聖女の私にできること第二巻

藤ノ千里

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第二章 医師団

第十八話 それぞれの役割

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 それから少しして、日が登り、晴彦さんが起こしに来た。
「道明僧正様、お着替えをお持ちしました」
 またすぐ会えると思っていても、もう行ってしまうのか思うと寂しい。
 堂々と彼の隣に立てる日は、まだまだ遠い。
 道明様が晴彦さんから受け取ったのは小坊主さんの服だった。
 手渡されて、私のために用意したものだと気づく。
「ありがとうございます」
 私のために、バレないために細心の注意を払ってくれているのだ。
 屏風の裏で渡された服に着替えると、なんだかお坊様になったような不思議な感じがした。
 まぁ、性別が違うのだから、お坊様になったとて一緒にいれる訳では無いのだけれど。
 私を待っている間に道明様も着替えが終わっていたようだ。
 道明様の優しい眼差しに頷いて、心の準備も終わったことを伝える。
 部屋を出る彼の後ろを、できるだけ堂々と歩く。髪があるから明らかに浮いているのは分かっていたが、下手にコソコソするより堂々としていた方が疑われにくい。
 前を歩く道明様の背中に抱きつきたくて、少し切なかった。
 数分もせず、お凛さんのいる部屋が近づいてくる。襖が開いているのが見えた。
 部屋の前まで平然と歩いて、襖の隙間に一気に身を滑り込ませた。後ろ手にサッと襖を閉めると、道明様と晴彦さんの足音が遠ざかって行くのが聞こえた。
 衝立の向こうに回ると、驚きと喜びで顔をくしゃくしゃにしたお凛さんがいた。
「ただいま」
 満面の笑みで彼女に抱きつく。
「お凛さんありがとう・・・!」
「良かった、良かったです・・・!」
 抱き合いながら言葉にならない喜びを伝えた。きっと凄く心配してくれいたんだと思う。お凛さんの声は少し震えていた。
 存分に安堵感を味わってから、お坊様の服だったことを思い出す。
「着替えないとね」
 すでに着替えを用意してくれていたらしいお凛さんは、私の言葉に直ぐに着替えを始めてくれた。
 お凛さんの手でお坊様から聖女の姿になっていく。この仰々しい特注の服、動きやすくはあるが脱ぎ着がしにくいのだ。
「道明僧正様なのですね」
 独り言のようにお凛さんが呟く。心配そうな声。でも反対はしないでいてくれるのが嬉しかった。
 私の着替えが終わると「朝餉をお持ちします」とお凛さんは部屋を出た。
 朝ご飯の後には聖女の仕事が待っている。昨日と状況は変わっていないというのに、今日は物凄く頑張れる気がしていた。


 僧房の中の雰囲気は昨日より幾分かはマシになっていた。
 昨夜のうちに亡くなった方は移動していて、私が治せる状態の患者だけが並べられている。
「あちらから順に治してくれ」
 交代で休憩を取っていたらしい先生方だったが、さすがに園田先生の顔には疲労の色が濃かった。
 聖女の笑顔で頷く。今やることは労いの言葉をかけることではない、一刻も早く患者を治すことだ。
 指示通り1番優先度の高い患者の横に膝を着く。目を逸らしたくなるような火傷の痕を、慈愛に満ちた目で見つめる。
「大丈夫。私があなたを治します」
 その言葉だけで、患者の目に光が宿った。
 彼が読経で人の心を救うように、私の聖女の振る舞いで救える心が確かにある。
 ひとりひとり笑顔で声を掛けながら、怪我を治していく。
 驚く程にスムーズに、苦痛の声が掻き消えて喜びの声に変わっていった。
 気づけば、最後のひとりを治し終わっていた。
 終わった。
 建物の中を見渡す。
 治し終わった人達は、お凛さんが外へ誘導してくれていたらしい、ガランとした建物内にはただ治療の跡だけがあった。
「もうお昼ですよ」
 お凛さんが最後の患者を案内し終えて戻ってきた。
 ということは、4時間も経っていたということか。
「先生方は仮眠を取られてます。昼餉の後に診察を再開するそうです」
 山は越えたということだろう。ほっとするとすぐに酷い眠気が襲ってきた。
「私も寝ていいかな?」
 あ、でもまずはご飯かと言おうと思ったが、口にするより先に寝てしまっていた気がする。


 目を開けると、ゴリゴリと薬研が目の前で動いていた。
「あ、起きました?」
 草順先生だ。
 体を起こすと、手狭な部屋の中は彼の臨時調薬室になっているようだった。
 向こうの部屋から先生方の声が聞こえる。ここは僧房の奥の部屋か。
「戻るならこの薬持って行ってください」
 昨日からずっと姿が見えなかった彼は、恐らくずっとここで薬を作っていたのだろう。草順先生の顔色はいつもより悪かった。
 薬を受け取ると、なぜか私のお腹が鳴った。
「その薬は食べちゃダメですよ」
 草順先生に笑われてしまった。
 恥ずかしい、が彼の顔に笑顔が戻ったのならそれくらい尊い犠牲と思おう。
「まずご飯食べてきます。草順先生も行きますか?」
「あ、僕はもう食べました。で、今からやっと寝れます」
 草順先生が私の下の布団を示す。どうやら彼の寝床を占領してしまっていたらしい。不可抗力とはいえ申し訳なさすぎる。
 邪魔者は早々に退散することにして僧房を出た。
 12月とはいえ真昼は少し暖かい。耳を澄ますと本堂から微かに道明様の読経が聞こえてきて、心も暖かくなる。
「聖女様、探しましたよ」
 聞き惚れているとお凛さんに見つかってしまった。手には簡単な膳を持っている。私のために貰いに行ってくれていたのだろう。
「ごめん、つい」
 僧房の裏に腰掛けて、お凛さんが持ってきてくれたご飯に手をつけた。
 お味噌汁と麦ご飯だけだが、優しい味が体に染み渡る。
「この声って・・・」
 読経の声に気づいたお凛さんが私を見た。なんだか顔が赤くなってしまい、誤魔化すようにお茶を飲んだ。
 小さく聞こえる声にすら聞き惚れるなんて、どれだけ好きなのかと自分でも呆れてしまうのだ、恥ずかしくてお凛さんの顔が見れなかった。
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