上 下
32 / 131

第30話 〜全く楽しくないドライブ〜

しおりを挟む
 昼休憩の時間になり、正直嫌やけど八杉氏のケータイに通話発信する。

 『裏口に来なさい』

 その指図に従い俺は財布とケータイだけ持って裏口に向かう。決して広いとは言えない職員用駐車場に明らかに金持ちです風情の黒光りの外車が一台、はっきり言うて邪魔である。
 こんな車全く憧れへんわと思いながらその車に近付くと、助手席から秘書の男性が降りてきて後部座席のドアを開けてくださる。要はさっさと乗れ言う事やな。

 「お待たせ致しました」

 ぶっちゃけてしまうとこの事は既に上司の耳に入っとったようで、待たせると煩いからと真っ先に出てきたくらいの勢いであるが一応挨拶としてそう言っておく。
 ‎乗りなさいと言われたのを合図に中に乗り込むと、これまた全く憧れへんゴッテゴテしたブルジョワちっくな装飾でシートも無駄にふかふかしとる。タオルとかならありがたいけど腰痛持ちの俺にふかふかシートは正直収まりが悪い。
 出してくれ。八杉氏の指示で車はゆっくりと発進する。さすが運転手を職業となさってるだけあって素人でも分かる素晴らしいドライビングテクニックで……なんて思っとったらところでと話を切り出された。

 「君もそろそろ身を固めるべきちがうか?」

 「へっ!?」

 余りにも唐突すぎて変な声出してもた。

 「そない驚く事でもないやろ、三十にもなれば結婚かて普通の事や」

 そりゃまぁな~、同級生も殆ど結婚しとるし。そうかと思えば俺の周りは陽ちゃんこそ予定はあるがあとは皆独身や。

 「一遍見合い、してみんか?」

 「……」

 見合い……すんの?俺が?いやぁ何かイメージ湧かんわぁ。

 「既に話は付いとる、先方さんも乗り気や」

 これもうほぼ強制的やんか、ここでも断る言う選択肢は無し言う事でっしゃろ?

 「次の日曜、母親にも予定を空けとくよう言うとくんやぞ」

 「……はい」

 幸いおかんは今度の日曜休みになってる。帰ってからでも言うとくかと心の中でため息を吐き、したくもない見合いに早くも憂鬱になってくる……それにしても昼休憩一時間だけなんやけど結構長い時間移動しとるような気がする、一体どこ向かってんの?

 「あの……どこ向かってるんです?」

 分からん事は直接聞くんが一番や。

 「気にせんでええ、上のモンには話付けとる」

 いや気にさして、時間内に職場に戻れん前提で連れ出すんやめて。こないだの事もあるからあんま仕事に穴開けたないねん、お願いやから普通に仕事させてくれ。
 俺は八杉氏の目を盗んで腕時計をチラッと見る。針は十二時四十分を指しており、どう考えても午後の業務に間に合わん……それからもう少し走ったところでようやっと車が停まる。中はカーテンが閉じられとって現在地が分からん、マジで何処なんですかここ?
しおりを挟む

処理中です...