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第三章 道明様の愛
第二十八話 鮮やかな逃亡
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神経が高ぶっていたためか、障子が開く音で目が覚めた。
晴彦さんだ。
読めと言われている気がして、彼の心を読んだ。
道明様は全く疑われずに清水城にいるらしい。良かった。本当に、良かった。
返事をする代わりに頷いて彼に付いて行く。外はまだ暗い。夜明けまでまだだいぶ時間があるだろう。
裏口から出て、昨日よりはややゆっくりなペースで走る。
昨日と違い、私に気を使って走ってくれているのが分かった。
しんと静まり返った町を走り抜ける。冷たい空気が頬を切りつけ、吐く息は白い。
やっと町を出ると、晴彦さんはさらにペースを落としてくれた。息を整えながら速足で彼に付いて行く。
あまり息が乱れていない彼の姿に、もっと体力があればと、悔しさを感じた。
山道に入り、少し歩く。朝日が出てくる頃には、予定通り目的地の小さな小屋にたどり着いた。
雨風が半分しか防げないようなボロボロの小屋だった。それでも昨日いた場所と比べれば天国に思えた。
「少しお休みください」
晴彦さんが表で見張りに立ってくれる。緊張と疲労で倒れこんだ床にはカビが生えていたが、安心感から次の瞬間には意識を失っていた。
そして、抱きしめられる感覚で目が覚めた。
疲労でぼんやりとした視界に、整った麗しいお顔が映る。
「みちあき、さま・・・?」
より強く抱きしめられ、激しいキスが降ってくる。
間違いなかった。道明様だった。
キスが止むと涙が溢れた。
「ごめんなさい、道明様、私・・・」
自分がしでかしてしまったこと。彼に危険を冒させてしまったこと。申し訳なくて嬉しくて、涙が次々に零れ落ちる。
「よい、何も申すな」
彼の手が頬を撫でる。
きっといっぱい心配させて迷惑をかけたのに、彼はただ優しい顔をしていた。
「今少し歩くが良いか?」
涙を無理やり拭って頷く。まだ清水城は目と鼻の先だ。気を抜くのは速すぎる。
外に出ると太陽は高く昇っていた。お腹はすいていたが、そんな些細な事気にならなかった。
晴彦さんと道明様の後ろを歩く。山道歩きは慣れていない。何度も転びそうになるのを支えてもらいながら、ペースは落とさないように必死で歩いた。
足元はボロボロで、ひっかき傷もいくつもできたが、道明様がそばにいてくれるだけで頑張れた。
日が傾き、空が夕焼け色に染まる頃、次の目的地にたどり着いた。
小さなお寺だ。
人気もなく掃除もされていないお寺。晴彦さんと道明様は手慣れたように戸を開け放つ。
戸を開けると、カビの匂いに混じってお香の匂いがした。
「これを」
道明様が手渡してくれたのはおにぎりだった。
受け取るとすぐにぐぅとお腹が鳴った。今日はまだ、何も口にしていなかった。
私の額にキスをして、道明様は掃除をしに行ってしまう。
ただ塩で握っただけのおにぎりがおいしくて、おいしすぎて、少しだけ涙がこぼれた。
お坊様というのは掃除が得意らしい。
小さいとはいえ、一つの建物だ。もっとかかると思っていたが、一時間ほど経つと掃除が終わってしまっていた。
かび臭さの消えたピカピカのお寺の中で道明様が読経をあげているのをぼんやりと見ていると、昨日からの出来事が嘘だったのではないかと思えてくる。
ここがまだ東山城だったら良かったのに。
部屋に戻るとお美代さんがいて、夜になると道明様が来てくれる。そんな夢みたいな日常の続きだったら良かったのに。
でも、聖女として生きるからにはこんな事がまた起きるかもしれないのだと、少しだけ、ほんの少しだけ後悔してしまいそうになった。
読経の声が止んで。道明様と晴彦さんが立ち上がる。
どこからともなく布団を持ってきて、そんなものまで置いてあるのかと驚いた。
布団と布団と衝立と布団と。
まだ頭が回っていなかったので、目の前の光景がおかしいことに気づくのが遅くなった。
「おいで」
二組の布団の上で道明様が手を差し出している。
衝立の向こうでは晴彦さんが早くも布団に入っていた。
これは、そう、あまりにも恥ずかしすぎる配置だった。
抱き着きたい気持ちは凄くあった。でも、衝立で仕切られただけの空間では会話どころか呼吸すら丸聞こえではないか。
「晴彦はもう寝たゆえ、気にするな」
白々しく言われてもさすがに無理がある。
お坊様の禁欲とはどういうことだったかと、自分の中の常識さえ疑いそうになった。
私が行かないと、道明様が来た。
軽々と抱きかかえられて連行されてしまう。
「道明様、添い寝だけ、ですよね・・・?」
念のための確認だ。そうだと同意するはずだ。同意してもらわなければ困る。
