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アホ王子への教育とこの異世界
第6講 『もてなしと空間とセザール・リッツ ~“王をもてなす者”が革命を起こした時~』
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——王宮・迎賓の間。
紅玉のように磨かれた床、大理石の柱、金糸の刺繍が施された天蓋付きの椅子。
並ぶのは、近隣諸国から招かれた貴族や高官たち。そして、その中央に座すは……何故かケイ王子。
「……はあ?」
私は、袖を組んだまま、室内の片隅で小さく呻いた。
王子がさっきからずっと、頬杖をついて客の話を聞かずにうんざり顔なのだ。
「……ああ~ん? それって、つまり! 我が国の物価をアゲアゲしてやろうって話か~? ハハハ~、まぁ勝手にしてよ~そういうのはうちの宰相とか大臣に話せよな~僕に話しても無駄だぞ~?」
軽口。足組み。あげく、グラスの水を回しながら、“退屈アピール”を始めた。
私は反射的に、額を押さえる。
(……こいつ、全世界の“外交儀礼”を敵に回したな)
ようやくお開きとなったあと、私は王子を王宮の廊下で待ち構え、開口一番に言った。
「おいアホ王子。今すぐ死ぬほど恥ずかしい動画をネットに晒されていいって覚悟ある?」
「え、なんだその突然のよくわからない話は? なんかあった?」
「……気づいてないのかよ。あの席で、あんたが“王様面してただけの無礼なガキ”に見えたってこと、わからない?」
王子は、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「だってさぁ。僕、王子だし。城に来るほうが、礼儀正しくすればよくない?」
「……ふぅん。じゃあ今日は教えてやるよ。“王様じゃないのに、王様よりも扱いがよかった男”の話をな」
「なんだそりゃ?」
私はカーディガンの裾をくるりと翻し、片手で額を抑えながら、低く、芝居がかった声で告げた。
「……彼の名は——セザール・リッツ。世界中の貴族と皇帝たちを“客”に変えた、最強のもてなし人だ!」
*
王宮教室ーー
私は、教室の中央で深呼吸し、カーディガンの袖を押さえながら椅子の上に立った。
「王子、よーく聞け。今回の主役は、剣も魔法も使わない。だが、あらゆる王侯貴族が彼に頭を下げた男——セザール・リッツだ!」
王子がうさんくさそうに眉を上げる。
「リッツ? なんかお菓子みたいな名前」
「ふざけるな。彼は“ホテル王”と呼ばれた、サービスの神様なんだよ!」
私は声色を落とし、低く、ゆっくりと語り出す。
「1850年。スイスの小さな山岳村に、一人の少年が生まれた。名は——セザール・リッツ。彼は貧しいワイン農家の13人兄弟の末っ子だった……」
「貧乏多いな、コヒロが好きな歴史人物」
「うるせえ。そっから這い上がるのがロマンなんだよ。リッツ少年は、見習いとしてホテルに入る。だが、すぐに“お前は給仕に向かない”と追い出された。普通なら諦める。でも、彼は違った。目配り・気配り・空気読みだけで這い上がる」
「どんなスキル?」
「“客の靴を見れば何を好むかがわかる”
“皿の置き方ひとつで相手の身分を悟る”
“ナイフの角度で感情を読む”
そういう世界の男だった。徹底的な観察魔だよ。
彼は言った。
“ホテルは舞台、客は主役、従業員は黒衣の舞台装置”と。つまり——『見せすぎるな、でも支えろ』ってこと! 料理の温度、椅子の角度、花瓶の香り、絨毯の歩き心地、全てが計算されていた」
「えっ、もう魔法じゃん……」
「そう! だから彼のホテルには、皇帝も貴族も集まった! “リッツが迎えてくれるなら、行こう”って。彼は“王ではない”のに、王のもてなしを生み出して、世界を変えた! ホテル・リッツ、カールトンホテルと名だたるホテルは彼が作った最高級ホテル!」
ひと息ついて、
「ただし、リッツは甘くない。失敗したスタッフには容赦なかった。倒れたフォーク、冷めた皿、遅れた料理——即、退場。なぜか? “主役の時間を壊す”のが最大の罪だからだ」
「うわぁ……裏方怖い……」
「でも、それくらい徹底していたからこそ、
彼の作った“リッツ”の名は、今も世界最高級の象徴になってるの」
私は椅子から降りて、王子にまっすぐ向き直った。
「なあケイ王子。王ってのは、座って偉そうにすることじゃない。“誰を、どう迎えるか”で国の品格が決まるんだ。ホテル王セザール・リッツは、それを“客室”で証明した……」
