聖女の私にできること第四巻

藤ノ千里

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第六章 二度目の視察

第四十四話 再びの旅立ち

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 でも、駄目だもん。
 今日は許してあげないんだもん。
 顔だけでも横を向いて抗議の意思を示す。無理強いはしない人だと知ってたから。だから、これだけ拒絶すれば止めてくれると思って。
 でもこの日、彼の手は止まらなかった。
 止まらずに、しかもほとんど力ずくで内ももにキスマークを量産されて、だというのにあっさりと流されてしまう自分が情けなくも悔しくて。
 だけど、情けないけれど、悔しいけれど、好きだから。彼に求められるのが嬉しくて、触れ合う肌の温もりが幸せで。
 そして、幸せだったせいで、事が終わり体から熱が引くにつれて、明日の事を考えてしまった。
 明日はもう一緒にいられない。そう思うと、急に深い悲しみに襲われた。そしたら涙が、零れてしまっていた。
 両目から一滴ひとしずくずつ流れていく涙。拭ってくれたのは、いつも優しい綺麗な指先。
「嫌だったか?」
 道明様の勘違いを、首を横に振って否定する。その拍子にまた一滴流れたけれど、それは自分で拭った。
「また道明様と離れるのが寂しくて・・・」
 自分で決めたことだし、出張みたいなものだし、必ずここに帰って来れるんだと分かっているし。
 でもそれでも寂しい事に変わりはない。
 きっと前世みたいにスマホが使えていたとしても、きっとこんな風に寂しくなっていたと思う。
 彼は私の心の拠り所だから。
「では次の出迎えは賑々しくしてやろう」
 言いながら、道明様は私を抱きしめてくれる。
 暖かい胸元。目の前で震える喉仏すらも愛おしい。
「賑々しく?」
「あぁ、商家の方より二、三ご寄付をいただいたおかげで、田助の婚儀を上げられそうなのだ。そなたが戻るのに合わせて執りおこなおう」
 田助の、婚儀・・・?
 え、めちゃくちゃ楽しそう。
 そうか、結婚したから婚儀もするのか。貧乏脱却したら結婚式も上げられちゃうのか。
 この時代の結婚式、見たことないから楽しみ過ぎる。
 それにサラッと言ってたけど、光来寺の謎の財源も判明してしまった。
 寄付をもらっているのか。それも相手が商家ならお金持ちも多いだろうし、道明様のことだから一度きりと言わずもうパトロンになっていたりするのかもしれない。
 楽しみ過ぎる予定ができてしまって、寂しいとか寂しくないとかどうでもよくなってしまった。
 しかもこの最愛の夫は、驚くくらい私の事を知り尽くしている人でもあったのだ。
「婚儀の折は酒も用意するぞ。光来寺では禁じておらぬ故」


 翌朝。荷物の確認をしてから白梅号に積み込み、新医療所に挨拶をして、道明様との別れを惜しんでから光来寺を後にした。
 今回、白梅号は荷物しか乗せず、私だけ桜号に乗って他は全員徒歩だ。
 智久さんは護衛だから仕方ないにしても、体力温存のために一松だけでも乗ればいいと思ったのに頑なに拒否られたのは多分楠木の手前だろう。
 効率より体面重視な楠木は、お坊様というよりはお侍様っぽい。あの頭の固い感じも相まって、刀さえ持っていれば智久さんと並んでも遜色なさそうだ。
 剃髪もしてないしね。
 光来寺を出発して、まずは東へ。そして山間を通るように北上し、日が傾き始めるころには第一の目的地に到着した。
「あ、一松、私も手伝うよ」
 目的地である小さめのお堂に着くなり駆け出した一松に声をかけながら、桜号から下りた。
 今の私は小太郎。だからお掃除をするなら手伝って然り。
「ここ持てばいい?」
「頼む」
 硬くなった雨戸を一松と協力して開け放つと、カビと言うより苔のような匂いがモワッと溢れ出してくる。
 どれだけ放置されてたんだか分からないけれど、お堂内に荒らされたような形跡はなくてちょっとだけ安心した。
 ガタッと大きめの音がしたと思ったら、向こう側の雨戸は楠木が外してくれたようだ。
 こっちは二人でやっとだったのに涼しい顔で雨戸をどかすのを見るに、可愛い顔に見合わず結構力があるらしい。
「掃き掃除を」
 なんて命令されてしまったので、一松と箒を取りに向かう。
 小太郎の時は楠木の方が偉い立場だから仕方ないとはいえ、ここぞとばかりに嫌がらせされそうで少し身構えてしまう。
 まぁ、されたらされたで道明様にチクればいいだけなんだけどね。
 一松と一緒に埃を払ったり床を掃いたりしていると、楠木はご本尊を丁寧に拭いて差し上げていた。
 ああして優し気な顔で優しく仏像を拭いていれば、時代劇に出演しているアイドルにしか見えない。つまり物凄く絵になる。
 ・・・奴をデッサンして売れば資金不足も解決するのでは?
 いや、止めとこう。その為には優秀な絵師を雇わないといけないし、楠木を絵にするくらいなら道明様を絵にした方が絶対にいいもん。
 道明様の絵なら私も欲しいしね。
 なんて、お坊様の恰好に相応しくない煩悩に支配されながら壁と床の拭き掃除まで終わると、いったん私の役目は終わる。
 ピカピカになったご本尊の正面に座るのは楠木で、その隣に一松。
 やっぱりこういう時は偉い方がメインで読経をあげるらしく、お香も楠木の頭陀ずだ袋から出てきたやつで、香りも道明様のよりも爽やかで甘めの配合だった。
 観客はいないので、読経が始まっても私はただ見ているだけ。
 声が高めの楠木は読経よりJ-POPの方が映えそうだなーとか、一松意外と声低いよなーとか思いつつ、お堂の外で刀を振る智久さんをぼんやりと眺める。
 今回、草順がいないせいでお喋り相手がいない。
 一松と無駄口叩くと楠木にやんわりと怒られるし、智久さんはお喋り好きじゃないみたいだし、息抜きできる手段が封じられてしまったせいで、旅の目玉のひとつがなくなってしまった。
 これは由々しき事態だ。光来寺に戻ったら道明様に「職場での円滑なコミュニケーションにおける無駄口の大切さ」をプレゼンしなければ。


 なんていう悩みも、翌日の昼過ぎには吹き飛んで行く事になる。
 少し大きめの街道にある、いわゆる旅籠はたご屋さん。
 そこで遅めのお昼ご飯でも食べましょうと立ち寄ったら、いたのだ。
 例のあの人が。
「あー!小太郎じゃないか!いやぁこっちのほうに来るって言うからもしかしたら会えるんじゃないかと思ってたけど本当に会えるとはね!」
 興奮気味の玄さんは、お行儀悪く口からお蕎麦が飛び出してもお構いなしだ。
 再会を喜んでくれるのは嬉しいけど、お行儀悪いのはちょっと嫌だなぁ。
昼飯ひるめしかい?あたしもなんだよ、奇遇だね」
「お腹空いてるので食べ終わるまで待っててください」
「あら、気が利かなくてごめんよ。んじゃあたしもこいつを片付けちゃおうかなっと」
 玄さんの口がご飯を食べるのに集中し始めてくれたのを確認してから振り返ると、もうみんな席に着いたところだった。
 一松は楠木の隣に座ってしまっているため智久さんの隣に座ると、向こうの席から玄さんの視線が飛んできているのに気付いた。
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