余命一週間の社畜は、死神の甘やかな管理下に堕ちる

八百屋 成美

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 昨夜の情事の熱が、まだ身体の芯に残っている。
 目が覚めると、シエルが僕の背中を抱きしめるようにして眠っていた。
 彼の腕は拘束具のように重いが、その温もりが今は心地よい。振り返って彼の寝顔を見ると、長いまつ毛が頬に影を落とし、まるで天使のように安らかだった。死神なのに。

「……ん」

 僕が身じろぎすると、シエルがゆっくりと目を開けた。
 寝ぼけた様子もなく、蒼い瞳がすぐに僕を捉える。

「おはよう、レン。体調はどうだ」
「……うん。すごく、体が軽いよ」

 嘘じゃなかった。
 あんなに激しく抱かれたのに、倦怠感はない。むしろ、空っぽだった器に水が満たされたように、全身に力がみなぎっている。
 シエルは僕の額に手を当て、満足げに微笑んだ。

「魂の定着率も安定している。……やはり、私の『治療』は効果的だったようだな」
「治療って……あんなの、過剰摂取だよ」

 顔を赤くして抗議すると、シエルはくつくつと喉を鳴らして笑った。
 その笑顔があまりに優しくて、胸が締め付けられる。
 あと三日。
 この幸せな時間が、もうすぐ終わってしまう。


 その日の午後、僕たちはスーパーへ買い出しに出かけた。
 年末で賑わう店内。シエルは漆黒のコート姿で浮きまくっていたが、本人は気にする様子もなく、真剣な顔で野菜を選んでいる。
 鍋の材料をカゴに入れながら、ふと彼が口を開いた。

「……覚えているか? 百年ほど前。ある神社の片隅で、雨に濡れて消えかけていた小さな精霊を」

 唐突な問いかけだった。

「え? 精霊?」
「そうだ。名もなき下級霊だった私は、力尽きて消滅を待っていた。……だが、そこに一人の人間が通りかかった」

 シエルは遠い過去を映すように、目を細めた。

「その人間には、本来見えないはずの私の姿が見えていた。彼は自分が濡れるのも厭わず、私に傘を差し出したんだ。『寒くない?』と笑って」

 シエルの手から、人参がポトリとカゴに落ちる。

「あの時、私は救われた。ただの霊体だった私が、自我を保ち、死神という高位の存在にまで成れたのは……あの人間の温かさに触れたからだ」

 彼は僕の方を向いた。
 その瞳が、僕の奥にある「魂」を見つめている。

「レン。それは、貴様の前世だ」
「……僕の?」
「ああ。私はずっと探していた。恩人である貴様の魂が、輪廻転生を経て再び現れるのを」

 息が止まりそうになった。
 単なる偶然の担当者だと思っていた。
 けれど違ったんだ。彼は、百年もの間、僕を――僕の魂を探し続けてくれていたんだ。

「やっと見つけた時、その魂はボロボロに傷つき、自ら消えようとしていた。……耐えられなかった。あんなに優しかった魂が、絶望の中で砕け散るなんて。幸せを知らぬまま終わるなんて」

 シエルの声が震えている。
 駅のホームで、彼が必死の形相で僕を止めた理由が、ようやく分かった。
 彼は管理なんてどうでもよかったんだ。ただ、僕に生きてほしかった。幸せになってほしかった。
 それなのに僕は、「死にたい」なんて喚いて、彼を困らせてばかりで。

「……ごめん、シエル。僕、なにも覚えてなくて……」
「謝るな。貴様が生きて、私のそばにいてくれる。それだけで私は報われている」

 シエルは人目も憚らず、僕の手をぎゅっと握りしめた。
 その手は温かかったけれど、どこか微かに震えているような気がした。
 帰り道。
 繋いだ手から伝わる温もりが、僕に強烈な未練を植え付けていく。
 死にたくない。
 この人と生きたい。
 百年越しの愛を知ってしまった今、どうして三日後に死ななきゃいけないんだ。

「……ねえ、シエル」

 僕は勇気を出して言った。

「もし、運命が変わるなら……僕、もっと生きたい。君と一緒に」

 シエルは立ち止まり、驚いたように僕を見た。
 そして、泣き出しそうなほど切ない笑顔で、僕の頭を撫でた。

「……ああ。叶えてやりたいな」

 その言葉の裏に隠された「残酷な事実」に、僕はまだ気づいていなかった。
 彼が握る手の力が、消えゆく灯火を守るように、痛いほど強かったことにも。
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