重なる月

志生帆 海

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第7章 

解きたい 3

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「やあ、久しぶりだな」
「ええ……」

 陸さんとの待ち合わせは、電話をしてから一週間後の日曜日だった。表参道のフレンチレストランの一室を貸し切って、俺は丈と共に、陸さんは約束通り空さんを連れて現れた。

 陸さんは、黒いシャツにグレーのパンツ姿というラフな姿なのに一際長身でエキゾチックな端正な顔立ちに圧倒されてしまう。そしてどうしても義父の面影がちらついて……緊張が走ってしまう。

「じゃあ始めるか」

 いよいよだ。この話をいきなり切り出して、陸さんがどういう反応をするのか分からない。
だが驚かれても、非難されても、俺はすべてを受け止めるつもりだ。

「まず、あんたが連れて来たその男のことをきちんと紹介してくれ。本当にお前の恋人なのか」
「こちらは張矢丈さん。医師をしている。その通りだ。俺の大事な人で、今一緒に暮らしている」
「はっ本当にお前ゲイだったのか」

 陸さんは顔を歪ませた。

「陸、もうやめろよ。そういう偏見はお前にはなかったはずだろう」
「空、だがこいつは父の愛人の子供だったから、そんな奴がと思うとむかつくんだよ」

 愛人…とは…母のことを言っているのだろう。やはり陸さんから見ると、母の行動はそう映っているのだ。そう再認識した。

「俺はなんと言われてもいい。だが丈のことを悪くいうのだけはやめてくれ。俺たちはもうすぐ入籍するんだ。俺は……丈の家……張矢家の養子になることにした」

「はっ?お前、そんなこと許されたのか?そんな簡単に、この日本で……」

「一言では説明できないが、丈の家族にも理解してもらっている」

「本当にお前はついているよな。父を奪って裕福に暮らし、今度は男の恋人とみんなに祝福されて結婚だって?」

「…」

 陸さんは興奮して、俺を責め立てた。それを見かねた丈が、間に入ってくれた。

「陸さん、あなたには何も迷惑はかけません。洋はそのことにより崔加の姓から抜けることになります」

 陸さんは、丈の言葉に明らかに反応してはっとした表情を浮かべた。

「崔加の姓から抜ける。そうか……確かにそういうことになるんだな。それで俺が喜ぶとでも?そんなに簡単に上手くいくと思うなよ。何もかもお前が幸せを手に入れるなんて」

 一筋縄ではいかないと覚悟はしていたが、陸さんはどんどん意固地になってしまう。不謹慎だが、その様子は、まるで小さい子供が必死に足掻いているように見えてしまう。

「陸、もういい加減にしろ。駄々を捏ねるんじゃないよ。これ以上みっともないだろう」

俺が心の中で思ってしまったことを、隣に座っていた空さんがそのまま口に出してくれた。

「空……だが…」
「ちょっと会話に入ってもいいですか?」
「もちろんです、どうぞ」
「たしか洋くんのお義父さんは今アメリカ在住で、車椅子生活ですよね」
「え……空さん、調べたのですか」
「ええ…まぁ」

「確か……洋くんが養子縁組を解消するためには、「離縁」届けをすれば良いはずですが、それにはお義父さんの署名と、20歳以上の保証人2名の署名が必要ですよね」

「はい」
「保証人は僕とそちらの丈さんでいいと思うけれども…お義父さんの署名は、どうするつもり?」

 いきなり核心を突かれて驚いた。俺と丈は顔を見合わせて深呼吸し、丈が話し出した。

「そうなんです。それで……洋の義理の父親は躰が不自由なので帰国がままならないと思うので、洋がアメリカへ行ってお義父さんに説明しないといけないわけです」
「なるほど……」

 暫くの沈黙のあと、やはり想像していた声が響いた。

「ちょっと待てよ。俺も一緒にアメリカへ行く」

「陸っお前、そんないきなり」

「いいだろ、俺は一度親父に会ってみたいんだよ。このサイガヨウと一緒になっ。どんな顔するか見てやりたい!捨てた息子に二十年ぶりに再会するのと拾って大事にしていた息子に捨てられる親父の顔を拝んでやりたいんだ!」

「陸………そんな乱暴なこと…」

空さんがあきれ顔で、陸さんを咎めようとしていた。

「空さんありがとうございます。でも俺……大丈夫です。実は俺もそうした方がいいと思っていました。陸さんもそうしたいと思うのが自然です」

「洋くん、君って人は……はぁ……全く…」

 陸さんとアメリカに行って、再び義父と再会する。想像するだけで心にも躰にも負担がかかることだが、ここが踏ん張りどころなんだ。

「それでいつ頃行くつもりですか?その話善は急げというし、早めに進めたいのでしょう」

空さんが気を取り直して、丈に質問をした。

「それが……私の医師としての仕事がなかなか調整できなくて、どうやら早くても夏以降になりそうで」

 え……丈も一緒に行ってくれるつもりだったのか。でももう丈は義父に挨拶をしているし、今回は陸さんのこともあるので、もうこれ以上巻き込みたくない気持ちで一杯だった。

「丈……いいよ。俺だけで行ける」
「いやそんな訳にはいかないだろう」
「でも…」

「確かに夏以降じゃ、せっかくの気持ちも萎えてしまうよね。そうだ……じゃあ洋くんこうしたらどう?僕はちょうど今月末にニューヨークへ出張があるんだ。それは陸の撮影を兼ねているから、その時に同行するのはどうかな?陸と二人きりでは気まずいだろうけど、僕やスタッフも大勢いるから、それに混ざって行けばいいんじゃないか」

「なんだよ空っ。俺がこいつに何をするっていうんだよ」
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