運命の紅い糸

谷内 朋

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FOUTH TIME Ⅰ

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 「お疲れ様でした」

 この日は珍しく定時で仕事を切り上げた葛城司は、これまでと変わらず詩織との関係は良好だ。一年前の一件以来朝比奈あおいと会うことも無く、連絡先も交換していないので近況も全く不明であった。

 それでも心の変化が無いと言えば嘘になる、あの日を境に妻とのセックスは激減した。それに合わせるかのように彼女もまた時々体調を崩すようになり、表向きはそれに対する配慮という事にしている。

 詩織に欲情しない……あおいに魅了されてしまっている彼はその事に悩んでいた。妻との離婚を考えている訳ではないが、時々もう一度あおいを抱きたいという感情が湧き上がってくる。

 それでも妻を最優先にする気持ちは変わらない。今日は早く帰って二人の時間を大事に過ごそう、といそいそと帰り支度を済ませて勤務先をあとにした。

 まだ暗くなりきっていない夕方五時過ぎ、司は普段と変わらず最寄り駅行きのバスに乗り込む。道中あの大橋を通過するたび、悲愴感たっぷりだったあの表情を思い出す。

 それもすっかり日常化していたその時、ぼんやりと橋を眺めているとあの夜と同じ場所にあおいの姿があった。彼は慌てて停車ボタンを押し、橋を渡り切った場所にある停留所で降車した。

 この偶然を逃したくない……妻を驚かせてやろうと敢えて帰りの連絡をしなかった司は、言い訳を考えながらもあおいのいる場所まで走る。勤務後の上り坂も気にならず、疲労はほとんど感じなかった。

 「あおいさんっ!」

 彼は周囲のことなど一切気にすることなく、橋に佇む女性に声を掛けていた。その声に振り返った彼女から笑みがこぼれる。まるで事前に約束して待ち合わせていたかのように。

 「……司さん」

 あおいもまた一年前の情事を忘れられずにいた。その後程なく妊娠して女の子を出産したが、夫への愛情はとおに冷めきっている。あの出来事を封印するためにした翌晩のセックス以来、寝食をほとんど共にしていない。

 司は軽く呼吸を乱しながらあおいの前で立ち止まる。二人は互いの視線を絡み合わせ、自分たちだけの世界を作り上げていた。
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