道明様の目に、艶やかな怪しい光が宿る。
そう、あんなことがあった後だというのに、嫉妬深い彼が何もしないわけはなかったのだ。
晴彦さんだ。
読めと言われている気がして、彼の心を読んだ。
道明様は全く疑われずに清水城にいるらしい。良かった。本当に、良かった。
返事をする代わりに頷いて彼に付いて行く。外はまだ暗い。夜明けまでまだだいぶ時間があるだろう。
裏口から出て、昨日よりはややゆっくりなペースで走る。
昨日と違い、私に気を使って走ってくれているのが分かった。
しんと静まり返った町を走り抜ける。冷たい空気が頬を切りつけ、吐く息は白い。
やっと町を出ると、晴彦さんはさらにペースを落としてくれた。息を整えながら速足で彼に付いて行く。
あまり息が乱れていない彼の姿に、もっと体力があればと、悔しさを感じた。
山道に入り、少し歩く。朝日が出てくる頃には、予定通り目的地の小さな小屋にたどり着いた。
雨風が半分しか防げないようなボロボロの小屋だった。それでも昨日いた場所と比べれば天国に思えた。
「少しお休みください」
晴彦さんが表で見張りに立ってくれる。緊張と疲労で倒れこんだ床にはカビが生えていたが、安心感から次の瞬間には意識を失っていた。
そして、抱きしめられる感覚で目が覚めた。
疲労でぼんやりとした視界に、整った麗しいお顔が映る。
「みちあき、さま・・・?」
より強く抱きしめられ、激しいキスが降ってくる。
間違いなかった。道明様だった。
キスが止むと涙が溢れた。
「ごめんなさい、道明様、私・・・」
自分がしでかしてしまったこと。彼に危険を冒させてしまったこと。申し訳なくて嬉しくて、涙が次々に零れ落ちる。
「よい、何も申すな」
彼の手が頬を撫でる。
きっといっぱい心配させて迷惑をかけたのに、彼はただ優しい顔をしていた。
「今少し歩くが良いか?」
涙を無理やり拭って頷く。まだ清水城は目と鼻の先だ。気を抜くのは速すぎる。
外に出ると太陽は高く昇っていた。お腹はすいていたが、そんな些細な事気にならなかった。
晴彦さんと道明様の後ろを歩く。山道歩きは慣れていない。何度も転びそうになるのを支えてもらいながら、ペースは落とさないように必死で歩いた。
足元はボロボロで、ひっかき傷もいくつもできたが、道明様がそばにいてくれるだけで頑張れた。
日が傾き、空が夕焼け色に染まる頃、次の目的地にたどり着いた。
小さなお寺だ。
人気もなく掃除もされていないお寺。晴彦さんと道明様は手慣れたように戸を開け放つ。
戸を開けると、カビの匂いに混じってお香の匂いがした。
「これを」
道明様が手渡してくれたのはおにぎりだった。
受け取るとすぐにぐぅとお腹が鳴った。今日はまだ、何も口にしていなかった。
私の額にキスをして、道明様は掃除をしに行ってしまう。
ただ塩で握っただけのおにぎりがおいしくて、おいしすぎて、少しだけ涙がこぼれた。
お坊様というのは掃除が得意らしい。
小さいとはいえ、一つの建物だ。もっとかかると思っていたが、一時間ほど経つと掃除が終わってしまっていた。
かび臭さの消えたピカピカのお寺の中で道明様が読経をあげているのをぼんやりと見ていると、昨日からの出来事が嘘だったのではないかと思えてくる。
ここがまだ東山城だったら良かったのに。
部屋に戻るとお美代さんがいて、夜になると道明様が来てくれる。そんな夢みたいな日常の続きだったら良かったのに。
でも、聖女として生きるからにはこんな事がまた起きるかもしれないのだと、少しだけ、ほんの少しだけ後悔してしまいそうになった。
読経の声が止んで。道明様と晴彦さんが立ち上がる。
どこからともなく布団を持ってきて、そんなものまで置いてあるのかと驚いた。
布団と布団と衝立と布団と。
まだ頭が回っていなかったので、目の前の光景がおかしいことに気づくのが遅くなった。
「おいで」
二組の布団の上で道明様が手を差し出している。
衝立の向こうでは晴彦さんが早くも布団に入っていた。
これは、そう、あまりにも恥ずかしすぎる配置だった。
抱き着きたい気持ちは凄くあった。でも、衝立で仕切られただけの空間では会話どころか呼吸すら丸聞こえではないか。
「晴彦はもう寝たゆえ、気にするな」
白々しく言われてもさすがに無理がある。
お坊様の禁欲とはどういうことだったかと、自分の中の常識さえ疑いそうになった。
私が行かないと、道明様が来た。
軽々と抱きかかえられて連行されてしまう。
「道明様、添い寝だけ、ですよね・・・?」
念のための確認だ。そうだと同意するはずだ。同意してもらわなければ困る。
道明様の目に、艶やかな怪しい光が宿る。
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