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8.番外編
(5)手を伸ばせば触れる距離
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「ミア」
コーダンの声で、ディーナンが私を呼ぶ。
家族の呼び方だ。コーダンにはその呼び方を許したことは無い。
「止めて」
魔族は基本的に二つ名を呼び、本名を呼ばない。けど、人間は逆に親しい人間しか愛称で呼ばないんだ。
中身がディーナンだったとしても、コーダンにその呼び方をされるのは背中が痒くなってしまう。
「じゃあリーミア」
「・・・何?」
「この姿なら傍にいてもいい?」
「え?」
泣いてるような顔だった。そんな顔で、懇願するようにディーナンは言ったんだ。
コーダンの姿をしているのに、私にはちゃんとディーナンに見えたんだ。
だから、魔族は姿形にこだわらないと言ってたくせに、本当は自分の姿を変えたくないと言ってるようにも聞こえたんだ。
「意味分かんない。まずいつもの姿に戻ってよ」
「嫌なんでしょ、俺の姿」
「嫌なんて言ってないでしょ」
コーダンの姿でうじうじされるのは気持ち悪い。彼はそんな風に情けない顔はしないし、そんな風に唇を尖らせないし、チラチラ私の表情を伺ったりしない。だからかっこいいのに。
怒られた子どもみたいに少し悩んで、それからディーナンはまた闇魔法を使う。
闇が掻き消えると、そこにはいつも通り痩身で優男風のディーナンの姿があった。
でも、ホッとしたと同時に、心臓が駆け足を始めてしまう。本当に、なんなんだこれは・・・!
「やっぱ嫌?」
ディーナンが私の顔を覗き込むように1歩近づく。手を伸ばせば触れる距離。
触れてしまう、距離。
「嫌じゃないって」
「でも変な顔してる」
変な顔、確かにしてるかもしれない。
でもそれはディーナンも同じだ。こいつがいつもみたいにヘラヘラしていれば、こんなにドキドキしたりしないのに・・・。
「だ、だって、ディーナンが・・・!」
「俺?」
「距離近いんだもん。それに、私の事変な目で見るじゃん」
「前から変わってないよ」
「うそ!だって・・・」
だってこんなにディーナンの体温を感じるのに?
こんなに、こんなにディーナンの声が耳にこびり付くのに?
それに、変わらないって言うなら、私を見るその目はなんなんだよ・・・!
「俺の事、嫌いになった?」
「違うよ・・・」
「でも俺いない方がいいでしょ?」
ディーナンがいなくても仕事はできる。ディーナンがいなければ胸が苦しくなることもない。
ディーナンが、いなければ・・・。
「しばらく消えるね」
「待って!」
踵を返したディーナンの手を、掴んでしまった。
近くにいると、ドキドキするし苦しいし変な顔をしてしまうけど、でもディーナンがいなくなるのは絶対に、嫌だった。
「いなくなるのは駄目」
握り返されて、繋がれてしまった掌が、熱い。
溶けてしまいそうなほどに熱いんだ。なのに、嫌じゃないんだ。
あの後、立ち話したせいでくしゃみが出てしまい、慌てて寝室の布団に潜り込んでそのまま寝た。
で、翌朝。朝食を持ってきたディーナンはいつも通りに軽薄な笑みを浮かべていた。
「一緒に食べてもいい?」
「いいけど」
何となく、視線が気になって上着を羽織った。
今更な気もするけど、ね。
「ディーナンってさ」
「ん?」
「私の事、どう思ってるの?」
ディーナンの手がピタリと止まる。
直ぐに軽口を叩くかと思った。けど、違った。
「俺の、主様で上司」
「そうじゃ、なくて・・・」
私も手を止めて、ディーナンを見据えた。
目が合うと、彼の軽薄な笑みが、ゆっくりと真顔になっていく。
「どう、思ってるの?」
あぁ、やっぱりだ。
私は、こいつに真面目な顔をされると、ドキドキしちゃうんだ。
「言わなきゃ、ダメ?」
「言わなきゃ駄目」
「命令?」
「命令」
こいつは、「一目惚れした」とか「一緒に連れて行って」とか「一緒にいるよ」とかそういう軽口は言うくせに、私の事をどう思ってるのかは絶対に口にしなかった。
さんざんセクハラするくせに、ちゃんと距離は保っていた。
今朝、起きた時にそれに気づいて、それで腹が立ったんだ。
「ミア」って呼ぶくせに、ちゃんと他人の距離のままだから。
「早く答えて」
「・・・俺、は」