*
翌朝ーー
講義の翌朝、私は朝食を取りに王宮の食堂へと足を運んだ。
すると——すでに到着していた家臣や侍従たちが、ざわざわと騒いでいる。
私はだいたい予想はついていたが念の為恐る恐る訊いた。
「何かあった……?」
「……あのアホ、いえ、ケイ王太子殿下が、なにやら“もてなし”の儀を始めておりまして……」
「“椅子を引け”とか、“水の温度は38度にしろ”とか……」
「厨房に勝手に乗り込んで“卵は白より黄身が命だ!”と……」
「側仕え全員、寝てません! コヒロさん止めてください!!」
呆れつつも扉を開けると。
王子が、貴族のような衣装に身を包み、ナプキンを手に、料理を運びながら満面の笑みで叫んでいた。
「ごきげんよう諸君! 今朝のご朝食は、我がリッツ王子が直々におもてなししよう!」
「まずはパンを三度温め直した特製トースト! 飲み物は! 体温+3度のフルーツ湯で!」
「おーい! 椅子の角度が9度だぞ! 理想は12度って言っただろ!!」
……スタッフは全員、顔面蒼白だった。
私はカーディガンの袖をまくり、王子の背中に仁王立ち。
「おいアホ王子」
「お、コヒロ! 見て見て! これが“リッツ式もてなし術”だ! 僕、超学んだ!」
「学んでないよなぁ!? なんで王子殿下がキッチンに立ってんだよ!?」
「だって……“もてなしは舞台”って言っただろ?」
「“お前が舞台の装置になれ”とは言ってねぇよ!!」
「えっ……ちが……じゃあ僕、ただの黒衣じゃん……」
「ちがう、そこも違う! まずリッツは“王様じゃない”から評価されたんであって、王族がそこまでやったら、逆に国民が恐縮して逃げるんだよ!」
はぁ……。
講義のたびに、少し賢くなったかと思えばすぐ逆方向に突っ走る王子。
それでも——
(……まぁ、“もてなし”ってのは、他人の気持ちに想像力を働かせることだ)
そう考えるなら、王子に“リッツごっこ”をやらせる価値も、少しはあったのかもしれない。
今はただの暴走でも。
いつかそれが、“誰かをちゃんと迎えるための王様”に繋がる日が来ることを……少しくらい、信じてやってもいい。
私はため息をついて言った。
「……まあ、少なくとも今は、厨房から出て、王子席に座れ。あんたが料理冷ましてどうすんだよ、リッツ王子……いやそれだとリッツに失礼だな……」
「えっ、冷めてた? もっかい温め直してくる!!」
「やめろバカが!」
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並ぶのは、近隣諸国から招かれた貴族や高官たち。そして、その中央に座すは……何故かケイ王子。
「……はあ?」
私は、袖を組んだまま、室内の片隅で小さく呻いた。
王子がさっきからずっと、頬杖をついて客の話を聞かずにうんざり顔なのだ。
「……ああ~ん? それって、つまり! 我が国の物価をアゲアゲしてやろうって話か~? ハハハ~、まぁ勝手にしてよ~そういうのはうちの宰相とか大臣に話せよな~僕に話しても無駄だぞ~?」
軽口。足組み。あげく、グラスの水を回しながら、“退屈アピール”を始めた。
私は反射的に、額を押さえる。
(……こいつ、全世界の“外交儀礼”を敵に回したな)
ようやくお開きとなったあと、私は王子を王宮の廊下で待ち構え、開口一番に言った。
「おいアホ王子。今すぐ死ぬほど恥ずかしい動画をネットに晒されていいって覚悟ある?」
「え、なんだその突然のよくわからない話は? なんかあった?」
「……気づいてないのかよ。あの席で、あんたが“王様面してただけの無礼なガキ”に見えたってこと、わからない?」
王子は、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「だってさぁ。僕、王子だし。城に来るほうが、礼儀正しくすればよくない?」
「……ふぅん。じゃあ今日は教えてやるよ。“王様じゃないのに、王様よりも扱いがよかった男”の話をな」
「なんだそりゃ?」
私はカーディガンの裾をくるりと翻し、片手で額を抑えながら、低く、芝居がかった声で告げた。
「……彼の名は——セザール・リッツ。世界中の貴族と皇帝たちを“客”に変えた、最強のもてなし人だ!」
*
王宮教室ーー
私は、教室の中央で深呼吸し、カーディガンの袖を押さえながら椅子の上に立った。
「王子、よーく聞け。今回の主役は、剣も魔法も使わない。だが、あらゆる王侯貴族が彼に頭を下げた男——セザール・リッツだ!」
王子がうさんくさそうに眉を上げる。
