誤召喚されたら生徒がアホ王子だった~歴女大学生、古今東西の人物史で教育する~

古木しお

文字の大きさ
7 / 56
アホ王子への教育とこの異世界

第6講 『もてなしと空間とセザール・リッツ ~“王をもてなす者”が革命を起こした時~』

しおりを挟む
 ——王宮・迎賓の間。


 紅玉のように磨かれた床、大理石の柱、金糸の刺繍が施された天蓋付きの椅子。

 並ぶのは、近隣諸国から招かれた貴族や高官たち。そして、その中央に座すは……何故かケイ王子。


「……はあ?」


 私は、袖を組んだまま、室内の片隅で小さく呻いた。

 王子がさっきからずっと、頬杖をついて客の話を聞かずにうんざり顔なのだ。


「……ああ~ん? それって、つまり! 我が国の物価をアゲアゲしてやろうって話か~? ハハハ~、まぁ勝手にしてよ~そういうのはうちの宰相とか大臣に話せよな~僕に話しても無駄だぞ~?」


 軽口。足組み。あげく、グラスの水を回しながら、“退屈アピール”を始めた。


 私は反射的に、額を押さえる。


(……こいつ、全世界の“外交儀礼”を敵に回したな)


 ようやくお開きとなったあと、私は王子を王宮の廊下で待ち構え、開口一番に言った。


「おいアホ王子。今すぐ死ぬほど恥ずかしい動画をネットに晒されていいって覚悟ある?」

「え、なんだその突然のよくわからない話は? なんかあった?」

「……気づいてないのかよ。あの席で、あんたが“王様面してただけの無礼なガキ”に見えたってこと、わからない?」


 王子は、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。


「だってさぁ。僕、王子だし。城に来るほうが、礼儀正しくすればよくない?」

「……ふぅん。じゃあ今日は教えてやるよ。“王様じゃないのに、王様よりも扱いがよかった男”の話をな」

「なんだそりゃ?」


 私はカーディガンの裾をくるりと翻し、片手で額を抑えながら、低く、芝居がかった声で告げた。


「……彼の名は——セザール・リッツ。世界中の貴族と皇帝たちを“客”に変えた、最強のもてなし人だ!」


  *


王宮教室ーー


 私は、教室の中央で深呼吸し、カーディガンの袖を押さえながら椅子の上に立った。


「王子、よーく聞け。今回の主役は、剣も魔法も使わない。だが、あらゆる王侯貴族が彼に頭を下げた男——セザール・リッツだ!」


 王子がうさんくさそうに眉を上げる。


「リッツ? なんかお菓子みたいな名前」


「ふざけるな。彼は“ホテル王”と呼ばれた、サービスの神様なんだよ!」


 私は声色を落とし、低く、ゆっくりと語り出す。


「1850年。スイスの小さな山岳村に、一人の少年が生まれた。名は——セザール・リッツ。彼は貧しいワイン農家の13人兄弟の末っ子だった……」

「貧乏多いな、コヒロが好きな歴史人物」

「うるせえ。そっから這い上がるのがロマンなんだよ。リッツ少年は、見習いとしてホテルに入る。だが、すぐに“お前は給仕に向かない”と追い出された。普通なら諦める。でも、彼は違った。目配り・気配り・空気読みだけで這い上がる」

「どんなスキル?」


「“客の靴を見れば何を好むかがわかる”

 “皿の置き方ひとつで相手の身分を悟る”

 “ナイフの角度で感情を読む”

 そういう世界の男だった。徹底的な観察魔だよ。

 彼は言った。

“ホテルは舞台、客は主役、従業員は黒衣の舞台装置”と。つまり——『見せすぎるな、でも支えろ』ってこと! 料理の温度、椅子の角度、花瓶の香り、絨毯の歩き心地、全てが計算されていた」


「えっ、もう魔法じゃん……」


「そう! だから彼のホテルには、皇帝も貴族も集まった! “リッツが迎えてくれるなら、行こう”って。彼は“王ではない”のに、王のもてなしを生み出して、世界を変えた! ホテル・リッツ、カールトンホテルと名だたるホテルは彼が作った最高級ホテル!」


 ひと息ついて、

「ただし、リッツは甘くない。失敗したスタッフには容赦なかった。倒れたフォーク、冷めた皿、遅れた料理——即、退場。なぜか? “主役の時間を壊す”のが最大の罪だからだ」


「うわぁ……裏方怖い……」

「でも、それくらい徹底していたからこそ、

 彼の作った“リッツ”の名は、今も世界最高級の象徴になってるの」


 私は椅子から降りて、王子にまっすぐ向き直った。


「なあケイ王子。王ってのは、座って偉そうにすることじゃない。“誰を、どう迎えるか”で国の品格が決まるんだ。ホテル王セザール・リッツは、それを“客室”で証明した……」


  *



翌朝ーー


 講義の翌朝、私は朝食を取りに王宮の食堂へと足を運んだ。

 すると——すでに到着していた家臣や侍従たちが、ざわざわと騒いでいる。

 私はだいたい予想はついていたが念の為恐る恐る訊いた。

「何かあった……?」

「……あのアホ、いえ、ケイ王太子殿下が、なにやら“もてなし”の儀を始めておりまして……」

「“椅子を引け”とか、“水の温度は38度にしろ”とか……」

「厨房に勝手に乗り込んで“卵は白より黄身が命だ!”と……」

「側仕え全員、寝てません! コヒロさん止めてください!!」


 呆れつつも扉を開けると。

 王子が、貴族のような衣装に身を包み、ナプキンを手に、料理を運びながら満面の笑みで叫んでいた。


「ごきげんよう諸君! 今朝のご朝食は、我がリッツ王子が直々におもてなししよう!」

「まずはパンを三度温め直した特製トースト! 飲み物は! 体温+3度のフルーツ湯で!」

「おーい! 椅子の角度が9度だぞ! 理想は12度って言っただろ!!」


 ……スタッフは全員、顔面蒼白だった。

 私はカーディガンの袖をまくり、王子の背中に仁王立ち。


「おいアホ王子」

「お、コヒロ! 見て見て! これが“リッツ式もてなし術”だ! 僕、超学んだ!」

「学んでないよなぁ!? なんで王子殿下がキッチンに立ってんだよ!?」

「だって……“もてなしは舞台”って言っただろ?」

「“お前が舞台の装置になれ”とは言ってねぇよ!!」

「えっ……ちが……じゃあ僕、ただの黒衣じゃん……」

「ちがう、そこも違う! まずリッツは“王様じゃない”から評価されたんであって、王族がそこまでやったら、逆に国民が恐縮して逃げるんだよ!」


 はぁ……。

 講義のたびに、少し賢くなったかと思えばすぐ逆方向に突っ走る王子。

 それでも——

(……まぁ、“もてなし”ってのは、他人の気持ちに想像力を働かせることだ)


 そう考えるなら、王子に“リッツごっこ”をやらせる価値も、少しはあったのかもしれない。

 今はただの暴走でも。

 いつかそれが、“誰かをちゃんと迎えるための王様”に繋がる日が来ることを……少しくらい、信じてやってもいい。


 私はため息をついて言った。


「……まあ、少なくとも今は、厨房から出て、王子席に座れ。あんたが料理冷ましてどうすんだよ、リッツ王子……いやそれだとリッツに失礼だな……」

「えっ、冷めてた? もっかい温め直してくる!!」

「やめろバカが!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

処理中です...