重なる月

志生帆 海

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11章

夏休み番外編『SUMMER VACATION 2nd』6

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「わっ、美味しい……」

『翠』という日本酒を一口飲んだら、とても澄んだ味わいだった。
 端麗で、まさに翠さんのような酒だ。

「洋くん、どうかな。気に入った?」
「ええ……すごく」

 俺が飲み終えるのを、翠さんは目を細めて見つめてくれていた。その眼差しが温かくて、透き通るような酒の味わいを一層引き立てていた。

「よかった。京都に行ったときに道昭に教えてもらってね。あれから気に入って、流に頼んで取り寄せてもらっているんだ」

「そうだったのですね。京都の日本酒は俺の口にも合うみたいです」

 そんな会話をしていると、隣の丈が睨んでくるのが気になった。

「なんだよ。その目つき……」
「洋、くれぐれも飲みすぎるなよ。まだやることがあるだろう」
「え……あっ……うん」

 丈の奴、忘れてないな。

 俺に浴衣を着せて、それから脱がしたいんだな……きっと。

 でもお前……今日は昼間、頑張ったもんな。
 
 サイズの争いに負けてしょげているのも知っている。

 だから俺も今日は丈を沢山励ましたい。

 暫く飲んでいると、流さんが浴衣を何枚か抱えて部屋に戻って来た。

「お待たせ。洋くんどれにする?」

 目の前に広げられた浴衣は、流さんが洗って保管してくれていたようで、綺麗にアイロンがかけられて、まるで呉服屋の品物のようだ。

 古い物のはずなのに。今も生き生きとしている。

「迷いますね。どれにしよう」
「これにしないか」

 隣から丈が、そのうちの一枚を指さした。

 白地に紺色や水色の流水が描かれているような、優美な柄。

「うん、いいね」
「じゃあ俺が着付けてあげよう」
「いや流兄さん、私がやります」

 すかさず丈が口を挟む。

「へぇ~お前に着付けなんて出来るのか。安心しろ。洋くんの躰に触れたりしないからさ。しかしお前は結構、焼きもちを焼くんだな」
「なっ! 兄さんこそさっきは上半身裸で……まったく」
「くくっ、お前がそれ言う?」

 そんな言い合いが続くと翠さんが絶妙のタイミングで間に入って窘める。これがいつものパターンだ。

「やれやれ、また始まった。さぁ早く着つけてもらって、丈と帰った方がいい。丈は君のことを待ちわびているよ」

 うわ、翠さんの口からそんな風に言われると恥ずかしいやら、忍びないやらで焦ってしまう。そもそも……俺たちの方がよっぽどお邪魔だったんじゃないか。

「よし、洋くんこっちに。早く着つけてやるからな」
「あっはい!」

 和室?

 そこ俺が入っても問題ない?


****

 その予感は的中した。

 浴衣を着つけると言って通された和室には、一組の布団が意味ありげに敷かれていた。しかも掛布団は横に弾き飛ばされ、シーツの皺が波のように広がっていた。

 きっと俺たちがこの家を訪ねる直前まで、ここで翠さんと流さんが。

 この二人が……うわわ……また俺、リアルに想像してしまうよ。

「どうした?」
「あっいえ、なんでも」

 頬が染まるのを感じたので、慌てて顔を背けて見なかったふりをしてしまった。そんな様子を流さんがじっと見つめていた。

「洋くんはさ、もう全部知っているんだよな。俺と翠のことさ」
「……はい」

 改まって聞かれると照れ臭い。

「恥ずかしいもんだな。改まると、プールで裸になるより恥ずかしいもんだな」

 いつになく照れくさそうな流さんの様子。それでいて幸せそうな様子に心温まる。

「ほら、出来たぞ。鏡を見てみろ」

 あっという間に浴衣を綺麗に着付けてもらい、鏡に映る自分の姿にはっとした。そこに夕凪が立っているような錯覚を覚えたから。

「夕凪……」

そう呼びかければ、夕凪の声が彼方から聞こえるような気がした。

……

あぁ……やっと……なんだね。

本当に良かった。

ふたりが幸せになってくれて良かった。

浴衣を通して、感じるよ。俺も……

……

 遠い昔の悲劇は繰り返さなかったよ。

 それは俺と丈にも言えること。

 未来は自分たちの手でつくるもの。

 それを実践していく毎日なんだ。

「夕凪の浴衣が喜んでいるな。こんなにいい仕立ての浴衣を何枚も残されて……彼はこの寺で愛されて過ごしたのが分かるな」

 流さんに背中を押され明るい部屋に戻ると、感嘆の声が丈と翠さんからあがった。

「すごい、身丈も裄丈もぴったりだよ」
「洋、よく似合っているよ」

 そんな風に手放しで褒められると、恥ずかしい。

 浴衣をこんな風にきちんと着付けてもらうのは久しぶりだ。

 脱ぐのがもったいないな。

 そういえば、浴衣を持ち帰った洋月、君はあの浴衣をまた着たのか?

 平安の世で、彼にも着せたあげたのか。

 なんだか募る想いは四方八方へ広がるよ。

 今俺が幸せだと思えている証拠だ。


「さぁもういいだろう? とっとと帰れ」
「流兄さんひどいですね。その言い方」
「だってそうだろう? 確信犯め!」
「ははっバレていましたか」
「お前がこんな性格だとはな」
「私は本来こんな人間のようですよ。さぁ洋帰ろう。私たちはすごくお邪魔だよ」

 丈がこんな表情するなんて……

「丈っ!だから言ったのに!」
「やれやれ、流も丈もいい加減にしないか。僕はもう眠るよ。明日はお盆で朝から檀家さんの家を回るのだから」
「あっ待てよ。翠、それはないだろう」

 翠さんがひらりと俺たちの間をすり抜けて、和室へと消えていく。

 流さんはすぐに追いかけたそうだった。

 でも俺たちに気が付いて、地団駄を踏んだ。

 恋人たちの夜は、これからだ!


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