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小学生編
しあわせ図鑑 19
「よし、これで完成だ」
ホテルのアトリウムチャペルの前に立ち、僕は小さく息を吐いた。
夢中で作業し続けていたせいか、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
ハンカチで汗を拭いながらカメラマンを探すと、林さんは気さくな笑顔を向けてくれた。彼の撮影は本当に素晴らしかった。最初は意識してしまったが、次第に撮られていることを忘れ、ありのままの自分を写してもらえたのだと実感する。
途中でカメラマンが交代して助かった。おそらく最初の不躾な人のままだったら、最後まで表情も花の仕上がりも強張ってしまっただろう。
高い天井から差し込む陽光がアトリウムのガラスを通して淡くきらめく中、僕が手がけたブライダルフラワーは、まるで光を受け止めるように輝いていた。
白薔薇や白百合、ブルースター、グリーンの花々は、透明な水滴をまとったように瑞々しく、空気と溶け合うような清らかさを放っている。
ブルースターとカスミソウの小さな花束を、チャペルのベンチの端にリボンで留めると、一本一本の茎や葉の間を明るい光がすり抜け、柔らかく揺れた。
ガラス張りの大きな窓から射し込む日の光に花びらが透け、淡い影を床に落とし、アトリウム全体が柔らかな光の海に包まれれいた。
「ふぅ、なんとか居心地のいい空間に仕上がってよかった」
今日はどこまでも透明感と清らかさを大切に、華やかさの中にも軽やかさと空気感を意識してアレンジした。訪れる人の視線を自然と引きつけ、光が花の中で踊っているかのような幻想的な空間をつくり出せていたら成功だ。
「これで完成です」
「すごいですね。葉山さんの花は、とても瑞々しいのですね。見ていると心が潤います。ところで葉山さんはどうして花の世界に足を踏み入れたのですか。きっかけになることがありましたら教えてください」
記者の佐藤杏子さんが、にこやかにマイクを差し出す。どうやらこのままインタビューの流れに入るようだ。
最初の質問に胸の奥がきゅっと締めつけられた。子ども時代の記憶が自然と蘇ってくる。
「実は僕は……10歳の時に、車の事故で両親と弟を失いました。天涯孤独になった僕を引き取ってくださった家は、花屋を営んでいました。毎朝起きると店先には季節の花が生き生きと咲き、自然の香りに包まれていたので、花に励まされるような気持ちになりました。だから花は幼い頃からとても身近で、親しい存在で……花に触れていると自然と安心できるようになり、気づけばこの道を歩いていました」
佐藤さんは静かに頷き、ペンを走らせている。
「そうだったのですね……では花に触れる時、どんなことを感じていますか」
胸に手を当て少し考えてから答えた。
「花は僕にとって癒しであり希望です。そして誰かの笑顔につながる存在でもあります。だから花を手に取ってくれる人に幸せが届きますようにと願い、ありったけの気持ちを込めて一輪一輪束ねています」
佐藤さんの眼差しがさらに柔らかくなる。静かな共感に僕の肩の力は少し抜けた。
だが次の質問は少し戸惑うものだった。
「実は就職雑誌といっても、読者は若者ではなく親御さん世代がメインなので、少し突っ込んだ質問をしてもいいですか」
「あ、はい」
「最近、どんな事業においても後継者不足という話題がよく上がっていますが、花の世界はいかがですか。葉山さんも独特のスタイルを気づきあげていると思いますが、将来このお仕事を誰かに継いでもらいたいと思っていますか。たとえば結婚したらお子さんに継がせたいとか、そういうお気持ちはありますか」
いきなりの質問に少し驚いた。
すべてを公にするつもりはないが、僕には息子同然の大切な子がいる。
それが芽生くんだ。
しかし、花の仕事を継いでもらいたいなどとは思っていない
芽生くんの人生は芽生くん自身のものだ。
それを尊重して欲しい。
