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11永遠の別れ【ライナス(カール)視点】

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 キャロライン王女は『悪魔』とか『魔女』と罵られながら、騎士達に押さえつけられ見せしめのように高台にある広場に連れてこられた。

 ここで彼女をダラム帝国に引き渡すつもりらしい。反乱軍め……ダラムに取引を持ちかけられたんだな。あんなに民や臣下のことを心から想っていた、優しくて気高い王女に『悪魔』だなんて暴言をよく言えたものだ。怒りで身体が震える。

 彼女は最期に俺と話をさせてくれとトーマスに願い、あいつは「一分だけだ」と言ってその場を去った。そして、彼女は拘束されている俺に近付いてきた。

「ライナス、ここまで護ってくれて感謝します。でも、私はもうこの人生に疲れました」

 ちょっと待ってくれ。疲れたとはどういう意味だ?

「王女!俺を盾にして逃げてください。貴方が、あんな頭のおかしい男のところに嫁ぐ必要はない!」

 嫌な予感がする。だめだ。お願いだ、生きていてくれ。ダラム帝国だろうが、どこだろうが必ず助けに行くから。

「いいえ、ここまでよ。ライナス、あなたは私の分まで幸せになってね。自分の最後は自分でケジメをつけるわ」
「ケジメ……?王女、何を!?俺は……俺はあなたを……」
「あなたは生きて。死んだらだめよ」

 彼女が一番大事にしていたネックレスを「お礼だ」と無理矢理渡された。

 彼女のよく通る声が聞こえる。自分は国のために消えると……そう話している。

 ――だめだ。だめだ。やめてくれ!

「神様……私をどうしてこんな美しい容姿にされたのですか?来世はどうか平凡な人生にしてくださいませ」

 美しく微笑んだ彼女は、脚に隠していた短剣を抜き迷いなく左胸に一気に突き刺し息絶えた。

「キャロ……ライン」

 彼女がそんな武器を隠し持っていることを知らなかった。どうして俺はここにいるんだ。大事な人を護れなかったのに何故俺は生きている?体が震える。民衆がわーわーと混乱する中、俺の目から大粒の涙が溢れた。

 俺は怒りと哀しみで、ブチ切れていた。拘束された手足の縄を無理矢理引きちぎり、彼女に駆け寄った。彼女の心臓はもう動いていなかった。皮肉なことに真っ赤な血が薔薇のようで、キャロライン王女の美しさをより引き立てていた。

「……王女を寄越せ」

 俺は反乱軍に囲まれたが、渡すわけがない。大事な彼女をこれ以上、誰かに触れさせたくない。

 俺は彼女を担いだまま、高台から下の民主達の中に飛び降りた。ギャーギャーと声が聞こえ混乱している中で必死に逃げた。

 逃げて逃げて……山の中の洞窟に彼女を下ろした。王女の体はもう冷たくなっていた。

 俺は川の水でタオルを濡らし彼女の頬を綺麗にした。その顔を見ると、涙がポタポタと流れ彼女の頬が濡れていく。

「ど……して。死んでしまったのですか」

 俺は生まれて初めて夜通し泣き続けた。冷たい彼女を抱きしめたまま。

「護れなくて……申し訳……ありませ……ん」

「キャロ……ライン王女……キャロライン」

 彼女の髪を切り取り、一束にして胸ポケットに入れた。この髪と貰ったネックレスは俺の御守りだ。

 あいつらに死体を奪われたり、辱められたら耐えられないため、俺は彼女の亡骸を火葬した。別れの最期に冷たく哀しい口付けをした後に。

 その火を見ながら俺は誓った。キャロラインを殺したトーマスや反乱軍、そしてダラム帝国王を絶対に許さない。きっと優しいあなたはみんなを許すんでしょうね。でも、俺は許せない。

「俺が仇を取ります。天国から見ていてください」

 彼女のいないこの世に幸せはない。だが復讐のために俺はどんなに辛くても、苦しくても生きてやる。燃える火の前で跪き、剣を地面に突き立てて誓いを立てた。

♢♢♢

 それからの俺は、反乱軍の追手から逃げ延びて秘密裏にシュバイク王国へ入国した。まだダラム帝国と戦争中で混乱している国に入るのは難しくなかった。

 俺は城に行き、陛下の命でメラビア王国から来たと嘘をつきシュバイク王に面会を求めた。当初『誰だ?こいつ』と警備兵に疑いの目で見られていたが、ジョセフ王子とキャロラインとの婚約の際にメラビア王国で俺の顔を見たことがある騎士が多数いたため怪しい者ではないと証明してもらえた。

 ――運が味方してくれている。

 シュバイク王には我が国で内乱が起き、王族は全て亡くなったと説明した。キャロラインが自死したことを聞き、王はショックを受けていた。

「お主、名はなんと言う?」
「私はキャロライン王女専属騎士だったライナス・ヴェセリーと申します。今回はお願いがあって参りました」
「君がライナスか。強いという噂は聞いていた。願いとはなんだ」
「私は王家を滅ぼした裏切り者が許せません。そして、キャロライン王女を自分の物にしようとして不幸の原因を作ったダラム帝国王も生かしてはおけない」
「それは同じ気持ちだ。メラビア王とは親しかったし、我が息子のためにも闘ってくれたことを知っている……彼が内部の人間に殺されたとなれば許し難い。私の義娘になるはずだった王女まで死に追いやられたなんて、想像しただけで胸刺し張り裂けそうだ。それと言うまでもないが、ダラム帝国王は必ず亡き者にするつもりだ。刺し違えてもな」

