 一方で、テスラが考えた“交流電流”は、電圧を上げ下げして遠くまで送電できる。
 ――つまり、“世界を照らす仕組み”を作ったのはテスラの方なんだ。」

 ケイ王子が身を乗り出す。
「じゃあ、エジソンは負けたの?」
「それが……簡単にはいかないんだ。」


『光と雷の戦い』
 私は黒板に書きなぐった。

「テスラはアメリカへ渡り、エジソンの会社で働いた。
 最初はお互いに尊敬し合ってた。
 でも、“交流電流”の提案を出したとき、エジソンは拒絶した。
 『危険だ。直流のほうが安全だ』ってな。」

「でも、それって技術的に正しかったのはテスラなんだろ?」
「そう。けど、エジソンは“現実主義者”。
 “自分の方式を崩せば金が消える”と分かってた。
 だから、彼は――世論を使って潰しにかかった。」

 私は黒板に書いた。
 “電流戦争”

「エジソンは“交流は危険だ”と民衆を煽った。
 わざと動物を感電させる“公開実験”までやってな。
 “テスラの電気は人を殺す”って、恐怖で印象づけたんだ。」

 王子の顔が険しくなる。
「……うわ、それ、卑怯すぎる!」
「正義より生存を選んだ。それが“商業の現実”だった。
 でもテスラは、“いつか正しいものが勝つ”と信じていた」



 私は深く息を吸い、声を低くした。

「――私は雷を見た。
 その光は、世界を破壊するためじゃない。
 人を繋ぐためにあった。
 だが、人は恐れる。
 私が見ている未来を、まだ理解できないからだ。
 それでも……“光は闇を通って、届くもの”だ」

「……っ!」
 ケイ王子は息を呑む。
「コヒロ……それ、まるでゴッホみたいだな」
「そうかもしれんな。“理解されぬまま死ぬ”って点では、テスラもゴッホと同じだ」


「電流戦争のあと、交流が世界標準になった。
 テスラの“勝利”だった。
 でも、勝ったのは“技術”であって、“彼”じゃなかった。
 資金は尽き、支援者も離れ、最後はホテルの一室でひとり亡くなった。
 彼が残した特許の多くは、他人に奪われてた。」

 私は黒板の片隅に書く。

 “勝者は歴史に、天才は孤独に。”

「……でもな、ケイ王子。
 彼が信じた“雷の力”は、いま世界中を動かしてる。
 発電、送電、モーター、無線通信、Wi-Fi、スマホ――全部、テスラの原理から来てる。
――彼は未来を生きすぎた男だった」


 ケイ王子はしばらく黙っていた。
 そして、ぽつりと呟いた。

「……テスラって、勝ったのに負けたんだな」
「そうだ。けど、それでいいんだ。
 あいつの見てた夢は、“自分が輝くこと”じゃなくて、“世界を照らすこと”だったんだから。」

「……僕、ちょっとだけわかる気がする。
 だって、王様ってたぶん、自分の幸せより先に“国の光”を守んなきゃいけないんだろ?」

 その言葉に、私は一瞬だけ返す言葉を失った。
 あのバカ王子が――
 ほんの少しだけ、“王”の顔をしていた。


 *


 その夜。
 王宮の中庭に、“雷球”が浮かんでいた。

「おいおい、なんだこの危険物!?」
「殿下の命令で、“安全な雷”の研究を!」とフェン主任が半泣きで説明する。
「雷を魔力で制御できれば、国中に電気を供給できるとかで……!」
「おい、それ完全にテスラの真似じゃねーか!!」

 上空では、ケイ王子が雷球の下で腕を組んでいた。
「“雷は恐れるな、使いこなせ”って、コヒロが言ってた!」
「そんなこと一言も言ってねぇぇぇぇ!!!」

 雷鳴が轟き、フェン主任が逃げ惑う中、
 王子の笑い声が空に響いた。

(……まったく。エジソンが“夜を照らす光”なら、
 テスラは“未来を呼ぶ雷”か。
 そしてこのアホ王子は――
 そのどっちも引き寄せる、奇跡みたいなガキだな……)
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