重なる月

志生帆 海

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完結後の甘い話の章

『蜜月旅行 87』終わりは始まり

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 再び四人で海岸にやってきた。

 隣で眩しそうな顔をしながら海を見つめる翠兄さんを盗み見て、幸せを噛みしめた。

 宮崎の南国の太陽は、俺の心を開放してくれるので、ついいつも北鎌倉で自制した心は消え去り、どこまでも強引に貪欲になってしまう。

「流、泳ぐか」

「もちろん」

「うん、僕も今日は一緒に泳ぐよ」

「翠兄さんも?」

「酷いな、僕が泳げないとでも?」

「いや……いいですよ。じゃあ俺達は泳いでくるけれども、丈達はどうする?」

「いいですよ。私たちはまたあの岩場まで行ってきます」

「へぇ……また?」

 まったく俺の弟は思ったより性欲が強く、欲深いのか。また洋くんを一昨日のように堂々と、南国の太陽の下で抱くつもりなのか。

 まぁそれに関しては何も言えない。俺だって今から翠兄さんをあわよくば抱きたいと願う、強欲な男なのだから。

「それじゃっ」

 今から時間に支配されない時を過ごすのだ。二手に分かれて海岸で、たっぷりと夕方まで遊ぶつもりだ。そう思うと、まるで子どもの頃に戻ったようなワクワクとした気分が込み上げて来る。

 夏休み……祖父の家に帰省し通った江ノ島や由比ガ浜を思い出す。砂遊びも泳ぎも一日中楽しんだ。

 あの時の翠兄さんは、俺と一緒に日焼けしていたな。
 いつからこんなに白く滑らかな肌になったんだか。

 袈裟で隠れている部分を暴くのは、永遠に俺でありたい。

「流、じゃあ泳ごうか」

 翠兄さんは砂浜に敷いたビーチマットの上に、自分の着ていたTシャツを潔く脱ぎ捨てた。部屋でたっぷりと日焼け止めクリームを塗った躰だから、焼き過ぎる心配はない。

 だが……ふと目に留まったのは、兄さんの歳を感じさせない滑らかな肌に、熟れた果実のようについている小さな乳首のその下の赤み。

「兄さん、ここどうしたんです?虫に刺されましたか」

「えっどこ?」

「ここですよ」

 指でその柔肌をトンっと突いて教えてやると、兄さんは促されるようにその場所を見た。

「ば……馬鹿!これはっ」

「あっ」

 そっそうか。俺としたことが野暮なことを聞いてしまった。これは旅行に来てすぐ……転寝をしていた兄さんを盗んだ証だ。

「すっすいません、やっぱりTシャツ着ていてくださいよ」

「だが……」

 早く泳ぎたそうにする翠兄さんの様子に、つい強い口調になってしまった。

「他人には絶対に見せたくないんだ!もし見た奴がいて何か言って来たりしたら殴ってやる!」

 兄さんに怒ったわけではないのに、何故か悲し気に長い睫毛を伏せてしまった。そうか……何を思い出しているのか、手に取るように分かってしまった。俺は焦って誰も近くにいないことを確かめてから、兄さんの肩を抱いてやる。

「翠……悪かった。安心しろ。もう昔みたいにむやみに暴れたりしないから……暴走しないから……翠を悲しませたりしないから」

「……流はもっと自分を大切にした方がいい。僕だっていい歳の男なんだから、危機管理だって出来るし、大丈夫だから二度とあんなことは……」

「分かってる。もうしない」

 気を取り直すように、翠にもう一度着ていた白いTシャツを着せてやった。

「さぁ泳ごう!翠」

 海は目前だ。

 今だけは……魚のように自由に泳いでもいいよな。
 愛しい翠を連れて……兄と弟というしがらみからすり抜けて。


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