逃げるように逸らした目が再びこちらを向く。いつになく真剣な漆黒の眼には、私の姿が映り込んでいた。
コーダンの声で、ディーナンが私を呼ぶ。
家族の呼び方だ。コーダンにはその呼び方を許したことは無い。
「止めて」
魔族は基本的に二つ名を呼び、本名を呼ばない。けど、人間は逆に親しい人間しか愛称で呼ばないんだ。
中身がディーナンだったとしても、コーダンにその呼び方をされるのは背中が痒くなってしまう。
「じゃあリーミア」
「・・・何?」
「この姿なら傍にいてもいい?」
「え?」
泣いてるような顔だった。そんな顔で、懇願するようにディーナンは言ったんだ。
コーダンの姿をしているのに、私にはちゃんとディーナンに見えたんだ。
だから、魔族は姿形にこだわらないと言ってたくせに、本当は自分の姿を変えたくないと言ってるようにも聞こえたんだ。
「意味分かんない。まずいつもの姿に戻ってよ」
「嫌なんでしょ、俺の姿」
「嫌なんて言ってないでしょ」
コーダンの姿でうじうじされるのは気持ち悪い。彼はそんな風に情けない顔はしないし、そんな風に唇を尖らせないし、チラチラ私の表情を伺ったりしない。だからかっこいいのに。
怒られた子どもみたいに少し悩んで、それからディーナンはまた闇魔法を使う。
闇が掻き消えると、そこにはいつも通り痩身で優男風のディーナンの姿があった。
でも、ホッとしたと同時に、心臓が駆け足を始めてしまう。本当に、なんなんだこれは・・・!
「やっぱ嫌?」
ディーナンが私の顔を覗き込むように1歩近づく。手を伸ばせば触れる距離。
触れてしまう、距離。
「嫌じゃないって」
「でも変な顔してる」
変な顔、確かにしてるかもしれない。
でもそれはディーナンも同じだ。こいつがいつもみたいにヘラヘラしていれば、こんなにドキドキしたりしないのに・・・。
「だ、だって、ディーナンが・・・!」
「俺?」
「距離近いんだもん。それに、私の事変な目で見るじゃん」
「前から変わってないよ」
「うそ!だって・・・」
だってこんなにディーナンの体温を感じるのに?
こんなに、こんなにディーナンの声が耳にこびり付くのに?
それに、変わらないって言うなら、私を見るその目はなんなんだよ・・・!
「俺の事、嫌いになった?」
「違うよ・・・」
「でも俺いない方がいいでしょ?」
ディーナンがいなくても仕事はできる。ディーナンがいなければ胸が苦しくなることもない。
ディーナンが、いなければ・・・。
「しばらく消えるね」
「待って!」
踵を返したディーナンの手を、掴んでしまった。
近くにいると、ドキドキするし苦しいし変な顔をしてしまうけど、でもディーナンがいなくなるのは絶対に、嫌だった。
「いなくなるのは駄目」
握り返されて、繋がれてしまった掌が、熱い。
溶けてしまいそうなほどに熱いんだ。なのに、嫌じゃないんだ。
あの後、立ち話したせいでくしゃみが出てしまい、慌てて寝室の布団に潜り込んでそのまま寝た。
で、翌朝。朝食を持ってきたディーナンはいつも通りに軽薄な笑みを浮かべていた。
「一緒に食べてもいい?」
「いいけど」
何となく、視線が気になって上着を羽織った。
今更な気もするけど、ね。
「ディーナンってさ」
「ん?」
「私の事、どう思ってるの?」
ディーナンの手がピタリと止まる。
直ぐに軽口を叩くかと思った。けど、違った。
「俺の、主様で上司」
「そうじゃ、なくて・・・」
私も手を止めて、ディーナンを見据えた。
目が合うと、彼の軽薄な笑みが、ゆっくりと真顔になっていく。
「どう、思ってるの?」
あぁ、やっぱりだ。
私は、こいつに真面目な顔をされると、ドキドキしちゃうんだ。
「言わなきゃ、ダメ?」
「言わなきゃ駄目」
「命令?」
「命令」
こいつは、「一目惚れした」とか「一緒に連れて行って」とか「一緒にいるよ」とかそういう軽口は言うくせに、私の事をどう思ってるのかは絶対に口にしなかった。
さんざんセクハラするくせに、ちゃんと距離は保っていた。
今朝、起きた時にそれに気づいて、それで腹が立ったんだ。
「ミア」って呼ぶくせに、ちゃんと他人の距離のままだから。
「早く答えて」
「・・・俺、は」
逃げるように逸らした目が再びこちらを向く。いつになく真剣な漆黒の眼には、私の姿が映り込んでいた。
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