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第二章 心が向かう先
第十三話 しめやかな縁側
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吉家様が言葉通り「好きに」見て回ったその建物は、案の定病院だった。
あの同源先生を筆頭に、比較的若い医師三人で治療を行っているらしく、建物の大きさの割には医師は少ない。
でも患者も少なくて、薬どころか部屋も余っているようだった。
隅から隅まで建物内を確認し終えると、吉家様は外廊下で足を止めた。
隣の建物と行き来できるようになっているらしい外廊下は中庭に面していて、中庭にはやはり少ない洗濯物が干してあった。
「ここは江戸の民を幕府の金で治療する『治療院』じゃ」
言いながら吉家様は手すりに腰を掛けた。
そしてニィと笑いながら、私を見上げるように伺う。
「鹿谷と、八ツ笠の医療所を基に作った」
からかうような、どや顔のような、幼くも見える表情。
そんな顔をしていると、彼が将軍様であることを忘れてしまいそうになる。
「作ったは良いが、あの通り閑古鳥が鳴いておる。何か策はないか?」
「私の、ですか・・・?」
「あぁ、そなたのじゃ」
チラリと後ろを見ると、護衛は気を使っているのかそこそこ離れた位置にいた。
大きな声でも出さなければ聞こえる事はないだろう。
でも、この時代って「政は男の物」のはずだから、私なんかが口を出していいものじゃないはずなのに。
なのに、吉家様が、私を待っている。
優翔君によく似た表情で、私の言葉を待っている。
そんな風にされると、応えてあげたいな。なんて、思ってしまうのだ。
良くない事だと分かっているのに。
「知名度が低いのではないですか?」
「知名度?」
「はい。やっぱり知らない施設って警戒しちゃうから、利用した人に話を広めてもらって知名度を上げるのが良いかと」
「・・・一理あるな」
少し俯いて、眉を顰める仕草は優翔君そのもので。
その目が、またこちらを向いてそしてフッと笑うから。
胸をギュッと懐かしさが締め付けて、なんだか涙が滲みそうになってしまったんだ。
晩ご飯は、外にでも食べに行かれたのか、私は部屋で一人で食べた。
ホッとした。
夕方に返却された私の着物からは道明様の香りがしなくなってしまっていたから。
代わりに、吉家様の香りがするようになっていたから。
道明様が恋しい。
道明様に会いたい。
会って、抱きしめて欲しい。
あの優しい手で、愛して欲しい。
道明様の熱で染め上げて、他の事など考えられなくなるほどに満たして欲しいのに。
ずっと道明様の事を考えながらご飯を食べて、寝るまでずっと考え続けていようと思っていた。
でも膳を下げに来た侍女とは別の侍女が「上様がお呼びでございます」と、言ったのだ。
嫌、だった。
行きたくなかった。
「明日じゃ駄目ですか?」
なんて聞いてしまうほどに、嫌だった。
けど、この江戸城で、城の主の意思に背くなんて事、できるはずもなくて。
せめて、聖女の服に着替えさせてもらった。
鎧を纏うつもりで、白と紫の服を着た。
案内された吉家様の私室で、彼はいつもより何倍もラクな格好で縁側に座られていた。
要は、薄布一枚だけ、だったのだ。
室内ではないとはいえ、完全に人払いがされていて、そして案内の侍女もすぐに下がってしまって。
庭を眺める吉家様の目が、ゆっくりとこちらを向く。
恋人に向けるような眼差しが、熱く私に訴えかけてくる。
「酌をしてくれるか?」
ドキドキのせいで、何を考えてるか自分でも分からない。分からないまま勝手に足が動いて、彼の隣に腰を下ろしていた。
少し手を伸ばせば触れられる、そんな距離に。
吉家様が差し出すお猪口に、お酒を注いで差し上げる。彼はいつものように豪快に呷らずに、唇を湿らすように少しだけ口に含んだ。
いつもは正面に座るのに、今日は隣だから視線は合わない。
けれど横顔が、いつもより艶やかで。
髪が少し乱れて、うっすらと汗が見えるのに、色気を感じてしまって。
髭があっても、あの唇を、私は知っているのだ。
あの唇の感触を、味わった事があるから。
そこまで考えてしまって、ハッと正気に戻る。
心の中で自分を殴りつけながら、「なんて事を考えてるんだ!」と叱り飛ばした。
優翔君の事を思い出すならともかく、吉家様相手に不純な気持ちを抱くなんて許されるわけもない。
私には夫がいるのだ。
道明様と言う、世界で一番大切な夫が、いるのだ。
「どうした?」
「なんでもないです」
聖女としての冷静さを表面上は保ったままで、おかわりを注いで差し上げる。
注ぎ終わると、吉家様はまるで今気づきましたと言わんばかりに私の全身を見た。
見て、からかうように笑う。
