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西原澄恋
第四話 実は結構
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次の日も結局「助けて」は言えなくて、定時直前に5回言わされて。
意味がわからなくて思わず不信感が顔に出てしまった私をよそに、なぜか斉東さんは満足そうだった。
そして今日はその謎現場を、彼女に目撃されてしまう。
「西原さんお疲れ様っ」
「あ、お疲れ様」
わざわざ待っていてくれたのか、フロアの入口で声をかけてきてくれた渡辺さん。
隣に並んで歩き出したので、歩調を緩めて彼女に合わせることにした。
「さっきのやつさ、何かの儀式?」
「それが、私も意味分かってなくて・・・」
混んでるエレベーターを迂回して階段を降りながら、渡辺さんに「助けて」5回ノルマがある事を説明した。
渡辺さんの事だから「変な人だね~」と言ってくれるかと思いながら。
でも、ビルを出たところで彼女の口から出たのは予想外の言葉だった。
「斉東さんっていい人なんだね~」
「え?」
思わず「どこが?」と言いそうになるのは堪えたけど、変な顔をしてしまったらしい。
渡辺さんに思いきり笑われてしまったから。
「あはははは!」
お腹を抱えて笑う彼女に、道行く人々の視線が飛んでくる。
そんな、居心地の悪い時間。でも、渡辺さんは全く気にならないようで、ひとしきり笑い終えてもまだ声が震えていた。
「だってさ、それってさ、西原さんの、ためでしょう?」
「私?」
今度は顔は堪えたけど、でも意味は分からない。
あれって何か意味があったのかな?
「あー、面白かった」
満足そうにそう言うと、渡辺さんは歩き始めてしまう。憮然とした気持ちのまま、その背中を追いかけた。
「私のためって?」
「ヒミツ。その方が面白そうだし」
「えー」
意味深に微笑みながら、渡辺さんは「じゃあね」と駅のホームに消えてしまう。
結局謎儀式の意味は分からなかったけど、斉東さんがただ変な趣味の人とかではないようだ。
・・・渡辺さんの予想が合っていれば、だけどね。
次の日は、朝からちょっと憂鬱だった。
というのも、昨晩は不本意ながら大泣きしてしまったからだ。
「おはようございます」
「おはよ、今日も早いわね」
けれど、朝から頑張って冷やした上からしっかり目にメイクをしただけあって誰にも気づかれずに席まで来れた。
南課長にも気づかれてないようだし、心配のし過ぎだったのかもしれない。
自分の席でPCを起動してから隣の席を見る。今までずっと私より先に出社していた斉東さんが、今日はまだ来ていなかった。
そんな彼が、出社して来たのは朝礼が始まる5分前。
「おはようございます。すみません少し寝坊しました」
「おはよ、いいから早く席に着きなさい」
駆け足で始業時間に滑り込んできた斉東さんは、私の方をチラッと見ながら小さく「おはよう」と言って席に着いた。
一応軽く頭は下げたけど、すぐに朝礼が始まってしまったので南課長とホワイトボードの方へ体を向けた。
南課長からの、顧客との取引状況やら新規顧客の獲得状況やらイベントの開催状況やらの業務報告を聞いている内に、頭は完全に仕事モードに切り替わる。
そして朝礼の締めは決まってポジティブ語録。
「カタツムリが這った後には必ず跡が残るのよ」という謎の言葉の後、「じゃあ今日もよろしくね」と言われて課のみんなと一緒に「よろしくお願いします」と頭を下げた。
朝礼が終わって斉東さんの方を見ると、彼はまだメールのチェック中だった。
通常業務をしながらメンターもしているのだ。忙しいのは当然ではあるけど、何かを考え込む姿に、声をかけるのは躊躇われた。
で、無言のまま、何となしに斉東さんを観察してみることにした。
短めの髪は、多分不自然にならない程度にセットされているんだと思う。
ピアスの跡は無い。
あ、あのメガネって細いけど銀の縁があったのか。弦も鈍い銀色だけど、黒くて細かい模様が入っていて実はオシャレなやつだ。
メガネのレンズにモニターの青が反射していて、ちょっと綺麗。
それに、整えられた眉毛の端に、ホクロを見つけてしまった。
斉東さんって、実は結構イケメンなんだなぁ・・・。
そんな風に思った瞬間に、彼の顔がこちらを向いたから、驚いてフリーズしてしまった。
そんな私に、斉東さんはニコッとほほ笑みかける。
「ごめん放置しちゃったね」
微笑みながら椅子が近づいてきて、いつもの事なのになぜかいつもより大袈裟に離れてしまった。
「あ、いえ、今日って昨日の続きでいいですか?」
「うん、午前中はこれで。昼前までに次の指示出すから・・・って、ちょっと待って」
私のPCを覗き込みながら指示を出してくれていた斉東さんが、私の顔を見て顔色を変えた。
距離が近いせいで目の腫れに気づかれてしまったようだ。
