小坊主日誌

藤ノ千里

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聖女の私にできること第四巻

参拾壱

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 ぺこりと頭を下げ、上げる。
 その後私を再びとらえた瞳が、僅かに揺れたように見えた。
「あの・・・」
 おずおずと悩まれつつも、向日様は何かを口にされようとしていた。
 この方より私に何かを話しかけて来られるのは、恐らく初めてだ。
 急ぎの用もなかった故、次の言葉を待った。なるたけ、優しく微笑むようにしながら。
「その・・・」
 また視線が下へと下がり、お顔が俯きそうになり、しかしぐぐっとお顔を上げて。
 それから、向日様は覚悟を決めたように口を開かれた。
「そのような方たちとはあまり親しくされぬ方が良いです」
 この方が何を申されているのか、どのような意図か考えるため、様々な考えが刹那の内に頭を駆け抜けた。
 聖雅院の?いや、霧巻の?
 それとも光来寺、黒峰城の関係者であろうか?
 待てよ。であっても向日様が存じてらっしゃる方で、そのように申されるようなお方はおるまい。
 存じてらっしゃらないのにこのように申されるのであれば、どこぞより噂を?それもないな。
 情報の隠匿に不手際はないはずであるのだ。小瑠璃様のように心でも覗かれない限りは洩れようはずもない。
「失礼ながら、そのような方とはどなたの事にございましょう?」
 向日様が鎌をかけたというのは考え辛いが、このような折はとぼけるに限る。
 無知であるを装った方が、仕事はしやすいのだ。
「えと、女の方、のようですが・・・」
「光来寺にいらせられる方でしょうか?」
「いえ・・・派手な?怖い方です」
 「派手」と言う単語に山谷様のご正室、お滝様が思い浮かんだ。
 かの方であられれば、「怖い」という単語も当てはまる。
 がしかし、お滝様であらば向日様はやはりご存じであられぬはずのお方であろう。
「どなたでございましょうか?とんと予想もつきませぬ」
 小首を傾げ視線を落とし、困った風を装う。
 これで言い淀まれると思ったのだ。
 なにせ向日様は、これまでの間私に怯え続けていた、子兎のような方であられた。
 であるから、この後にこの方から発せられた言に、内心で僅かに驚く事となる。
「昨日も、お会いされているはずです。本当に怖い方ですので、もうお二人きりでお会いするのはやめた方が良いです」


 次に黒峰城へ登城する事となったのは、小瑠璃様と道明様のお供としてであった。
 小瑠璃様より準備が整い次第江戸城へ向かわれるというご報告と、道明様より少しの間聖雅院に滞在するというご報告であったが、山谷様のご興味は専ら小瑠璃様の体調如何いかんのみのご様子で、ご報告の大半を聞き流しておられるようにも見えた。
 であっても、道明様はきちとご報告を差し上げ、山谷様へは礼を尽くされていらせられた。
 小瑠璃様も倣われておられた故、何とも奇妙なやり取りであったな。
 山谷様がご退席されると、間もなく侍女が案内に訪れる。
「お帰りはこちらです」
「案内感謝致しまする」
 穏やかに微笑まれる道明様に、侍女は薄らと赤面した。
 あの侍女殿は私のような幼顔おさながおだけでなく、道明様の秀麗なお顔立ちもお好きらしい。
 単に整っておれば誰でも良い方であられるのやもしれぬがな。
 道明様、小瑠璃様、智久様に続き、私も部屋を出る。
 すると、廊下に待ち受けていたもう一人の侍女が私を呼び止めたのだ。
「晴彦さん、晴彦さんも共に行かれるのですか?」
「はい、私は道明様の小姓にございます故」
 小首を傾げつつちらりと振り返ると、お三方は廊下の先を曲がられてお姿が見えなくなっていた。
 追いかけねばならぬ事はないが、これは恐らく引き留めであろうな。
「どうしても共に?」
「不肖の弟子なれど、師を一人で旅立たせるわけにはいかぬのです」
「他の方では駄目なのですか?」
 引き留めであるのは予想通りであったが、どうやらこの侍女の一存ではあられない事に気づく。
 情から出た言葉ではなく、義務のような、やや必死ささえ感じられる面持ちであられたのだ。
「お恐れながらこの身は師あっての物。容易と身代わりを立てるわけにはいきませぬのです」
 引き留めは、お滝様の命によるものであろうか。
 先日も侍女を怒鳴りつけていたお姿を目にしていた為、ここで私を帰してしまえばこの侍女もお叱りを受けるのであろうか。
 であっても、私にはあずかり知らぬ事であるがな。
「で、ですが・・・」
「何か私へのご用向きがあられましたでしょうか?」
「用と言うほどではないのですが・・・晴彦さんがいらっしゃらないと寂しくなりますので・・・」
「そのようにお申しくださるなどと、光栄にございまする」
 この後の仕事は、私が抜けたとしても大して影響はない物ばかりであったか。
 焦り、目を潤ませながら如何いかにして引き留めようかと必死に言葉を紡ぐ侍女の姿が、愛らしくも見える。
 それ故、この後一刻ほどであればお滝様の元へ参じて差し上げても良いのではないかと、思いもした。
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