誤召喚されたら生徒がアホ王子だった~歴女大学生、古今東西の人物史で教育する~

古木しお

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アホ王子への教育とこの異世界

第52講 『音と心とクラウディオ・モンテヴェルディ ~“感情が音楽になった”時~』

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第52講 歴女と王子と歌う感情と『クラウディオ・モンテヴェルディ』

 王宮の中庭に、壊れかけのリュートの音が響いていた。

「おいコヒロ! 聞いてくれよ!
 僕、音楽の授業で“情感を込めろ”って言われたんだよ!
 情感ってなんだよ!!」

 僕――ケイ王子が全力でリュートをかき鳴らしていた。
 ……いや、鳴らしてるというより、殴ってるに近い。

「うわぁ……なんだその暴力的な音楽」
「僕は真剣なんだぞ!! “王子たるもの歌も舞も必須”ってアシュリーが……!」
「分かるけど、その弾き方はもう戦場のBGMだな」
「戦場のほうがまだ優しいと思う!!」

 そこへアシュリー先生が静かに現れた。

「殿下。先ほどの“表現力の欠如”について、後ほど補講を――」
「補講きたぁぁぁ!!」

 王子の叫びに、鳥が三羽飛び立つ。
 アシュリー先生はため息ひとつで去っていった。

「……コヒロ、どうしたら“情感”なんて出るんだよ」
「お前、感情をそのまま音に乗せるのが音楽だぞ」
「いやだからその“感情の乗せ方”がわかんないっての!」

 ああ、これは絶好のテーマだ。

「よし。今日の講義は“音楽が感情を作った男”だ」
「だれ?」


  *


 私は黒板を出し、その名を書く。
『クラウディオ・モンテヴェルディ ――世界を“歌わせた”男』

「モンテヴェルディ。16~17世紀のイタリアにいた作曲家。この人が“音楽の時代を変えた”と言っていい」

「時代を変えた? 音楽で?」
「そう。“感情”を音で表現する方法を作ったんだ」
「…………え、そんな昔の人が?」

「当時の音楽は“ルール通りに音を並べるもの”だった。
 宗教音楽ばかりで、感情なんて邪魔だと言われてた」

「へぇ……それって今のアシュリーみたいだな」
「言うな、聞こえるぞ」

 私は続ける。

「モンテヴェルディは考えた。
 “人が泣いてる時に、同じ気持ちの音が鳴らなきゃおかしいだろ”」
「……確かに?」

「だから彼はルールを壊した。
 悲しい時は不協和音。
 愛を歌う時は大胆な旋律。
 怒りは激しく、嘆きは震える。
 ――感情そのものを音にしてしまった」

「おお……それ、すげぇじゃん」


 私は姿勢を正し、声を少し低く震わせた。
「“音は、心の言葉なり”
 “怒りは咆哮に、愛は囁きに、嘆きは震えに――
   人の心は音によって裸になるのだ”」
「うわ……なんか来た……憑依きた……」

「“わたしは魂を作曲する”
 モンテヴェルディはそう言った。
 彼の音楽は“誰かの心に触れるため”に作られていたんだ」

 静かに黒板へ“ラメント・デラ・ニンファ(ニンファの嘆き)”の旋律線を描きながら続ける。

「――彼は、感情にウソをつかない音楽を作った」

 ケイ王子は黙り込んだ。

「……僕、音楽って“上品にやるやつ”だと思ってた」
「違う。音楽は“心の動きをそのまま響かせるもの”だ」
「心……か」


「よし王子。お前のさっきのリュート……どんな気持ちで弾いた?」
「……アシュリーの補講がイヤすぎて殴りたかった」
「なら、それは“怒りの曲”なんだよ」
「怒りの……曲?」

「そう。じゃあ、その怒りを“音として操れる”ようになれば、
 お前は“表現力のある王子”になる」

 王子はゆっくりリュートを持ち直した。

「……怒り、か」
「そうだ」
「だったら……!」

 ギャーン!!

「おい待て、破壊音になってる!」
「いや感情のままに弾けって言ったじゃん!!」
「怒りでも限度があるんだよ!!」


 *


 その日の夕方、アシュリー先生が泣きながら飛び込んで来た。

「こひろさんんん!! 殿下がっ……殿下が……!」
「今度は何やったんですか……」
「“怒りの感情を表現する!”と言って、王宮中庭でリュート・太鼓・笛・角笛・鐘……全部鳴らしました!」
「うわぁ……爆音で死人が出るぞ」
「周囲の羊が全部逃げました!」
「……モンテヴェルディに謝れ」

 王子はほこりまみれの顔でドヤっていた。

「見ろコヒロ! 僕の“怒りの大合奏”だ!」
「怒りじゃなくて災害なんだよそれは!!」

 私はため息をつきながら言った。

「……王子。音楽は感情を出すものであって、“周囲を破壊する兵器”じゃない」
「む、難しい……!」
「難しいからこそ、音楽は面白いんだよ」

 王子は少し頬を赤くしながら呟いた。

「でも……なんか、ちょっとだけ“音”って楽しいかもしれない」

 私は小さく笑った。
「わかってきたな、王子」
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