「あの……答えになっていないかもしれませんが……その子にはその子の夢がありますし、お互いを尊重しあいたいです。違う道を歩んでも、いつまでも花を介し笑顔でいられる関係でいたいです」
言葉にすると、胸の奥が温かくなる。花がかつて自分を支えてくれたように、今度は自分が花を通じて誰かの笑顔を支えられる。未来のことは分からなくても、確かなことが一つある。それは、出会えた人との縁を大切にし、笑顔を広げていくことだ。
「将来は予測できません。でも、ただ一つ確信しているのは、今僕が大切だと思っている人との縁を続けるために、相手に歩み寄ること。そして花を通して笑顔を広げていきたいということです」
佐藤さんのペンが止まったが、場の雰囲気は柔らかく安堵に包まれている。
胸を張って言える。
取材を受けて改めて再認識できた。
花に触れることで得られるしあわせ。
大切な人を想う気持ち。
そして未来の不確かさの中でも守りたいもの。
目の前のブライダルフラワーは、まるで僕の心を祝福するかのように輝いていた。光を受けて揺れる花びらが、僕の言葉を応援してくれるようだった。
「葉山さん、今日はお時間をありがとうございました。とても心に残るインタビューでした」
「こちらこそ貴重な機会をありがとうございました」
「原稿が仕上がりましたら、またご連絡します」
「はい、それでは、僕はここで」
「お疲れ様でした」
僕の仕事はここまでだ。
次は僕が生けた花のチャペルを利用して、ホテルの広告に使う結婚式の撮影をするそうだ。
一歩退いた全体が見える場所で、まだ誰もいない教会を目を細めて見つめていると、背後に人の気配が——
「瑞樹、お疲れ様、頑張ったわね」
「瑞樹くん、私、箱庭の作品を思い出したわ」
「お兄ちゃん、かっこよかった」
「みーくん、ちゅてきよぅ」
僕の大切な人たちの声が聞こえる。
お母さん、美智さん、芽生くん、あーちゃん。
愛しい人たちの明るい笑顔に安堵する。
みんな、いつも傍にいてくれる。
それが嬉しくてたまらない。
ホテルのアトリウムチャペルの前に立ち、僕は小さく息を吐いた。
夢中で作業し続けていたせいか、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
ハンカチで汗を拭いながらカメラマンを探すと、林さんは気さくな笑顔を向けてくれた。彼の撮影は本当に素晴らしかった。最初は意識してしまったが、次第に撮られていることを忘れ、ありのままの自分を写してもらえたのだと実感する。
途中でカメラマンが交代して助かった。おそらく最初の不躾な人のままだったら、最後まで表情も花の仕上がりも強張ってしまっただろう。
高い天井から差し込む陽光がアトリウムのガラスを通して淡くきらめく中、僕が手がけたブライダルフラワーは、まるで光を受け止めるように輝いていた。
白薔薇や白百合、ブルースター、グリーンの花々は、透明な水滴をまとったように瑞々しく、空気と溶け合うような清らかさを放っている。
ブルースターとカスミソウの小さな花束を、チャペルのベンチの端にリボンで留めると、一本一本の茎や葉の間を明るい光がすり抜け、柔らかく揺れた。
ガラス張りの大きな窓から射し込む日の光に花びらが透け、淡い影を床に落とし、アトリウム全体が柔らかな光の海に包まれれいた。
「ふぅ、なんとか居心地のいい空間に仕上がってよかった」
今日はどこまでも透明感と清らかさを大切に、華やかさの中にも軽やかさと空気感を意識してアレンジした。訪れる人の視線を自然と引きつけ、光が花の中で踊っているかのような幻想的な空間をつくり出せていたら成功だ。
「これで完成です」
「すごいですね。葉山さんの花は、とても瑞々しいのですね。見ていると心が潤います。ところで葉山さんはどうして花の世界に足を踏み入れたのですか。きっかけになることがありましたら教えてください」
記者の佐藤杏子さんが、にこやかにマイクを差し出す。どうやらこのままインタビューの流れに入るようだ。
