聖女の私にできること第二巻

藤ノ千里

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第二章 医師団

第十六話 正しくない逢瀬

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 眠気は一瞬で吹き飛んだ。隣に寝ていたお凛さんと、体を起こして目を合わせる。
 男性の声だった。
 お凛さんが私に頷いて、訪問者を確認しに行ってくれた。
「何用ですか?」
「内密の話ゆえ、入室のご許可をいただけませぬでしょうか」
 聞き耳をたてて様子を伺うと、衝立の向こうからそんな会話が聞こえてくる。
 判断に迷ったのだろう、困り顔のお凛さんが衝立の向こうから顔を出した。
「お坊様なのですが、どうしましょう?」
 奥の部屋に泊まっているというお坊様だろうか、なんとなくお坊様であれば大丈夫な気がしてきてしまう。
 微笑みながら頷くと、お凛さんはそのお坊様を招き入れて、そのまま私の隣に座った。
 何かあった時に動ける位置にいてくれるのだ。頼もしい。
 お坊様は、部屋に入ったはいいが、衝立の向こうからは動かない。手と頭の先が少しだけ覗いていた。
「夜分の訪問重ねて失礼いたします。不躾とは承知の上でお願いがあり参りました」
 その声に聞き覚えがあるような気がした。どこで、聞いたんだっけか。
「この先のお部屋に道明僧正様がいらっしゃいます」
 そう、聞いたことがあるはずだった。この人は道明様のお小姓さんだ。
 頭が一瞬で真っ白になる。
 道明様がいる?ここに?この先の部屋に?
 何を言っているんだと思う。
 いるはずがない。彼は聖雅院にいるのだ。ここに、いるはずがないのだ。
「聖女様をお部屋へご案内させていただけませぬでしょうか」
 悲鳴を上げてしまうかと思った。口を開いても上手く息が吸えずにただただ息が漏れた。
 行きたい。行きたかった。
 行けない。行ってはいけなかった。
 泣きそうになりながらそのお小姓さんの心を読んだ。
 いる。あの人だ。道明様だ。
 道明様がここにいる。手を伸ばせば届く距離に、いる。
 同行していた他のお坊様方は、明日の早朝に挨拶もせずに発つらしい。
 今夜であれば、誰にも気付かれずに会えるらしい。
 会いたい。けど、駄目だ。私は聖女だから。それはやってはいけないことだ。
 お凛さんの方を向く、凄く驚いた顔で私を見ている。
 お凛さんに止めて欲しかった。そうでないと、もう駆け出してしまいそうだった。
 私はさぞかし変な顔をしていたのだろう、お凛さんは私とお小姓さんを何度か交互に見て、そして立ち上がった。
 部屋の奥で何かを手に取ると、戻ってきた。
 そのままそれを、お凛さんの服を私に押し付ける。
「もし何かありましたら、侍女のお凛であると名乗ってください」
 止めて、くれないのか。
 行けというのか。
 聖女なのに?間違っているのに?
「事情は明日聞かせてください」
 お凛さんがニコリと笑う。
 何も知らないはずの彼女なのに、私を応援してくれるというのだ。
 聖女ではない私の、間違っている私の事を。
 溢れそうになる涙を袖で乱暴に拭った。
 頷いて、立ち上がる。
 帰ったらたくさんありがとうを言おう。あの人のことを彼女には打ち明けよう。
 渡された着物を羽織り、衝立の向こうに回る。
 「お願いします」と言うと、お小姓さんは静かに先導してくれた。
 このお小姓さん、晴彦さんの心から聞こえた道明様への忠誠心には並々ならないものを感じた。敵ばかりだと思っていた道明様に味方がいることに少し安心する。
 今だって、道明様に叱られることを覚悟して独断で来てくれたのだ。葛藤もあっただろうに。
 明かりもつけずに、なるべく足音を殺しながら廊下を進む。
 どうか誰も気づかないでくれと切に切に祈った。
 やっとその部屋に着いた時には、心臓が口から出てしまうんじゃないかと言うほど緊張していた。
 襖の向こうで明かりが揺れている。こんな時間なのに、まだ仕事をしているのだろうか。
「道明様、晴彦です」
 晴彦さんが声を掛けると、すぐに「入れ」と返事が聞こえた。
 聞き間違えるはずもない、道明様の声だった。
 晴彦さんが開けてくれた襖の隙間から、部屋に身を滑らせる。
 机で書き物をしている綺麗な横顔が、明かりに照らされていた。道明様だ。道明様だった。
 長いまつ毛が持ち上がり、きりりと凛々しい目元がこちらを向く。
 目が合った彼は、とてもとても驚いていた。
「晴彦、そなた・・・!」
 私から目を逸らさずに、整った唇が動く。
「お叱りは覚悟の上でございます」
 道明様の目が切なく歪んだ。困らせている。それも分かっててここまで来た。
「私が来たくて来たんです」
 道明様は、目を閉じて額に手を当てた。私がしてしまったことで、きっと色んなことを考えさせている。たくさん迷惑を掛けている。
 それでも、それでも来たかったのだ。
「よい、下がれ」
 晴彦さんが音もなく下がっても、私はしばらく動けないでいた。
 ごめんなさいと思った。
 それでも、どうしても、会いたかった。
 道明様の憂いを帯びた目が開いて、こちらを見た。
 そのひとつひとつの仕草が叫びたいくらい好きだった。
「来て、しまわれたのですね」
 泣きそうな顔で微笑むから、私は彼に抱きついていた。
 道明様の匂いが、体温が、抱きしめられる腕の強さが、これが夢でないと教えてくれる。
 好き。好きだ。ずっとずっと会いたかった。
 溢れる思いを言葉に出来ずに、私はただただ彼にしがみついた。
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