修道士は助けた騎士二人に落とされました

八百屋 成美

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 あの背徳の饗宴から、季節は一度巡った。
 修道院の庭では、アベルが世話をする薬草たちが、再び力強い生命力をもって芽吹き始めている。ルカスとセイルの傷は完全に癒え、王都からの帰還命令に従い、彼らがこの静かな修道院を去ってから、すでに数ヶ月が過ぎていた。
 三人が過ごした最後の日々は、嵐のような激情が嘘だったかのように、穏やかで、そしてどこか甘やかな空気に満ちていた。互いがアベルを求める気持ちに嘘はつけない。その事実を認め合った二人の騎士は、いがみ合うことをやめ、代わりにどちらがよりアベルを悦ばせられるか、気遣えるかを競うようになった。それは、アベルにとっては少し気恥ずかしくも、満たされた日々だった。
 そして今、修道院は再び元の静寂を取り戻していた。しかし、アベルの世界は、もう以前とは決して同じではなかった。
 朝の祈りの時間は、今でも彼にとって大切な日課だ。だが、その祈りの内容は、少しだけ変わっていた。神への感謝と世界の平穏を願う言葉と共に、彼は必ず二人の騎士の名を挙げ、その無事と息災を祈るようになったのだ。それは、修道士としてではなく、ただ一人の人間として捧げる、愛の祈りだった。
 一人で眠る夜は、時折、どうしようもないほどの孤独に襲われる。肌に残る熱の記憶が、疼くように蘇る夜もあった。そんな時は、枕を抱きしめ、二人の名をそっと呼んでみる。それだけで、心が少し温かくなるような気がした。

「アベル、少し休んだらどうだね」

 背後から、老いた修道院長の優しい声がかかった。彼は、アベルの肩に使い古した毛布をかけながら、その顔を慈しむように見つめた。

「……あの騎士様たちが帰られてから、お前は少し、顔つきが変わったな」

 アベルは、どきりとして院長の顔を見上げた。全てを見透かされているのだろうか。
 院長は、悪戯っぽく片目をつむった。

「神に仕えることと、人を愛することは、必ずしも相反するものではない。愛を知ったお前の祈りは、以前よりもずっと、深く、強くなったように儂には思えるよ」

 その言葉は、アベルがずっと抱えていた罪悪感を陽光のように優しく溶かしていった。涙がぽろりと頬を伝う。

「……ありがとうございます、院長」

 アベルは、心の底からそう礼を言った。自分はこの聖域でこれからも神に仕え、そして、遠い地にいる二人の騎士を愛し続けよう。それでいいのだ、と。
 そんなある晴れた日の午後だった。
 アベルが薬草園の手入れをしていると、遠くから蹄の音が聞こえてきた。こんな辺境の修道院を訪れる者など、滅多にいない。不思議に思いながら、彼は修道院の門の方へと向かった。
 やがて、森の小道の向こうから、二つの人影が姿を現した。
 見慣れた、鋼の鎧。陽光を反射して輝く、黒髪と銀髪。

「……ルカス様……セイル様……?」

 信じられない光景に、アベルは自分の目を疑った。二人は馬から降りると、数ヶ月前と何も変わらない姿で、そこに立っていた。

「迎えに来た、アベル」

 先に口を開いたのは、ルカスだった。その表情は、以前よりもずっと穏やかで、鋼色の瞳には確かな愛情が宿っている。

「いや、『会いに来た』、だな。隊長は真面目だから、すぐそういう重い言い方する」

 セイルが、軽口を叩きながらルカスの肩を小突いた。その紫の瞳もまた、アベルを見つめて優しく細められている。
 アベルは、駆け出したい衝動を必死に抑え、ゆっくりと二人のもとへ歩み寄った。

「任務は……よろしいのですか?」
「ああ。しばらく、長期の休暇をもぎ取ってきた」
「この辺りの魔物が最近また活発でね。討伐任務だって言えば、王宮も文句は言わないのさ。……実際、昨日の夜も何匹か片付けてきたしな」

 二人はどちらからともなくアベルに近づき、その両側から、まるで宝物のように優しく抱きしめた。右からはルカスの、左からはセイルの、懐かしい匂いと温もりが伝わってくる。
 物理的な距離は、彼らの絆を少しも損なわせてはいなかった。むしろ、会えない時間が互いへの想いをより一層強く、確かなものにしていた。
 アベルは、修道士として、この聖域に残ることを選んだ。
 二人の騎士は、これからも王都でその務めを果たし続けるだろう。
 だが、彼らはこれからも、こうして何度もこの場所を訪れる。アベルという、彼らにとっての唯一の聖域へと帰ってくるのだ。

「お待ちしておりました」

 アベルは、二人の腕の中で、心の底からの笑みを浮かべた。

「私の、大切な騎士様たち」

 三人の秘密の愛の物語は、誰にも知られることなく、神だけが見守るこの聖域でこれからも静かに、そして永遠に続いていくのだった。
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