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第74話 〜舞花の靄〜

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 初めて有岡君と出会ったんは十五年前、私は当時高校二年で彼は中学三年やった。普通なら夜の繁華街でのトラブルなんて放置されて当たり前やのに、彼は正義感の強い方なんかな?お節介を承知で手を差し伸べてくれた。
 ‎怪我した箇所を未開封の水で洗うてくれただけやけど、生まれてこのかたマトモな愛情を受けんと育った私には忘れられん出来事になった。その後思わぬ話に発展して嫌な気持ちも付いて回るけど、二つ歳下の彼は私の生きるモチベーションになってたと思う。

 高校を卒業すると家から逃げるように都会に出た。本来は高校から引き続き福祉の勉強をしたかってんけど、実家の借金返済のためお金を稼がんといかんから結果実入りの良い水商売や風俗店でアルバイトして仕送りするいうだけの日々を七年ほど続けとった。
 ‎その間有岡君が郷でヒーロー扱いされとるんは風の便りで聞いとった。彼の活躍を聞くんは幸せやったけど、キラキラした彼に対し日に日にあばずれていく自身との溝に落ち込むばかりやった。

 ‎五年前、私はお金のために体を売った相手の男の子供を身籠った。妊娠するとこれまでの仕事が出来んくなる……けど何でか堕ろす気にはなれんかった。悩んどる間に子供はどんどん育っていく……私は覚悟を決めて男と連絡を取り、妊娠を報告すると意外にも結婚しようとプロポーズしてくれた。
 ‎彼のご実家では思いのほかすんなりと受け入れてもらえたけど、家の方ではなかなか許しを得られんかった。私元々養女やし穀潰して散々言うてきたんやからせいせいされると思ってたのに、今になって風俗時代の収入をアテにされてた事を思い知り、それに失望した私らは強行突破で入籍に踏み切った。
 ‎翌年侑斗が生まれ、夫となった男との家庭生活は穏やかで幸せやった。けど彼は突然の事故で帰らぬ人となり、未亡人となったのをいい事にあの夫婦が嫁ぎ先に乗り込んできて、侑斗と一緒に暮らすんは構わんと恩着せがましい条件で強引に連れ戻されてしまった。

 ‎今は実家の手伝いをする代わりに別居を勝ち取り、役場近くのアパートで侑斗と二人で暮らしている。役場には大人になった有岡君が勤務しとるんは住所変更で寄った時には気付いとった、彼は当時より更に身長が伸びて顔付きも大人になっとった。
 ‎もう二度と会う事も無いやろな……そう思ってたら八杉先生のお連れさんとして実家にやって来た。私は何も考えんと彼にお声掛けしてしまった。戸惑うてらしたけど嫌そうにはなさらんかった、その後あの夫婦に貶されたけどそんなんどうでも良いくらいに彼との再会が嬉しかった。
 ‎それからまるで神が仕掛けた縁のように有岡君と再会した、侑斗のお蔭で私らは『おともだち』になれた。連絡先は交換してるけど未だ登録されたアドレスを見るだけで緊張してしまう、今は侑斗のために週に二度公園でお昼を一緒にしてくれとるからそれを理由に彼と居れる時間を一人勝手に楽しんでる。
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