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第八章 聖女に求められるもの
第六十三話 それは炎の様に
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「私は私に出来ることをしたまでです。お気になさらないでください」
完璧な聖女としての微笑みだったと思う。それも、木村先生に見せてやりたいくらいの。
「何やら興味深い試みを行うとか?」
「はい!」
売り込みのチャンスだ!と思わず少し前のめりになってしまった。
お偉いさんの前だという事を一瞬で思い出し、座り直す。
聖女。私は聖女。気品を保たなくては。
「光来寺の寺子屋に子どもを預かる施設を併設しようと思っています」
「なるほど・・・」
男性は少し首を傾げながら目を細めた。その瞳に、見覚えのある光が宿っているのが見える。
これは、どんな感情だったっけか。
誰の目に似てるんだったっけか。
思い出すより先に、男性の唇がゆっくりと言葉を紡いだ。
「すみれと、言うのだな」
言葉の意味を理解するより先に、ドキリと、心臓が跳ね、そのまま静かに暴れ始める。
あぁ、そうだ。あの目は、道明様に似ているんだ。
「どこで、それを・・・?」
道明様が、私を愛してくれる時の目に、似ているんだ。
「私が誰か本当に分からぬのか?」
熱を秘めた眼差しに、顔が反らせない。
心臓が収まらないせいで、息も、苦しい。
「申し訳ありません。私お侍様のお家柄には疎くて」
お偉いさんだとは思っていた。でも、歴史の事もよく分からない私には、お家柄とか身分とかまだよく分かっていなくて。
分かっていないし、私には関係ないものだと、思っていたのだ。
「徳川 吉家が私の名よ」
そう言われても、すぐにはピンと来なかった。
苗字がある人が偉い人で、その中でもお侍さんは偉くて、そのお侍さんを従えてるのが城主様で。
徳川 吉家様なんて聞いた事あったっけ?ん?徳川?徳川って、あの、徳川???
吉家様なんて名前聞いたこと無かったが、そう言えばここは別の世界。向こうの史実と異なると、聞いていたじゃないか。
「しょ、将軍様ですか・・・?」
恐る恐る聞いた私の言葉に、男性、いや吉家様はニヤリと口の端で笑った。
「そうなることになっておる」
慌てて頭を下げた。
どうやらまだ将軍様ではないらしいが、遠からず将軍様になられるという事はもうほぼ将軍様だ。
何ならこの距離感すら無礼なのに、私はなぜあんなに真正面からお顔を拝見してしまったのか。
不可抗力ではあるが失礼にも程がある。
ご機嫌を損ねていないようなのだけが救いではあるが・・・。
「私の草を使い、そなたと道明僧正のことは調べた。寺では公認の仲のようであるが、表沙汰に出来ぬ関係というのはいかがなものか」
吉家様の声に怒りの色は感じられなかったが、内容は明らかに叱責だった。
悪いことはしてないはずだ。でも、お偉いさんは何が原因で機嫌を損ねるかは分からない。
「お咎めでしたらどうか私だけに」
頭を畳に擦り付けて懇願した。私の事は少しは好意的に思ってくださっているようだし、私だけであればそこまで大事にならないんじゃないかと思ったから。
もし道明様を調べられてしまったら、彼のやっている事が表沙汰になってしまったら、それこそどんな事態になるか分からなかったから。
「咎めはせぬ」
静かに呟くような声が聞こえる。
彼の言葉に安堵したのは、数秒だけだった。
「咎めはせぬが・・・すみれ、私と共に江戸へ参れ」
「・・・え?」
耳を疑った。だって、話の文脈もおかしいし、意味が分からないし。
我慢しきれなくて頭を上げると、その、次期将軍様となられるはずの人は、やはり私を愛おしげな目で見ていて・・・。
手を掴まれると同時に引き寄せられる。知らない男性の香り。激しく高鳴る心臓の音。侵食してくるような、熱。
「私であれば、そなたの正式な後ろ盾となり、好きなだけその力を使わせてやれるぞ」
ドクドクと心臓が音を立てる。これはこのお方の心音だ。私のじゃない。私の心音じゃないはずだ。
「お、お放しください」
