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第1章
紐解いて 2
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「失礼します」
「瑠衣か、待っていたよ」
兄の部屋に足を踏み入れると、今日もカーテンが固く閉ざされていた。
暗い照明の下、中央の白いラグの上だけが、照明に照らされていた。
「今日は全部、脱げ」
「えっ」
「早くしないか」
「……はい」
兄は大学で美術サークルに所属し、自宅で絵を描くことが趣味だった。
だから僕は高校生になった時から、ずっと裸体モデルを強要されている。
兄だけでも戸惑うのに、兄の友人が数人一緒の時もあった。
『ヌードデッサンモデル』と言えば聞こえはいいが、僕だって生身の人間だ。羞恥心もある。ましてモデルをしたいわけでもない。
まじまじと同性から、身体の隅々まで観察されるのはつらかった。
人体の構造を学んだり描くために裸になるのは当然だと、頭では理解していても、まだ年若い僕には、見知らぬ人の前で身体の全てを、白日の下にさらすのは苦痛でしかなかった。
それに母親似の色白で女顔の僕は、兄の友人から卑猥な目で見られることも多かった。そういう類いの人種に興味を示される容貌だということは、何度か嫌な目に遭いそうになって理解していた。
兄は純粋に絵のモデルとして扱ってくれても、兄の友人の目は仄暗く危険を孕んでいた。執拗な視線に爪先まで絡めとられるようで、回を重ねるごとに嫌悪感が募っていた。
このままでは、何かもっと良くないことに巻き込まれてしまうのでは。
見えない不安に苛まれ、憂える日々だ。
「なぁ雄一郎、この子は本当に綺麗だな。今度俺の別荘で、会員制のデッサン会を開くので貸してくれないか」
「それは駄目だ。瑠衣は、私の専属だ」
「なんだよ、お堅いこと言うなよ。可愛がってやるのに、なぁ悪いようにはしないからさ」
「いや……今はまだ駄目だ」
デッサン会とは名ばかりの、不穏なものを感じる話し方。
今はって…………じゃあ、いつかは、そうなってしまうのか。
いつ兄の気が変わるか分からない。
怖い──
まるで奴隷にでもなった気分だ。
「瑠衣、今日はもういい。誰にも見られないように部屋から出ていけ」
「……はい」
やっと自由になれると思うと、ほっとした。
20分間隔で6ポーズも取らされ、動くと叱られるので辛かった。
不慣れな僕はマネキン人形にでもなったような気分で、いつもモデルをした後は、とても疲れ、酷く落ち込んだ。
急いで衣類を身につけ部屋を出ると、廊下に海里が腕を組んで不機嫌そうに立っていた。
僕を見ると、海里は彫りの深い端整な顔を歪めた。
「瑠衣、ちょっと来い」
「あっ」
腕を引かれて人気のない書庫に連れ込まれた。
「痛い! 離して」
「……お前さ、一体何をしてる? 兄さんの部屋でコソコソと」
「な……何もしてない」
「それは嘘だろう?」
「海里……」
「俺には話せよ。俺は……お前の味方だろう?」
その言葉に、幼い頃を思い出す。
僕は6歳で母を亡くし、そのまま屋根裏の女中部屋で鼠のように薄汚く暮らしていた。
突然保護者を亡くし、他の女中は見向きもしてくれない。かろうじて食事と着替えを与えられたものの、目につく所に出るなと言われていたので、下働きの後は部屋の片隅で蹲っていた。
そんな僕を気にかけてくれたのが、同い年の海里だった。明るい髪の王子様のような風貌で、柔らかい笑みで僕に手を伸ばしてくれた。
……
「やぁ、きみが瑠衣?」
「え……なんで僕のこと知っているの?」
「こっちにおいでよ。ずっと君とちゃんと話してみたかったんだ。しんぱいでさ」
……
今日もあの時のように、僕を心配してくれているのか。
「瑠衣か、待っていたよ」
兄の部屋に足を踏み入れると、今日もカーテンが固く閉ざされていた。
暗い照明の下、中央の白いラグの上だけが、照明に照らされていた。
「今日は全部、脱げ」
「えっ」
「早くしないか」
「……はい」
兄は大学で美術サークルに所属し、自宅で絵を描くことが趣味だった。
だから僕は高校生になった時から、ずっと裸体モデルを強要されている。
兄だけでも戸惑うのに、兄の友人が数人一緒の時もあった。
『ヌードデッサンモデル』と言えば聞こえはいいが、僕だって生身の人間だ。羞恥心もある。ましてモデルをしたいわけでもない。
まじまじと同性から、身体の隅々まで観察されるのはつらかった。
人体の構造を学んだり描くために裸になるのは当然だと、頭では理解していても、まだ年若い僕には、見知らぬ人の前で身体の全てを、白日の下にさらすのは苦痛でしかなかった。
それに母親似の色白で女顔の僕は、兄の友人から卑猥な目で見られることも多かった。そういう類いの人種に興味を示される容貌だということは、何度か嫌な目に遭いそうになって理解していた。
兄は純粋に絵のモデルとして扱ってくれても、兄の友人の目は仄暗く危険を孕んでいた。執拗な視線に爪先まで絡めとられるようで、回を重ねるごとに嫌悪感が募っていた。
このままでは、何かもっと良くないことに巻き込まれてしまうのでは。
見えない不安に苛まれ、憂える日々だ。
「なぁ雄一郎、この子は本当に綺麗だな。今度俺の別荘で、会員制のデッサン会を開くので貸してくれないか」
「それは駄目だ。瑠衣は、私の専属だ」
「なんだよ、お堅いこと言うなよ。可愛がってやるのに、なぁ悪いようにはしないからさ」
「いや……今はまだ駄目だ」
デッサン会とは名ばかりの、不穏なものを感じる話し方。
今はって…………じゃあ、いつかは、そうなってしまうのか。
いつ兄の気が変わるか分からない。
怖い──
まるで奴隷にでもなった気分だ。
「瑠衣、今日はもういい。誰にも見られないように部屋から出ていけ」
「……はい」
やっと自由になれると思うと、ほっとした。
20分間隔で6ポーズも取らされ、動くと叱られるので辛かった。
不慣れな僕はマネキン人形にでもなったような気分で、いつもモデルをした後は、とても疲れ、酷く落ち込んだ。
急いで衣類を身につけ部屋を出ると、廊下に海里が腕を組んで不機嫌そうに立っていた。
僕を見ると、海里は彫りの深い端整な顔を歪めた。
「瑠衣、ちょっと来い」
「あっ」
腕を引かれて人気のない書庫に連れ込まれた。
「痛い! 離して」
「……お前さ、一体何をしてる? 兄さんの部屋でコソコソと」
「な……何もしてない」
「それは嘘だろう?」
「海里……」
「俺には話せよ。俺は……お前の味方だろう?」
その言葉に、幼い頃を思い出す。
僕は6歳で母を亡くし、そのまま屋根裏の女中部屋で鼠のように薄汚く暮らしていた。
突然保護者を亡くし、他の女中は見向きもしてくれない。かろうじて食事と着替えを与えられたものの、目につく所に出るなと言われていたので、下働きの後は部屋の片隅で蹲っていた。
そんな僕を気にかけてくれたのが、同い年の海里だった。明るい髪の王子様のような風貌で、柔らかい笑みで僕に手を伸ばしてくれた。
……
「やぁ、きみが瑠衣?」
「え……なんで僕のこと知っているの?」
「こっちにおいでよ。ずっと君とちゃんと話してみたかったんだ。しんぱいでさ」
……
今日もあの時のように、僕を心配してくれているのか。
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