聖女の私にできること第四巻

藤ノ千里

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第六章 二度目の視察

第四十七話 抱き枕

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「起きて、らっしゃいますか?」
 言葉遣いを躊躇うのは気を使ってくれているからか、ひとまず彼に気取られないように涙をしっかりと拭ってから身を起こした。
「起きてるよ、どうしたの?」
「開けても?」
「うん、いいよ」
 私の返事を聞き届けてから、彼、一松は襖をスッと開けた。
 聖女の業で治し終えて集会所だという建物に集めた人たちの経過を、朝まで診てくれる事になっていたはずだった。なのにわざわざ来たって事は、急ぎの用だろうか?
 一松は悩み顔のまま、おずおずと部屋に入り、襖を閉めた。
 あれ?襖を閉めたという事は、内緒話だろうか?
「落ち込まれてらっしゃったので、寝れぬのではないかと思い参りました」
 いつもより少しだけ声が硬い気がするのは、一丁前に私を慰めようとでもしようとしてくれているからか。
 でも、顔に出さないようにしていたはずなのに、バレバレなのは少し恥ずかしい。
 気遣いは凄くありがたいんだけどね。
「子守歌でも歌ってくれるの?」
 恥ずかしさを誤魔化すためにちょっと茶化してみた。
「いえ、その・・・」
 歯切れの悪い彼の顔を覗き込む。と、口が開いたり閉じたりしいて言い辛そうにしているのが分かった。
 真面目な子だから、軽口は苦手かな?
 そんな事を思いつつも、無言で彼の言葉を待つことにした。
「い、以前、ちょうど良いと仰られていたので・・」
 絞り出すような一松の声。
 人見知りさんが一生懸命喋っているようで微笑ましい。でも下手にからかうのは悪いので、応援は心の中でだけにしておく。
 がんばれ一松!お喋りは上手にできなくてもいいんだよ!
「私で、お役に立てるのでしたら、お使いいただこうかと、思いまして・・・」
 使う、とは?
 道明様じゃあるまいし、私は一松を道具みたいに使った事なんてない。
 って事は比喩かな?
 遠回しな表現がよく分からなくて、彼の表情から何か読み取れないか俯きがちな顔を見つめてみる。
 見つめて、そこで一松の顔が少し赤い気がする事に気づいた。
「その・・・抱き、枕に・・・」
「いいの?!」
 嬉し過ぎる提案に、嬉しすぎて思わず大きな声が出てしまった。
 まさか息子の方から抱き枕にしていいと言われるなんて、母親冥利に尽きるとはこの事か・・・!
 そうと決まったら善は急げだ。
 一松の気が変わる前にと、素早く布団に横になり、隣のスペースをポンポンと叩く。
 そしたら、一松はちゃんと来てくれた。
 これってセクハラじゃないよね?だって一松からの提案だもんね?
 それに、一松ちゃんと私の腕に頭乗せてくれるんだもん。背中を向けられてしまったけど。
 剃髪したツルツルの頭が可愛い。
 苦しくないようにちょっとだけギュっと抱きしめると、彼からは道明様と同じお香の匂いがした。
 でも大きさがまだ私と大差ないし、成長期入りたての肩幅はまだまだ子どものものだ。
 母親想いの、義理だけど私の子どもだ。
「眠れそうでしょうか?」
「うん」
 安心できる人と触れ合うのって、凄く落ち着く。
 二人分の温もりは、驚くくらいすぐに眠気を運んできてくれた。
「一松は良い子だねぇ・・・」
 目を閉じ、うつらうつらしながら、前世で口癖になっていた言葉が口から零れ落ちた。
 寝かしつけの時の口癖。懐かしい幸せな記憶。
「大好きだよ・・・」
 何度も何度も口にした、愛しい子への子守唄のような言葉だ。
「生まれて来てくれてありがとう・・・」
 眠気に翻弄されながら呟いていた。だからその後ものの数秒で眠りについていた私は、翌朝にはこの時の事をすっかり忘れてしまっていたのであった。


 朝早く起こしに来てくれた玄さんと入れ違いに集会所に行くと、重症と中等症の計十四人はもれなく熱がぶりかえしていて、でも顔色は昨日より確実に良くなってきていた。
 熱も全員すんなりと下がり、今では健やかな寝息を立てている。
 山を越えたので、あとは軽症者の治療に回ろう。と思ったら、仕事のできる一松が軽症の人の中でもある程度優先順位を決めていてくれたらしく、彼に大体の順番を聞いてから集会所を後にした。
 玄さん同様智久さんは仮眠を取っていて、一松はご飯の準備。楠木はどこにいるか分からないけどまぁ放っておこう。
 今日の私は服装もちゃんと聖女の服で、寝る時間を確保してもらった分気力も体力も万全に近い。
 聖女の顔を作ってから一軒目の家の戸に手をかけた。戸を開く動作一つも丁寧に、そして声はゆっくりと優しく。聖女として完璧な姿で微笑む。
「突然お邪魔してごめんなさい。あなたを、治しに来ました」
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