聖女の私にできること第五巻

藤ノ千里

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第三話 私にしかできないこと

第二十四話 聖女の私にできること

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 瞬く間に話が終わり、そのお役人のようなお侍さんは走って行った。
 私は、理解出来ずにいた。いや、理解しなくなかった。
 今日も数え切れない人を治療したあの治療院が、同源先生の怒鳴り声がBGMと化しているあの治療院が、おやつの時間には高野先生が豆大福を用意してくれるあの治療院が、火事になったなんて。
 しかも、誰かの悪意によって燃やされたなんて。
 手が、震えてしまう。
 こういう時は怒らないといけないのに、悲しくなってきてしまう。
 でもこんな時、優翔君は決まっていつも慰めてくれて、前を向かせてくれる。
 だから、彼の方を見た。
 「大丈夫だ」と、「どうしたらいいか一緒に考えよう」と言ってくれるのを期待して。
 だけど、彼は、吉家様は俯いてらっしゃった。
 絶望するように俯いて、ため息を漏らしてらっしゃった。
「これがまつりごとよ。何一つ思うようになった試しがないわ・・・」
 その姿に、ハッと目が覚めた気がした。
 同じ人にも見える優翔君と吉家様との、決定的な違いを見せつけられたような気がした。
 背負う物が違うんだ。
 優翔君は、自分で積み上げてきた立場しかなかったし、私を、私とゆあを一番に思っていてくれた。
 だから彼は彼の全てで私を愛してくれた。
 けれど、吉家様は違う。
 生まれた時に決められた立場があり、責任があり、それを背負う以外の生き方を許されなかったんだ。
 だから、私を求めてはいても、将軍様になってからは無理強いはしないし、大奥にも通わないといけない。
 どんなに辛く重すぎる荷物でも、下ろすことは許されない。決して、許されないんだ。
 誰かのせいに出来ればきっと楽なのにね。
 そうやって責任を感じなければ、楽になれるのにね。
 でもあなたは受け止めるんですね。
 真正面から、受け止め続けるんですね。
 その荷物を、聖女なら軽くしてあげられますか?
「吉家様、私行きますね」
「行く?」
「火傷した人もいるでしょうから治してきます」
「下手人が彷徨うろついておるやもしれぬのだぞ」
「じゃあ護衛をつけてください」
 聖女としてニッコリと微笑んで差し上げると、吉家様は眉を顰められた。
 それが困っている時の癖だと、知っていた。
 だから彼を振り切るように立ち上がり、部屋を飛び出したのだ。


 私が到着した時、火事はもう収まりかけていた。
 木造の建物は燃えやすいから、ほとんど燃えてしまった後だったのだ。
 幸いだったのは、治療院は周囲の建物と隣接してないから延焼は免れたこと。それと、建物の作りのおかげで逃げ遅れた人がいなかったこと。
「静かにしな!それくらいじゃあ死にやしないよ!」
 聞き慣れてきた叫び声に駆け寄ると、同源先生が火傷の患者を診ているところだった。
 高野先生が私に気づいて声をかけてくれたらしく、険のある眼差しが私を捉える。
「火傷は治せんのかい?!」
「それについてお話したいことが」
 聖女の服を纏い聖女の立ち振る舞いで、今の私は誰が見ても聖女と分かるように無慈悲な炎の前でも悠然と微笑んでいた。
 それに気づいてくれたのか、同源先生は治療の手を止めて私の前に来てくれる。
 道明様が作ってくれた聖女の服。そして、吉家様が下さった髪飾り。
 心の中には、大切な人を守りたいと言う、揺るぎのない覚悟。
「負傷者は私が治します。そのお手伝いをお願いできますか?」


 夜通し火傷患者を治し続けたおかげで、布団に入る頃にはクタクタで、目が覚めた時にはお昼ご飯の時間だった。
 お腹がペコペコだったので、お行儀には目をつぶってもらって寝起きのままでご飯を食べて、その後お風呂に入らせてもらった。
 そして、お風呂から上がると、きちんとした服に着替えさせられた。
 吉家様に頂いた服に。
 しかも、ピカピカの打ち掛けまで着せられて歩きにくいのなんのって。
 その上、案内された先は初めて入る大きな部屋だった。
 大きくて、厳格な雰囲気で、何人も偉そうなお侍さんが座っていて。
 吉家様も、将軍様としてそこにいた。
 私は、聖女として彼の前に通された。
 腰を下ろし、彼と一瞬だけ目が合ったけど、そのまま頭を下げた。
 目上の方にする角度ではなく、礼儀としての角度は約15度だけなのだと、楠木に言われた通りに。
 聖女として相応しき所作とやらの通りに。
「聖女小瑠璃よ。そのほうの活躍により治療院への民の支持が上がる事となっただけでなく、此度の火事にても負傷者の全てを治癒したと聞いた」
「はい」
「この吉家、その方の尽力に心から感謝の意を示そう。聖女としてこの後も民に奇跡を与え続けて欲しい」
「勿体なきお言葉にございます」
 吉家様の言葉は、私に向けていながら私以外の人へ聞かせる為の言葉だった。
 それが、彼の、彼にできる最上の感謝なのだと分かった。
「褒美として、これよりいかなる治療であっても行う許可を与える。これを生かし、存分に聖女の業を振るうが良い」
「有難く頂戴いたします」
 今度は恭しく頭を下げて、そして上げる。
 見上げるようにしてしっかりと、吉家様のお顔を伺う。
 吉家様は、将軍様としてのお顔で私に微笑まれていた。
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