ラストゲーム

谷内 朋

文字の大きさ
上 下
38 / 42

十三回裏 〜左安、中本☆☆〜

しおりを挟む
 初めて追われる展開となった十三回裏の守備、この大舞台のマウンドに上がった行定は胸に手を当てて大きく息を吐く。
「大丈夫だ、バック信じろ」
 十回から試合に出ている相棒森田は、多少試合慣れしていて笑顔で声を掛けた。
「気負いすぎんな~」
 “少数精鋭部隊”の同胞田村の声に反応した行定が振り返ると、哲、勇樹、大岩の三人もジェスチャーで「バックは任せろ」と笑顔を見せる。外野を守っている依田、小木、長嶋も両腕を上げており、彼の緊張は幾分ほぐれていった。それでもこの回の先頭バッターはクリーンナップである右翼ライト武田からである。海洋水産高校の二年生エースでもある彼は打撃バッティングセンスも類稀なるものがあった。
 武田もまた行定と同じく◇◇市の出身で、クラブチーム所属だったため対峙したことはほとんど無いが地元の野球少年の憧れ的存在であった。同い年ではあるが、学校野球の生徒から見ればクラブチームでバリバリ活躍していた彼は雲の上の存在であった。
 そんな男と対戦できるチャンスなど決して多くない……行定は羨望の気持ちを封印して左バッターボックスに立つ武田を見る。彼もまた睨むような視線を向けており、何が何でも塁に出るという気迫がこもっていた。
 森田は行定にサインを送る。彼が要求したのは“カーブ”、まずは最も得意としている球種で打者バッターの出鼻をくじくつもりでいた。行定はそれに頷いてからボールを握り、振りかぶって第一球を投げ込むが高く浮いてしまう。武田はそれを見逃さずバットを振り、ボールは一塁側応援席に入っていった。
「ファウル!」
 主審からボールを受け取った行定に、森田は「低めに」とジェスチャーで伝える。それに頷いた行定に、相棒は“ストレート”を要求した。第二球目も高く浮き、武田はそれを見送った。
「ボール!」
 早くも体は汗でびっしょりになる。普段以上に浮ついた感覚に陥った彼はもう一度大きく息を吐いた。その後汗で湿る指をロジンバッグでリセットし、森田に要求された球種にボールを握り直す。三球目は“シンカー”、バウンドしてもいいからとにかく低めに投げろとミットを下方に構えた。行定もそれを意識してミットをめがけるがやや高く浮いてしまい、武田もそれを見逃さなかった。ベース付近でストンと落ちるのが持ち味であるはずのシンカーも落ちきらず、無情にも打ち返されて左翼レフト安打ヒットとなった。
 何かふわふわしてる……行定は右手首をプラプラと振って気持ちを落ち着かせようと試みる。先頭打者バッターを塁に出してしまったことで不穏なものが胸に宿り、弱い気持ちが出てきそうになった。
「ユキ、走者ランナーは気にしなくていい」
 主将哲が駆け寄って声を掛ける。大岩、勇樹、田村、森田も
集まってきたので恐らくタイムがかかっているのだろうとぼんやりと思っていると、伝令として堀がマウンドに走ってきた。
「『同点はいい、呼吸を忘れるな』だそうです」
 監督からの言葉に行定は頷いた。
「三振なんか狙わなくていいから」
 森田は本来彼が三振を取れる投手ピッチャーであるため、一人相撲を懸念してそう声を掛けた。
「うん」
「後ろには俺らいるからね~」
 おちゃらけた勇樹の物言いに円陣内は笑いに包まれる。
「悔いだけは残すな」
 哲はそう言って行定の肩をぽんと叩いた。
「はい」
 マウンドに集まっている七人は一度ぎゅっと集まってから再び元の守備位置に戻っていく。堀もベンチに入り、次の打者バッター塙を迎え撃つ。彼は身長二メートル近くあり、全国的にも名の知れた大型スラッガーである。高校通算本塁打も五十本を超えており、プロ野球界のドラフト候補にもなっている。
 でけぇ……一瞬何とも言えぬ恐怖心を感じ、手足の震えが止まらない。しかしマウンドを任された以上逃げるわけにはいかないと、恐怖心を振り払うようにわざと肩を落としてみせた。塙は十八歳とは思えぬ貫禄を見せつけて悠然と右バッターボックスに入り、武田とはまた違った佇まいでバットを構える。グリップを握る音が聞こえてきそうなほどで、ムキムキに鍛え上げられた両腕は筋肉が盛り上がっていた。
 森田は球速百キロを切るスローカーブを要求する。塙はどちらかと言えば速球派を得意としており、行定のスローカーブであればタイミングを外せて打ったとしても大きくは飛ばせないと踏んでいた。しかし外に逃げる“スライダー”を投げたいと考えていた行定は首を振る。
【どんな球種でも絶対取る! バウンドしてもいいから!】
 森田はマウンド上の次期エース投げたい球を投げさせることにした。それに頷いた行定は一瞬だけ一塁に視線をやる。絶対に打ち取る! そう気持ちを込めて塙に向けて第一球を投げ込んだ。
 キンッ!
 ほんの少し逃げ切らなかった球を塙は見逃さなかった。身長二メートルに相応しい長い腕を目一杯伸ばし、バットの芯にボールを当てて大きく全身を捻らせる。ボールは中堅センター方向にぐんぐんと伸びて長嶋が懸命に追いかけていたが、外野のフェンス手前で諦めたように足を止め、顔を上げてボールの行方を見送っていた。
 
総合高校|0010012110001|7
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
海洋水産|1320000000002×|8×
しおりを挟む

処理中です...