コーヒーゼリー

谷内 朋

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再生編

ー29ー

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 その日の夜、匠の料理の他に同級生の男性が持ってきたという雉鍋が囲炉裏の中央を陣取っていた。台所では見知らぬ男性二人が匠と共に台所に立っており、千郷は二人の背中に声を掛ける。
 「ねぇ、ちょっと良い?」
 何だ?日に焼けて筋肉質の男性が振り返る。
 「お客さん、紹介するから上がってよ」
 「おぅ、分かった」
 二人は千郷に誘われて居間に上がり、理彦の話し相手になっている中林と引き合わせる。
 「悠麻君、友達紹介するね。こっちの色黒が近藤充明コンドウミツアキ、彼はジビエハンターの四代目。こっちのノッポが長浜聡ナガハマサトシ、彼はリンゴ農家の三代目なんだ」
 初めまして。中林は近藤と長浜、それぞれと握手を交わす。
 「中林悠麻です、彼とは知人の酒場で知り合いました」
 「コイツ結構飲むでしょ?酒で潰れた事ほとんど無いんですよ」
 そう言えばあん時調子良く飲んでたな……。病院の事は伏せておこう。中林は取り敢えず話を合わせる事にする。
 「そうですね、意外と飲むんだな、って印象ですね。実は夏に知り合ったばかりで」
 「へぇ。それで随分親しくなられたんですね」
 「お互い地方出身なので。それで馬が合って連絡先は交換してたんです」
 なるほど。長浜は千郷を見てニンマリとする。この様子だと恋愛事情は知っている風だった。何?その視線に気付いた千郷は友人を軽く睨む。
 「いや、ひょっとして恋人なのかと思ってさ」
 「ち、違うよ!中林さんに失礼だろ?」
 「えっ?俺そうなのかと思ってた」
 その指摘に慌て出す千郷を友人二人は面白がって笑っている。
 「そう見えます?まぁ同類ではあるんですが……」
 「だったらちょうどいいじゃないですか。千郷、お前フリーなんだから」
 「ちょっと待てよ、中林さんがフリーじゃなかったら意味無いだろ」
 完全に楽しんでるな…….。中林はそう感じながらもこれまで幾度となく感じてきた差別的なニュアンスではない事に安堵していた。そりゃ素直に育つわな、彼はじゃれ合い始めた三人を見つめていた。
 「千郷は友人に恵まれてると思います。私たちもそうなのですが、知人友人はそうもいかなかった様で」
 理彦は三人を見ながら中林に話し掛ける。
 「ですね、俺も何かしらの差別は受けてきましたから」
 中林はかつて堂々と恋愛も出来ない状況にイライラしていた若い頃の自分自身を懐古していた。ここでいじめられる事なくのびのびと成長した千郷にとって、都会はかえって窮屈だったのだろう。
 「ところで中林さん、今恋人とかいらっしゃるんですか?」
 えっ?理彦の言葉に中林は一瞬戸惑ってしまうが、いえ。と正直に答えて彼の顔を見る。
 「片想いすらしていません」
 そうですか……。理彦は視線を息子に向け、父親の表情を見せていた。
 「あの子は明るく素直に育っただけに心が剥き出しの状態なのかも知れません。それだけに傷付きやすいし、メンタルが強いとも言えません」
 「あの素直さはむしろ強みになると思います、今は逆説的な作用をしているかもしれませんが、これを乗り越えるときっと人に優しくなれると思うんです」
 中林は理彦の横顔を見つめながら言葉を紡ぎ出す。心の病にかかってしまって今は打ちひしがれていても、帰省する時に見せたあの強さを垣間見た彼はそれを隣に居る父親に伝えたかった。
 「彼は強い男です、きっと立ち直りますよ」
 中林はそれでこの話題が終わるものだと思っていたが、理彦は中林に視線を向けて、一つ頼まれて欲しい。と言ってきた。
 「千郷の隣に居てやって下さい。勿論物理的に、という意味ではありません」
 「それは……、彼が望むのであれば。としか答えようがありません」
 その答えに理彦はフフッ、と笑う。
 「あなた意外と鈍感なんですね。いくら連絡を取り合っていても、たかだか二??三度しか会った事の無い方を実家に招待するほど無防備じゃないですよ。息子はそれを望んでる、に決まってるじゃないですか、形はどうあれね」
 中林は何と答えて良いものか言葉が何も浮かばなくなっていた。たかだか二??三度……、確かにその通りだ。彼自身決してフレンドリーな人間ではないはずなのに、逆の立場で言えば面識の少ない男の実家をノコノコと訪ねに来ているのだ。
 「返答が無い、と言う事は、了承した。と受け取りますが?」
 えぇ……。その一言しか紡げなかった中林の顔を見た理彦は、頼みましたよ、とでも言うようにニヤッと笑って見せたのだった。