筋肉質な胸板に男性の力で押さえつけられて、身動きも取れない。抵抗を、しているはずなのに。
「正室にはしてやれぬが、そなたを格別に寵愛すると誓おう」
完璧な聖女としての微笑みだったと思う。それも、木村先生に見せてやりたいくらいの。
「何やら興味深い試みを行うとか?」
「はい!」
売り込みのチャンスだ!と思わず少し前のめりになってしまった。
お偉いさんの前だという事を一瞬で思い出し、座り直す。
聖女。私は聖女。気品を保たなくては。
「光来寺の寺子屋に子どもを預かる施設を併設しようと思っています」
「なるほど・・・」
男性は少し首を傾げながら目を細めた。その瞳に、見覚えのある光が宿っているのが見える。
これは、どんな感情だったっけか。
誰の目に似てるんだったっけか。
思い出すより先に、男性の唇がゆっくりと言葉を紡いだ。
「すみれと、言うのだな」
言葉の意味を理解するより先に、ドキリと、心臓が跳ね、そのまま静かに暴れ始める。
あぁ、そうだ。あの目は、道明様に似ているんだ。
「どこで、それを・・・?」
道明様が、私を愛してくれる時の目に、似ているんだ。
「私が誰か本当に分からぬのか?」
熱を秘めた眼差しに、顔が反らせない。
心臓が収まらないせいで、息も、苦しい。
「申し訳ありません。私お侍様のお家柄には疎くて」
お偉いさんだとは思っていた。でも、歴史の事もよく分からない私には、お家柄とか身分とかまだよく分かっていなくて。
分かっていないし、私には関係ないものだと、思っていたのだ。
「徳川 吉家が私の名よ」
そう言われても、すぐにはピンと来なかった。
苗字がある人が偉い人で、その中でもお侍さんは偉くて、そのお侍さんを従えてるのが城主様で。
徳川 吉家様なんて聞いた事あったっけ?ん?徳川?徳川って、あの、徳川???
吉家様なんて名前聞いたこと無かったが、そう言えばここは別の世界。向こうの史実と異なると、聞いていたじゃないか。
「しょ、将軍様ですか・・・?」
恐る恐る聞いた私の言葉に、男性、いや吉家様はニヤリと口の端で笑った。
「そうなることになっておる」
慌てて頭を下げた。
どうやらまだ将軍様ではないらしいが、遠からず将軍様になられるという事はもうほぼ将軍様だ。
何ならこの距離感すら無礼なのに、私はなぜあんなに真正面からお顔を拝見してしまったのか。
不可抗力ではあるが失礼にも程がある。
ご機嫌を損ねていないようなのだけが救いではあるが・・・。
「私の草を使い、そなたと道明僧正のことは調べた。寺では公認の仲のようであるが、表沙汰に出来ぬ関係というのはいかがなものか」
吉家様の声に怒りの色は感じられなかったが、内容は明らかに叱責だった。
悪いことはしてないはずだ。でも、お偉いさんは何が原因で機嫌を損ねるかは分からない。
「お咎めでしたらどうか私だけに」
頭を畳に擦り付けて懇願した。私の事は少しは好意的に思ってくださっているようだし、私だけであればそこまで大事にならないんじゃないかと思ったから。
もし道明様を調べられてしまったら、彼のやっている事が表沙汰になってしまったら、それこそどんな事態になるか分からなかったから。
「咎めはせぬ」
静かに呟くような声が聞こえる。
彼の言葉に安堵したのは、数秒だけだった。
「咎めはせぬが・・・すみれ、私と共に江戸へ参れ」
「・・・え?」
耳を疑った。だって、話の文脈もおかしいし、意味が分からないし。
我慢しきれなくて頭を上げると、その、次期将軍様となられるはずの人は、やはり私を愛おしげな目で見ていて・・・。
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「私であれば、そなたの正式な後ろ盾となり、好きなだけその力を使わせてやれるぞ」
ドクドクと心臓が音を立てる。これはこのお方の心音だ。私のじゃない。私の心音じゃないはずだ。
「お、お放しください」
筋肉質な胸板に男性の力で押さえつけられて、身動きも取れない。抵抗を、しているはずなのに。
「正室にはしてやれぬが、そなたを格別に寵愛すると誓おう」
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