 シュバイク王国はダラム帝国に次ぐ第二の大国だ。戦争も拮抗状態だった。

「私をこの国で雇って下さい。必ず活躍します。復讐したいのです」

 俺は少しでも触れれば怪我をするような、獰猛な獣のような目をしていた。

「私との契約はメラビア王国の反乱軍を倒し、ダラム帝国を潰すまで。その日まではあなた様に仕え命懸けで働きます。駒として使ってください」
「……よかろう」
「ありがとうございます。私の名はメラビア王国では知れ渡っている。今この瞬間よりライナス・ヴェセリーという名は捨て、カールとして生まれ変わります。闘う時も顔を隠しましょう」

 こうして、目元に仮面をつけた正体不明のカールという男が生まれた。

 シュバイク王はとても強くて聡明な人物だった。そして、ジョセフの意思を継いだ第二王子も優秀であった。

 まずは、メラビア王国を『ジョセフ王子の婚約者キャロラインを死に追いやった』という大義名分をあげて攻め入った。

 彼女の死を怒ったダラム帝国王がメラビア王国を滅ぼすのではないかと思っていたが、実際はそうはならなかった。ダラム帝国王はキャロラインの死にかなりショックを受けたらしく、兵を下がらせたため戦争は終わりを迎えた。

 皮肉にも本当に彼女の死で、平和になったのである。王族がいないメラビア王国は、かなり混乱していたが騎士による統治が始まった。そしてその筆頭はあのトーマスだった。

「陛下厚かましいお願いですがメラビア王国が滅んだ後、民を受け入れてもらえませんか?その……奴隷としてではなく」
「もちろんそのつもりだ。我が領地になれば、それは私の民。生まれが違っても関係はない」
「ありがとうございます。王女は……メラビアの国民を心配していましたから」

 俺は正体を隠し、闘いの最前線に立った。シュバイクの軍事力と俺の作戦があれば勝つのは簡単だった。

 トーマスのやり方は嫌という程わかっている。メラビア王国のことも全て把握している。どこを攻めたら嫌がるか、どれくらい武器があり何人の騎士がいるのか。俺は知っていることを全て開示した。

 あいつは焦っただろう。なぜこんなに情報がばれているのか?スパイがいるのではないかと疑ったに違いない。かつての親友がこちら側にいるとは知らずに。

 戦況が悪いと知ると、シュバイク国王に降伏の意思を伝えてきた。

「カール、どうしたい?お前の意見を聞こう」
「これ以上の犠牲は意味がございません。彼を呼んでください。私も一緒に話してもよろしいですか?」
「ああ」

 そしてトーマスは話し合いのためにシュバイクへやって来た。顔を隠している俺の存在には気付いていない。

「メラビア王国はもう兵力は残っておりません。どうか我が国民だけでもお許しいただけないでしょうか?シュバイク国王陛下と我が国は元々は深く繋がっておりました。その温情を何卒」
「そうだ。私は王家と懇意にしていた。その縁を切ったのは君達ではないのかね?」
「……その時は、そうするより他はございませんでした」

 トーマスは深く頭を下げている。上から冷めた視線を送る。

「君と話したい男がいてね。カール!」

 そう言われて、俺はトーマスの前に立った。

「顔をあげろ」

 こいつは俺の声を聞いて、誰の声かわかったようでバッと勢い良く顔を上げた。青ざめ、目を見開いて驚いている。

「へえ?親友を裏切る薄情な男でも、俺の声は覚えてるんだな」

 はっと鼻で笑い、仮面を下に投げつけた。

「ライナス……!お前……だったのか」
「呼ぶな!その名は捨てた」

 俺はこいつの胸ぐらを掴み、頬を殴りつけた。トーマスの体は吹っ飛んで床に倒れた。口元から血が出ている。

「お前と反乱軍の幹部の命と引き換えに、メラビア王国の民を全て受け入れる」
「俺たちをと呼ぶのはお前だけだ」
「お前はダラム帝国の圧力に屈し、あれだけ世話になった王族を皆殺しにしたんだ!それが今や国の英雄とは笑えるな……くっくっく」
「仕方なかった!それに実際に戦争も終わった」
「戦争が終わったのは王女のおかげだろうが!お前らは何の罪もない王女に罪をなすりつけ、追い詰めて殺した!!……もういい。お前と話すことはない。どうする?自分の命を持って民を助けるか、それとも最後まで闘うか選ばせてやろう」

 トーマスは青ざめた顔でギリッと唇を噛んだ。しかし、ふうと息を吐き俺を真っ直ぐ見つめた。

「迷うまでもない。俺の命など安いものだ」
「そうか。これ以上お前に失望しなくて済みそうだ」
「俺には俺の正義がある!あの時、王家を滅ぼしたことは正しかったと思っている。ただ、お前を裏切ったことはずっと後悔してた」
「……黙れ」
「悪かった」

 そうして、メラビア王国でトーマスをはじめ幹部達は処刑された。王家を滅ぼした罪人として。

 あんなに許せなかった親友トーマスが死んでも気持ちは全く晴れなかった。

 シュバイク王国はメラビア王国を吸収し、ダラム帝国と同じくらいの大国になった。そして優秀な王は本当に民を自国民と同等の扱いで迎え入れた。

 そして、死後ずっと放置されていメラビア王家の立派な墓を作ってくださった。そのことがとてもありがたかった。俺はそこに参り、花を供え一区切りをつけた。この時点で、あの反乱から五年が経過していた。

 ――あとはダラム帝国を潰すだけだ。
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