「私が用意した服ではないな」
「服には困っていませんので」
「やはり昼間のうちに抱いておくべきであったか」
「え?」
あの同源先生を筆頭に、比較的若い医師三人で治療を行っているらしく、建物の大きさの割には医師は少ない。
でも患者も少なくて、薬どころか部屋も余っているようだった。
隅から隅まで建物内を確認し終えると、吉家様は外廊下で足を止めた。
隣の建物と行き来できるようになっているらしい外廊下は中庭に面していて、中庭にはやはり少ない洗濯物が干してあった。
「ここは江戸の民を幕府の金で治療する『治療院』じゃ」
言いながら吉家様は手すりに腰を掛けた。
そしてニィと笑いながら、私を見上げるように伺う。
「鹿谷と、八ツ笠の医療所を基に作った」
からかうような、どや顔のような、幼くも見える表情。
そんな顔をしていると、彼が将軍様であることを忘れてしまいそうになる。
「作ったは良いが、あの通り閑古鳥が鳴いておる。何か策はないか?」
「私の、ですか・・・?」
「あぁ、そなたのじゃ」
チラリと後ろを見ると、護衛は気を使っているのかそこそこ離れた位置にいた。
大きな声でも出さなければ聞こえる事はないだろう。
でも、この時代って「政は男の物」のはずだから、私なんかが口を出していいものじゃないはずなのに。
なのに、吉家様が、私を待っている。
優翔君によく似た表情で、私の言葉を待っている。
そんな風にされると、応えてあげたいな。なんて、思ってしまうのだ。
良くない事だと分かっているのに。
「知名度が低いのではないですか?」
「知名度?」
「はい。やっぱり知らない施設って警戒しちゃうから、利用した人に話を広めてもらって知名度を上げるのが良いかと」
「・・・一理あるな」
少し俯いて、眉を顰める仕草は優翔君そのもので。
その目が、またこちらを向いてそしてフッと笑うから。
胸をギュッと懐かしさが締め付けて、なんだか涙が滲みそうになってしまったんだ。
晩ご飯は、外にでも食べに行かれたのか、私は部屋で一人で食べた。
ホッとした。
夕方に返却された私の着物からは道明様の香りがしなくなってしまっていたから。
代わりに、吉家様の香りがするようになっていたから。
道明様が恋しい。
道明様に会いたい。
会って、抱きしめて欲しい。
あの優しい手で、愛して欲しい。
道明様の熱で染め上げて、他の事など考えられなくなるほどに満たして欲しいのに。
ずっと道明様の事を考えながらご飯を食べて、寝るまでずっと考え続けていようと思っていた。
でも膳を下げに来た侍女とは別の侍女が「上様がお呼びでございます」と、言ったのだ。
嫌、だった。
行きたくなかった。
「明日じゃ駄目ですか?」
なんて聞いてしまうほどに、嫌だった。
けど、この江戸城で、城の主の意思に背くなんて事、できるはずもなくて。
せめて、聖女の服に着替えさせてもらった。
鎧を纏うつもりで、白と紫の服を着た。
案内された吉家様の私室で、彼はいつもより何倍もラクな格好で縁側に座られていた。
要は、薄布一枚だけ、だったのだ。
室内ではないとはいえ、完全に人払いがされていて、そして案内の侍女もすぐに下がってしまって。
庭を眺める吉家様の目が、ゆっくりとこちらを向く。
恋人に向けるような眼差しが、熱く私に訴えかけてくる。
「酌をしてくれるか?」
ドキドキのせいで、何を考えてるか自分でも分からない。分からないまま勝手に足が動いて、彼の隣に腰を下ろしていた。
少し手を伸ばせば触れられる、そんな距離に。
吉家様が差し出すお猪口に、お酒を注いで差し上げる。彼はいつものように豪快に呷らずに、唇を湿らすように少しだけ口に含んだ。
いつもは正面に座るのに、今日は隣だから視線は合わない。
けれど横顔が、いつもより艶やかで。
髪が少し乱れて、うっすらと汗が見えるのに、色気を感じてしまって。
髭があっても、あの唇を、私は知っているのだ。
あの唇の感触を、味わった事があるから。
そこまで考えてしまって、ハッと正気に戻る。
心の中で自分を殴りつけながら、「なんて事を考えてるんだ!」と叱り飛ばした。
優翔君の事を思い出すならともかく、吉家様相手に不純な気持ちを抱くなんて許されるわけもない。
私には夫がいるのだ。
道明様と言う、世界で一番大切な夫が、いるのだ。
「どうした?」
「なんでもないです」
聖女としての冷静さを表面上は保ったままで、おかわりを注いで差し上げる。
注ぎ終わると、吉家様はまるで今気づきましたと言わんばかりに私の全身を見た。
見て、からかうように笑う。
「私が用意した服ではないな」
「服には困っていませんので」
「やはり昼間のうちに抱いておくべきであったか」
「え?」
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