「リッツ? なんかお菓子みたいな名前」
「ふざけるな。彼は“ホテル王”と呼ばれた、サービスの神様なんだよ!」
私は声色を落とし、低く、ゆっくりと語り出す。
「1850年。スイスの小さな山岳村に、一人の少年が生まれた。名は——セザール・リッツ。彼は貧しいワイン農家の13人兄弟の末っ子だった……」
「貧乏多いな、コヒロが好きな歴史人物」
「うるせえ。そっから這い上がるのがロマンなんだよ。リッツ少年は、見習いとしてホテルに入る。だが、すぐに“お前は給仕に向かない”と追い出された。普通なら諦める。でも、彼は違った。目配り・気配り・空気読みだけで這い上がる」
「どんなスキル?」
「“客の靴を見れば何を好むかがわかる”
“皿の置き方ひとつで相手の身分を悟る”
“ナイフの角度で感情を読む”
そういう世界の男だった。徹底的な観察魔だよ。
彼は言った。
“ホテルは舞台、客は主役、従業員は黒衣の舞台装置”と。つまり——『見せすぎるな、でも支えろ』ってこと! 料理の温度、椅子の角度、花瓶の香り、絨毯の歩き心地、全てが計算されていた」
「えっ、もう魔法じゃん……」
「そう! だから彼のホテルには、皇帝も貴族も集まった! “リッツが迎えてくれるなら、行こう”って。彼は“王ではない”のに、王のもてなしを生み出して、世界を変えた! ホテル・リッツ、カールトンホテルと名だたるホテルは彼が作った最高級ホテル!」
ひと息ついて、
「ただし、リッツは甘くない。失敗したスタッフには容赦なかった。倒れたフォーク、冷めた皿、遅れた料理——即、退場。なぜか? “主役の時間を壊す”のが最大の罪だからだ」
「うわぁ……裏方怖い……」
「でも、それくらい徹底していたからこそ、
彼の作った“リッツ”の名は、今も世界最高級の象徴になってるの」
私は椅子から降りて、王子にまっすぐ向き直った。
「なあケイ王子。王ってのは、座って偉そうにすることじゃない。“誰を、どう迎えるか”で国の品格が決まるんだ。ホテル王セザール・リッツは、それを“客室”で証明した……」
*
翌朝ーー
講義の翌朝、私は朝食を取りに王宮の食堂へと足を運んだ。
すると——すでに到着していた家臣や侍従たちが、ざわざわと騒いでいる。
私はだいたい予想はついていたが念の為恐る恐る訊いた。
「何かあった……?」
「……あのアホ、いえ、ケイ王太子殿下が、なにやら“もてなし”の儀を始めておりまして……」
「“椅子を引け”とか、“水の温度は38度にしろ”とか……」
「厨房に勝手に乗り込んで“卵は白より黄身が命だ!”と……」
「側仕え全員、寝てません! コヒロさん止めてください!!」
呆れつつも扉を開けると。
王子が、貴族のような衣装に身を包み、ナプキンを手に、料理を運びながら満面の笑みで叫んでいた。
「ごきげんよう諸君! 今朝のご朝食は、我がリッツ王子が直々におもてなししよう!」
「まずはパンを三度温め直した特製トースト! 飲み物は! 体温+3度のフルーツ湯で!」
「おーい! 椅子の角度が9度だぞ! 理想は12度って言っただろ!!」
……スタッフは全員、顔面蒼白だった。
私はカーディガンの袖をまくり、王子の背中に仁王立ち。
「おいアホ王子」
「お、コヒロ! 見て見て! これが“リッツ式もてなし術”だ! 僕、超学んだ!」
「学んでないよなぁ!? なんで王子殿下がキッチンに立ってんだよ!?」
「だって……“もてなしは舞台”って言っただろ?」
「“お前が舞台の装置になれ”とは言ってねぇよ!!」
「えっ……ちが……じゃあ僕、ただの黒衣じゃん……」
「ちがう、そこも違う! まずリッツは“王様じゃない”から評価されたんであって、王族がそこまでやったら、逆に国民が恐縮して逃げるんだよ!」
はぁ……。
講義のたびに、少し賢くなったかと思えばすぐ逆方向に突っ走る王子。
それでも——
(……まぁ、“もてなし”ってのは、他人の気持ちに想像力を働かせることだ)
そう考えるなら、王子に“リッツごっこ”をやらせる価値も、少しはあったのかもしれない。
今はただの暴走でも。
いつかそれが、“誰かをちゃんと迎えるための王様”に繋がる日が来ることを……少しくらい、信じてやってもいい。
私はため息をついて言った。
「……まあ、少なくとも今は、厨房から出て、王子席に座れ。あんたが料理冷ましてどうすんだよ、リッツ王子……いやそれだとリッツに失礼だな……」
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