 千郷の実家で過ごす休暇は、普段生活している都会よりも時間がゆっくりと流れていた。楽しかったこのひと時もあっと言う間に最後の夜となり、一番風呂を頂いた中林は日本酒を飲みながら星空を見上げている。しかし内陸部特有の夜の冷え込みに負けてストーブの前に座り直した。
 「冷や飲んでたんだね、夜はこっちの方が良くない?」
 風呂から上がった千郷が熱燗とつまみを持って部屋に入ってきた。彼は二人分のお猪口も準備していて、早速徳利から酒を注ぎ入れる。中林は柿ピーを酒の肴に選び、千郷はさきいかの袋を開けて晩酌を楽しんでいた。
 「流れ星、見れた?」
 「全然。寒くなったから諦めた」
 「こういった日の方が綺麗なんだよ、星空」
 風呂上がりで充分温まっている千郷は、お猪口を片手に窓を開けて夜空を眺め始める。中林もそれにつられ、傍にあった上着を羽織って再び星空観測に参加する。
 「上着無くて大丈夫なのかよ?」
 「平気、寒くなったら取りに入るから」
 二人はどちらからともなく体を寄せ合って南東方向を見つめていると、白い線がすっと横切って思わず声を上げてしまう。
 「あっ、願い事忘れてた!」
 千郷は少し悔しそうに天を仰ぐ。
 「流れてる間に三回唱えるなんてどう考えても無理だろ?」
 「そうなんだけど、流れ星見たら願い事言いたくならない?」
 「ならなくはないけど、俺の場合今叶えられると具合が悪い」
 どうして?千郷は何の気無しに訊ねてみた。
 「俺の願いは『死んだ親父とサシで話がしたい』だから。俺が産まれる直前に亡くなってるから写真でしか知らないんだ」
 中林はそう言って笑う。確かにそうだね……、一方の千郷は真剣な眼差しで中林を見上げている。
 「僕はあなた方とお別れしたくない。そんな願い事叶って欲しくないな」
 「おいおい、そんなマジになんなくてもそうそう叶いやしねぇって」
 「そう言う事じゃないんだよ……」
 千郷は背伸びをして中林の首に腕を巻き付けてきた。一瞬たじろぐ中林だったが、自身にしがみ付いてくる小さな体を抱き締めた。二人は寒空の中でお互いの体を温め合い、流れ星の事などそっちのけになっていた。

 「俺波那ちゃんに告白した」
 津田はこの日、毛利が勤務する診療所に製薬会社の営業マンとしてやって来ている。定期的に行われている薬の納入で、彼が一人で検品を担当しているのを良い事に今しなくても良い話を始めている。
 「は?振られるの分かってて?」
 「いい加減踏ん切り付けたかったからな」
 少々不服そうながらも黙々と仕事をこなす毛利を面白そうに見つめていた津田は、あっさり撃沈。と自虐的な口調で結果報告をする。
 「ついでにちょっと意地悪しちゃったけど」
 そのひと事に毛利の手が止まる。
 「まさかおかしな事して泣かしてないだろうね?」
 「あぁ泣かしたよ、ついでにキスもしといた」
 「アンタ最低だね、何でそんな事したの?」
 毛利は案外幼稚な行動に出た津田を軽く睨み付ける。
 「さすがに許せなかったのが一つ、もう一つは本当の気持ちってやつを知りたくなった」
 「そしたらどうだったのさ?」
 「予想通りだったよ」
 「まぁそうだろうね……、他にやり様はあったと思うけど」
 「最初に嘘付いたんだよ、波那ちゃん。オジサンそれが悲しくて……」
 津田は寂しそうな口調で言ったが、その割にはちっともそんな事無さそうだったので相手にしてもらえず、あっそう、と軽くあしらわれてしまう。
 「そんな事より検品終わったよ」
 どうも。彼は伝票を受け取り、クリアファイルに挟んで鞄の中にしまう。
 「アンタ気持ちの整理は付いたの?」
 「今は仕事中だから言えないな」
 「今更何言ってんの?話振ったのどっちだよ?」
 「……プライベートの時に教えるよ」
 いつだそれ?毛利の文句を尻目に津田は受付から出て行ってしまい、次なる取引先を訪ねるため診療所をあとにした。
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