最初の質問に胸の奥がきゅっと締めつけられた。子ども時代の記憶が自然と蘇ってくる。
「実は僕は……10歳の時に、車の事故で両親と弟を失いました。天涯孤独になった僕を引き取ってくださった家は、花屋を営んでいました。毎朝起きると店先には季節の花が生き生きと咲き、自然の香りに包まれていたので、花に励まされるような気持ちになりました。だから花は幼い頃からとても身近で、親しい存在で……花に触れていると自然と安心できるようになり、気づけばこの道を歩いていました」
佐藤さんは静かに頷き、ペンを走らせている。
「そうだったのですね……では花に触れる時、どんなことを感じていますか」
胸に手を当て少し考えてから答えた。
「花は僕にとって癒しであり希望です。そして誰かの笑顔につながる存在でもあります。だから花を手に取ってくれる人に幸せが届きますようにと願い、ありったけの気持ちを込めて一輪一輪束ねています」
佐藤さんの眼差しがさらに柔らかくなる。静かな共感に僕の肩の力は少し抜けた。
だが次の質問は少し戸惑うものだった。
「実は就職雑誌といっても、読者は若者ではなく親御さん世代がメインなので、少し突っ込んだ質問をしてもいいですか」
「あ、はい」
「最近、どんな事業においても後継者不足という話題がよく上がっていますが、花の世界はいかがですか。葉山さんも独特のスタイルを気づきあげていると思いますが、将来このお仕事を誰かに継いでもらいたいと思っていますか。たとえば結婚したらお子さんに継がせたいとか、そういうお気持ちはありますか」
いきなりの質問に少し驚いた。
すべてを公にするつもりはないが、僕には息子同然の大切な子がいる。
それが芽生くんだ。
しかし、花の仕事を継いでもらいたいなどとは思っていない
芽生くんの人生は芽生くん自身のものだ。
それを尊重して欲しい。
「あの……答えになっていないかもしれませんが……その子にはその子の夢がありますし、お互いを尊重しあいたいです。違う道を歩んでも、いつまでも花を介し笑顔でいられる関係でいたいです」
言葉にすると、胸の奥が温かくなる。花がかつて自分を支えてくれたように、今度は自分が花を通じて誰かの笑顔を支えられる。未来のことは分からなくても、確かなことが一つある。それは、出会えた人との縁を大切にし、笑顔を広げていくことだ。
「将来は予測できません。でも、ただ一つ確信しているのは、今僕が大切だと思っている人との縁を続けるために、相手に歩み寄ること。そして花を通して笑顔を広げていきたいということです」
佐藤さんのペンが止まったが、場の雰囲気は柔らかく安堵に包まれている。
胸を張って言える。
取材を受けて改めて再認識できた。
花に触れることで得られるしあわせ。
大切な人を想う気持ち。
そして未来の不確かさの中でも守りたいもの。
目の前のブライダルフラワーは、まるで僕の心を祝福するかのように輝いていた。光を受けて揺れる花びらが、僕の言葉を応援してくれるようだった。
「葉山さん、今日はお時間をありがとうございました。とても心に残るインタビューでした」
「こちらこそ貴重な機会をありがとうございました」
「原稿が仕上がりましたら、またご連絡します」
「はい、それでは、僕はここで」
「お疲れ様でした」
僕の仕事はここまでだ。
次は僕が生けた花のチャペルを利用して、ホテルの広告に使う結婚式の撮影をするそうだ。
一歩退いた全体が見える場所で、まだ誰もいない教会を目を細めて見つめていると、背後に人の気配が——
「瑞樹、お疲れ様、頑張ったわね」
「瑞樹くん、私、箱庭の作品を思い出したわ」
「お兄ちゃん、かっこよかった」
「みーくん、ちゅてきよぅ」
僕の大切な人たちの声が聞こえる。
お母さん、美智さん、芽生くん、あーちゃん。
愛しい人たちの明るい笑顔に安堵する。
みんな、いつも傍にいてくれる。
それが嬉しくてたまらない。
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