1番気付かれたくない人に限って気づかれてしまうのは何故なのか・・・。
「何かあった?」
意味がわからなくて思わず不信感が顔に出てしまった私をよそに、なぜか斉東さんは満足そうだった。
そして今日はその謎現場を、彼女に目撃されてしまう。
「西原さんお疲れ様っ」
「あ、お疲れ様」
わざわざ待っていてくれたのか、フロアの入口で声をかけてきてくれた渡辺さん。
隣に並んで歩き出したので、歩調を緩めて彼女に合わせることにした。
「さっきのやつさ、何かの儀式?」
「それが、私も意味分かってなくて・・・」
混んでるエレベーターを迂回して階段を降りながら、渡辺さんに「助けて」5回ノルマがある事を説明した。
渡辺さんの事だから「変な人だね~」と言ってくれるかと思いながら。
でも、ビルを出たところで彼女の口から出たのは予想外の言葉だった。
「斉東さんっていい人なんだね~」
「え?」
思わず「どこが?」と言いそうになるのは堪えたけど、変な顔をしてしまったらしい。
渡辺さんに思いきり笑われてしまったから。
「あはははは!」
お腹を抱えて笑う彼女に、道行く人々の視線が飛んでくる。
そんな、居心地の悪い時間。でも、渡辺さんは全く気にならないようで、ひとしきり笑い終えてもまだ声が震えていた。
「だってさ、それってさ、西原さんの、ためでしょう?」
「私?」
今度は顔は堪えたけど、でも意味は分からない。
あれって何か意味があったのかな?
「あー、面白かった」
満足そうにそう言うと、渡辺さんは歩き始めてしまう。憮然とした気持ちのまま、その背中を追いかけた。
「私のためって?」
「ヒミツ。その方が面白そうだし」
「えー」
意味深に微笑みながら、渡辺さんは「じゃあね」と駅のホームに消えてしまう。
結局謎儀式の意味は分からなかったけど、斉東さんがただ変な趣味の人とかではないようだ。
・・・渡辺さんの予想が合っていれば、だけどね。
次の日は、朝からちょっと憂鬱だった。
というのも、昨晩は不本意ながら大泣きしてしまったからだ。
「おはようございます」
「おはよ、今日も早いわね」
けれど、朝から頑張って冷やした上からしっかり目にメイクをしただけあって誰にも気づかれずに席まで来れた。
南課長にも気づかれてないようだし、心配のし過ぎだったのかもしれない。
自分の席でPCを起動してから隣の席を見る。今までずっと私より先に出社していた斉東さんが、今日はまだ来ていなかった。
そんな彼が、出社して来たのは朝礼が始まる5分前。
「おはようございます。すみません少し寝坊しました」
「おはよ、いいから早く席に着きなさい」
駆け足で始業時間に滑り込んできた斉東さんは、私の方をチラッと見ながら小さく「おはよう」と言って席に着いた。
一応軽く頭は下げたけど、すぐに朝礼が始まってしまったので南課長とホワイトボードの方へ体を向けた。
南課長からの、顧客との取引状況やら新規顧客の獲得状況やらイベントの開催状況やらの業務報告を聞いている内に、頭は完全に仕事モードに切り替わる。
そして朝礼の締めは決まってポジティブ語録。
「カタツムリが這った後には必ず跡が残るのよ」という謎の言葉の後、「じゃあ今日もよろしくね」と言われて課のみんなと一緒に「よろしくお願いします」と頭を下げた。
朝礼が終わって斉東さんの方を見ると、彼はまだメールのチェック中だった。
通常業務をしながらメンターもしているのだ。忙しいのは当然ではあるけど、何かを考え込む姿に、声をかけるのは躊躇われた。
で、無言のまま、何となしに斉東さんを観察してみることにした。
短めの髪は、多分不自然にならない程度にセットされているんだと思う。
ピアスの跡は無い。
あ、あのメガネって細いけど銀の縁があったのか。弦も鈍い銀色だけど、黒くて細かい模様が入っていて実はオシャレなやつだ。
メガネのレンズにモニターの青が反射していて、ちょっと綺麗。
それに、整えられた眉毛の端に、ホクロを見つけてしまった。
斉東さんって、実は結構イケメンなんだなぁ・・・。
そんな風に思った瞬間に、彼の顔がこちらを向いたから、驚いてフリーズしてしまった。
そんな私に、斉東さんはニコッとほほ笑みかける。
「ごめん放置しちゃったね」
微笑みながら椅子が近づいてきて、いつもの事なのになぜかいつもより大袈裟に離れてしまった。
「あ、いえ、今日って昨日の続きでいいですか?」
「うん、午前中はこれで。昼前までに次の指示出すから・・・って、ちょっと待って」
私のPCを覗き込みながら指示を出してくれていた斉東さんが、私の顔を見て顔色を変えた。
距離が近いせいで目の腫れに気づかれてしまったようだ。
1番気付かれたくない人に限って気づかれてしまうのは何故なのか・・・。
「何かあった?」
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