平凡な女には数奇とか無縁なんです。

谷内 朋

文字の大きさ
112 / 117

cent douze

しおりを挟む
 美容師さんにヘアメイクをして頂いたお陰でどうにかドレスと合った雰囲気になったと思う、素材を除けば。髪の毛は食事がどうとか言っていたので、サイドの毛を捻って後ろで留めただけのシンプルなものとなった。
 私は美容師さんにエスコートされて明生君の待つリビングに入ると、まるで待ちわびていたかのように駆け寄って笑顔を見せてくれた。
「凄く綺麗だ」
 惜しげもなく白い歯を見せてそう言われてしまうと何だか照れ臭いし、私は彼の隣に立つにはブスと言ってもいいくらいのルックスなので申し訳ない気持ちにもなる。
 ただこの程度の素材をこんなにしてくださった美容師さんには感謝の言葉しかない。改めてプロの仕事の凄さを実感しているまさに今。
「お気に召して頂き光栄です」
 美容師さん二名は彼に向かって恭しく頭を下げている。う~んそこまでしなくてもいいと思うけど、彼は当然のように受け入れてらっしゃるので敢えて口は挟まない。
「それではこれで失礼致します、良い夜を、奥様・・
 えっ? 奥様・・? いえ私たちまだ交際一日目です。私はどう答えたら良いのか分からず何も言えずにいたが、彼らは私の返事などお待ちではないようで用事が済むとさっさとお帰りになられた。
 そう言えばさっきからお料理の良い香りがダイニングから流れてきている。彼は一応お料理はなさるけど今は一緒にいるので……キッチンから離れてて大丈夫なんだろうか?
「そろそろ食事にしよう」
 と私の手を取ってダイニングへと誘ってくれる。するとシェフらしき男女が二名、せっせと夕飯もといディナーの支度をなさっていた。
 テーブルメイクもどこぞの高級レストランレベルさながらにグラスやらフォーク。ナイフがたくさん並べられている。
「そろそろ良いかな?」
「はい、問題ございません」
 シェフの返答で私たちはテーブルまで歩み寄り、女性シェフの方に椅子を引いて頂いてから腰を落ち着ける。こういうのはレディーファーストのようで、私が座ったのを見てから彼にも同じことをなさっていた。
 今度はどちらに控えていらっしゃたのか、ソムリエちっくな男性が出てこられて食前酒であろうスパークリングワインを入れてくださった。彼は早速グラスを手に取ったので私もそれに倣う。
「少し早いけど、ハッピーバースデー」
 シャンパングラスをチンと合わせ、食前酒をひと口頂く。この手のものには全く詳しくないけれど、ブドウの香りが鼻を通ってとても美味しい。
 その間にもお料理の準備は進められていて、電子レンジからお肉の焼ける良い香りが届いてきた。あ~ヤバい、お腹空いてきた。
「まずはスープからお召し上がりください」
 まるでそれを察知なさったかのようにポタージュスープ的なお料理が出てきてお食事が始まる。当たり前だけどお湯で溶くだけのものではない高級感溢れるスープだった、めちゃ美味。
「美味しいです」
「ありがとうございます」
 私は彼のお陰で昨日今日と贅沢三昧だ。中学時代からきょうだいだけで育ってきたので、一般庶民以下の私がこんなに至れり尽くせりの誕生日を経験するなんて思ってもみなかった。
「ここまでの贅沢したこと無い」
「そっか、ご両親を早くに亡くされてるもんね」
 父はバーテンダー、母は看護師だったので仮に健在だったとしても夜勤が多いお仕事だ。きょうだいも四人いるのでたまの贅沢で高級料理店へ行きましたなんて記憶も無い。姉はお仕事の同伴なんかで利用してるっぽいけど『続くと地獄』とか言ってたので、何と申しますか五条家は庶民派といえると思う。 
「でもこんなのは贅沢のうちに入らないよ」
「えっ?」
「君はもっと高いところにいるべきなんだ、少し時間はかかるけど僕が証明してあげる」
 彼は私をまっすぐ見据えてそう言ってきた。その言葉に私の胸はトクンと弾み、勝ち組に入れた充足感とこれまで培ってきたものが壊される不安感とが入り混じっていた。

 食事を終えてシェフご一行様も帰られ、今は二人ベッドの上で体を重ねている。どちらからともなく求め合い、ダイレクトに伝わる彼の感触と熱気に酔いしれていた。
「夏絵」
 時折彼に名前を囁かれるだけで身も心も高揚し、本能をむき出して他所では見せられない姿を晒している。羞恥心という言葉は意識の奥底になりを潜めてただただ感情に任せているだけだった。
 そんな至福の時間も終わりはやってきて、体力の限界を超えてやむなく体が離れた。支えを失った私の体はベッドに埋まることしかできず、二人の間に割って入ったひんやりとした空気に喪失感を覚えた。彼も同じ気持ちだったみたいで、動けない私の体を引き寄せ優しく抱きしめてくれる。
 彼は私の髪の毛をゆっくりと撫で下ろしてくれる。指の感触が体に伝わって守られている感覚になる。ほとんど体力は残っていないけど、彼の体に腕を回して離れないよう体を寄せた。
「もう、離したくない」 
 彼は私をぐっと抱きしめてくれる。私ももう後悔したくない、こんなことなら振られたからと泣き寝入りせず韓国に飛べばよかった。
「後悔してる、あの時の決断を」
「えっ?」
「だから取り戻そう、空白の時を」
 彼は顔を寄せて後頭部に手を回す。目を閉じると唇に彼の唇が触れ、再び本能が目覚めて欲の渦になだれ込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...