平凡な女には数奇とか無縁なんです。

谷内 朋

文字の大きさ
90 / 117

quatre-vingt-dix

しおりを挟む
 週が明けた月曜日、幸い一昨日のモヤモヤを引きずることなく普段通りに出勤した。
 「おはようございます」
 「おはようございまぁす」
 ひと足早く出勤なさっている睦美ちゃんと合流し、早速調達品チョコを見せ合いっこする。
 「お~何か重厚そうですねぇ」
 彼女は『文子洋菓子堂』のマカロンに興味津々である。そのタイミングで水無子さんと東さんが揃って出勤、今日は弥生ちゃん遅いなぁ。
 「「おはよう」」
 「「おはようございます」」
 「弥生まだ?」
 えぇ、遅刻って滅多に無いんだけどよく体調不良でお休みはされる。あの後無理してなければ良いんだけど……なんて思ってたらオフィスの固定電話が鳴る。最若手の睦美ちゃんが受話器を取ると、親しい口振りで「おはようございまぁす」って言ってる。多分弥生ちゃんだ。
 「はいは~い、そう伝えまぁす」
 とそれで受話器を置く睦美ちゃん、どうしたんだろう?
 「何か事故があったみたいです。課長、弥生さん、仲谷さん足止め食らってます」
 あの三人は県庁所在地に繋がる南方向のJR線を利用してらっしゃる。あそこは『魔の踏切』というのが二箇所ほどあり、しょっちゅうに近いレベルで人身事故が発生している。
 「あっ、ニュースになってますねぇ」
 始業前だから睦美ちゃんは自身のケータイでネットニュースをチェックしてらっしゃる。
 「ツイッターも賑やかだな」
 係長がそんなことを言いながらケータイをいじっている。
 「係長ツイッターなさるんですか?」
 「いや、アカウントを持ってるだけだ。有名人のアカウントをフォローするくらいで自分では呟かないな」
 へぇ。私もたま~に見ることはあるがアカウントは持っていない、見るだけなら無くてもいいからね。そう言えば海東文具はツイッターをやっている……会長が。
 「ウチのアカウントフォローしてるんですか?」
 「一応な。けど会長の個人的な呟きばっかりで、企業としての呟きなんか全然なさってないぞ。昨日のツイートは平賀時計資料館リニューアルオープンの話題だったからな」
 「一昨日から始まってるらしいですね、同期の子も行ったって」
 あぁ境さんですね、事前に貸し切りで拝観致しました。でもそれはさすがに一般公開できないわ。
 そんな話をしているうちに始業のチャイムが鳴る。社長からの放送朝礼で人身事故の話題にもちょこっと触れ、あとは当たり障りのない業務事項のみであっさりと終了した。
 「本日も定刻上がりで乗り切りましょう」
 課長不在のため、係長が代行朝礼を行ってから午前の業務に取り掛かった。

 それから大体二時間ほど経って課長、弥生ちゃん、仲谷君が揃って出勤した。
 「申し訳ない、俺たちは残業になりそうだが、みんなは定時で上がってくれ」
 と一服も無しで仕事に入り、弥生ちゃんと仲谷君もシビアモードでパソコンに向かっている。この日は休憩時間もずれ込む形となり、この日一日弥生ちゃんとは言葉を交わさずじまいだった。
 
 そして翌日、普段通りオフィスに入ると、課長、弥生ちゃん、仲谷君が既に到着してくださいゆっくりとお茶を飲んでらした。
 「おはようございます」
 「おはよう夏絵ちゃん、チョコレート頂いてるよ」
 昨日はタイトなスケジュールでお三方チョコレート口にしてなかったもんね。
 「うん食べて食べて」
 「今年は奮発したのか?マカロンなんて安くないだろ」
 「今年は質重視にさせて頂きました」
 一番小さいサイズのものです……とまでは言わない。それでもチ○ルチョコのギフトパックくらいのお値段はするのだから。
 「俺たちは恵まれてる、心して食え仲谷」
 はいっ!返事は良いが勢いよく食ってやがるから、あと一個しか残ってないじゃない。
 「課長、一個恵んでください」
 「断る」
 「弥生さん、一個お裾分けください」
 「ダメ」
 「夏絵さぁん」
 昨日心して全部頂きました。
 「無い」
 「そんなぁ~」
 お前毎年それ言ってんじゃないか、少しは学習しろよ。
 「ごちそうさまでした、あとはブレイクの時に食べよう」
 弥生ちゃんは半分くらいを残して箱の蓋を閉め、デスクに戻って業務の支度を始めている。そう言えば先週末どうしたんだろう?私先に帰っちゃって迷惑かけちゃってるかも知れない。
 「弥生ちゃん、この前はゴメンね。急に帰っちゃって」
 「良いよ、用事だったんだから」
 彼女はことも無さげに笑顔で許してくれる。
 「知らない子だらけで疲れなかった?」
 「全然平気、逆に元気頂いちゃった」
 「そっか、なら良かった」
 「うん、ありがとう夏絵ちゃん」
 えっ?何に対するお礼?私は意味が分からず言葉に詰まる。
 「三人とも素敵な方たちだね、いいお友達がいて羨ましい」
 「そ、そう?」
 有砂と安藤はともかく、木暮さんとは親しくない。
 「この歳になっても新しい友達って嬉しいね」
 そうなんだ、あの短時間で親しくなれたんだね……私は又しても疎外感が蘇って胸の中がモヤモヤとし始める。
 「夜から健吾君も混ぜてもらって、依田君と中西君・・・ともお話させて頂いたの、二人共格好良いよね」
 「は?」
 今何て言った?中西君って言わなかった?
 「えっ、何で?」
 「何でって、有砂さんが誘ってたみたい。安藤さんだけあぶれるから数合わせ的なこと言ってたよ」
 何余計なことしてるのよ?別にてつこじゃなくていいじゃない。
 「どうかした?私おかしなこと言った?」
 「ううん、そうじゃないの。みんなと仲良くなれたんなら良かった」
 「うん」
 弥生ちゃんは私の心の内を知る由もなく、上機嫌で勤務の支度を進めている。私も自分のデスクに戻り、始業を待たずに業務を開始した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...