重なる月

志生帆 海

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第7章 

鏡の世界 4

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「それで丈、お前は日本での職は、どうするつもりだ?」
「はい、実は大船の総合病院の非常勤医師として働こうかと。実はもう手配してあります」
「そうか、お前は医師としてしっかりやっているんだな。安心したよ。いずれは常勤になれるといいな」
「ありがとうございます。そうですね、いくつか常勤の話も来ていますので、早めに落ち着くようにします」
「その……だな……ここには洋くんと一緒にいつまでも居ていい。だからここから通える所を探してみてはどうか」
「父さん、いいのですか。ありがとうございます。洋がよければ私もそうしたいです。久しぶりに帰って来たここは静かで、落ち着きます」
「そうかそうか」

 嬉しそうなお父さんと丈の会話に、とても穏やかな空気が流れていることを感じた。俺の父さんも生きていたら、こんな風に優しく話しかけてくれただろうか。そんなことを考えずにはいられない。

「それで、洋くんは今までどんな仕事を? 」

 羨ましいような、くすぐったいような気分で二人の会話に耳をそばだてていたので、いきなり俺に話をふられて焦ってしまった。

「あっ……はい、あの韓国ではホテル専属で通訳の仕事をしていました」
「ほぅ? 通訳か。君は英語が得意なのかな」
「高校から大学卒業までアメリカにいました。それから韓国語もマスターしました」
「それはいいね。最近この寺にも外国のお客さんが多く見えるので、案内を洋くんに手伝ってもらえそうだ」
「俺でよければ、何でもやります」
「ははっこれは頼もしいな。息子が増えたようで嬉しいよ」

 信頼できる人から頼りにされるということが、こんなに心地良いなんて。「息子が増えたようで」というフレーズが心地良い余韻となって鳴り響いている。

「父さんも兄さんも、洋をあまりこき使わないでくださいよ」
「んっなんでだ? 」
「洋は通訳以外に、翻訳の仕事を学びたいそうです」
「ほぅ……翻訳を? 」
「あっはい。俺の亡くなった父が翻訳者だったので同じ道を進んでみたくなりました」
「そうか。君のお父さんは他界されているのか」
「……はい」

 少しだけ後ろめたい。
 実の父はもういない。
 義父は生きている……でも話せなかった。
 この場では、まだ。

「どうやって勉強を? 」
「基本的には通信講座で学んでみようかと。同時に通訳の仕事の方も登録してみようと思います」
「そうかそうか。じゃあ勉強には離れの書斎を使うといい」
「ありがとうございます、嬉しいです。それから是非お寺の方の手伝いも俺にさせてください」
「嬉しいな、それは俺は手ほどきしてやるよ。ここは男所帯だからさ、いろいろ大変なんだよ」
「流兄さんっ余計なこと教えないでくださいよ」

 流さんが嬉しそうに話に加わって来て、更に場が和んでいく。

「とにかくこれで一安心だな。丈と洋くんは今日からこの月影寺の一員だ、よろしく頼むよ」
「お世話になります」

****

 丈の横に布団を敷いて、薄暗い部屋で天井を見上げながら、今日一日のことを思い返していた。

「まだ起きているか。今日は疲れただろう? 一日バタバタだったからな」
「丈、俺、すごく嬉しいよ、まさかこんな風にすべてを話せるなんて。肩の荷が降りたようにほっとしている」
「そうだな。まさかここまでスムーズにいくなんてな」
「話してくれてありがとう。俺のこと包み隠さずに」

 丈のことを見つめると、丈は珍しく照れくさそうな表情を浮かべていた。

「それは大事な洋だから、黙っていることが出来なかっただけだ」
「嬉しい。俺はここが好きだよ」
「私の父や兄が近くにて邪魔じゃないか」
「邪魔だなんてとんでもないよ。俺が欲しかったものだよ。みんな」
「そうか…でも一番欲しいのは私だろう? 布団が寒くないか」
「丈……」

 まったく丈は……と呆れつつも、俺も丈の温もりが欲しくて、そっと布団を抜け出て丈の元へ入った。途端にぎゅっと丈に躰を抱きしめられ、それから顎を両手で挟まれて、丈の方を向かされる。

「洋、お疲れ様。ここは安全だ。ゆっくり過ごしてくれ」
「ありがとう。俺をここに連れて来てくれて」

 丈の漆黒の目がゆっくりと近づいて来て口づけされた。それから俺に跨って、パジャマ代わりに着ていた浴衣の袷に手を這わせてきた。

「丈っ……おいっここで? 」
「洋、ここは離れで、流石に夜は誰も近づかないから安心しろ」
「……お兄さんたちはどこで寝ている? 」
「母屋にそれぞれの部屋がある」
「そうなのか」
「安心したか。だから思いっきり声を出してもいいぞ」
「丈っ、あまり苛めるなよ」
「洋の感じている声が好きだ。色っぽいからな」

 そのまま鎖骨のあたりを丈の舌が走って行くと、ぶるっと躰が震える。どんどん襟元が緩み肩が露わになっていく。冷たい空気に触れれば丈の温もりが恋しくて、俺の方から肌を近づけていってしまう。

「寒くないか」
「少し寒い」
「今温めてやる」
「うっ……あっ……」

 丈の温かい体温を感じる舌先が、俺の上半身を隈なく這う。くすぐったいような心地よいような快感で埋め尽くされていくと同時に、どんどん自分の体温が火照っていくのを感じる。ぴくぴくと跳ねる躰を、丈がどこまでも優しく追い詰めてくれる。

「洋、今日は感じやすいな。一段と」
「それは……だって」
「んっ?」
「すごく安心したからだ」

 本当はここに来るまで凄く緊張していた。ずっと俺は家族らしい家族を知らずに育ってきたから、丈の家族に受け入れてもらえるか心配だった。

 お父さんやお兄さんたちがどんな人か知らないし、俺たちの関係を誰もが受け入れられるものではないことも……充分覚悟していた。多くは望まないように。ずっとそう思ってやってきたから。

 なのにこんなにも受け入れてもらえるなんて、嬉しくて信じられなくて、ほっとして……
なんだか心のねじが緩んでしまったように脱力している。だから丈に触られると、いつもよりずっとずっと感じてしまうよ。

「あっ……」



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