重なる月

志生帆 海

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第5章

暁の星 8

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 久しぶりにソウルに戻って来た。ここ数日、本当にいろいろなことがあった。

 義父の別荘での出来事……涼をそっと見守って、そして久しぶりの義父との会話。更にあの船上でのサプライズ。あの時もらったブルーリボンは、俺と丈のお互いの月輪のネックレスにしっかりと巻き付けている。そして今、お互いに胸の上で密やかに揺れている。

 到着ロビーを丈と歩いていると聞き慣れた声がした。

「おーい! 丈っ洋っこっちだこっち」

 声がする方を見るとKaiが笑顔でブンブンと手を振っていた。

「あれ? なんで」
「今日はオフで暇だったらか迎えに来てやった」
「そうなのか。悪かったな」
「車で来たから乗っていけよ」
「ありがとう!」

 kaiが運転する車に乗り込み高速を走っていると、Kaiがミラー越しにニヤニヤ見てくる。

「なんだよ? その顔」
「洋さ、向こうでいいことあっただろ?」
「なんで? 」
「んーなんか幸せそうな顔してるからさ」
「そっそうかな」

 参ったな。そんなに顔に出ているか。

 頭の中で船上での出来事を反芻する。まるで本当に結婚式をあげたようだった。あんな風に祝ってもらえるなんて全く想定外だった。

 あのまま俺と丈はマンハッタンの高層ホテルにチェックインし、お互いの躰を求めあった。帰国の日まで何度も何度も重ね合った躰は、まだじんわりと火照っているようだ。

「そうだ洋、いきなりで悪いが仕事の話をしてもいいか」
「もちろんだ。急に休みを余計にもらってしまって、大丈夫だったか」
「まぁな。その代り明日から仕事がいっぱい入ってるから覚悟しろよ」
「あぁちゃんと働くよ、スケジュール教えて」
「えっと、二つ同時に依頼が来ていて、どっちにする?」
「二つ?」
「一つ目は国際学会の通訳だ、そうそう日本からだぞ」
「……日本のお客さんか。なんの学会だ?」
「製薬会社の新薬発表だってさ」
「……製薬会社か……どこの?」

 俺は日本にいるとき製薬会社に勤めていた。あの時義父に追われ逃げるように会社を辞めた経緯もあるから、今更当時の知り合いになんて会いたくない。そんな思いでつい確かめてしまった。

「確か……光丘薬品って会社だったよ。知り合いでも?」
「いや、いない」

 よかった。俺が勤めていた信協製薬じゃなかった。それならば大丈夫だろう……だが一抹の不安がある。

「もう一つは?」
「アメリカ人代議士の江南界隈の不動産視察の通訳だよ」
「早く決めろよ。手配があるから」
「……じゃあ二つ目にするよ」
「へぇ意外だな。日本人の通訳の方が適任かと思ったけど」
「アメリカから帰国したばかりだから英語の通訳がやりたいだけさ」
「了解! じゃあ八時には準備があるからホテルに来てくれ」
「やれやれ、洋は多忙だな。医者の私よりもハードスケジュールじゃないか」

 隣で一部始終会話を聞いていた丈が、口を挟んで来た。

「丈の方が忙しいよ。一度病院に行ったら、いつもなかなか帰ってこないし、家にいたって急患で呼び出されるじゃないか」
「まぁな、明日からまたいつもの日常だな。でもなんだか新鮮だな」
「新鮮って?」
「まぁ……新婚生活になるわけだからな」
「なっ!」
「へっ新婚って??」 」

 kaiが不思議そうに声をあげた。

「なっなんでもないから」

 丈がさり気なく後ろのシートで指を絡めてくると、あの船の上でブルーのリボンをつけ合った時を思い出して胸の奥がじんと熱くなる。

「おいおい~そこであんまりいちゃつくなよ! こっちからは全部見えているぞ! 全く俺にも洋みたいに可愛い子いないかなぁ~」

 Kaiの恨めしそうな声が車内に響いた。それから三人で声をあげて笑いあった。
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