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発展編
心の灯火 4
菅野と共に現場に駆けつけると、デパート入り口に飾られた大きなスタンドフラワーが強風に煽られ落下していた。 幸い怪我人はいなかったそうだが、花器が割れ、花が床に散らばっていた。
デパート側からは『明日の催事に向けてすぐに生け直して欲しい。ただし室内に飾ることが出来るようにアレンジしてもらいたい』とのリクエストだったので、僕と菅野で取りかかった。
一度落ちて水に浸かってしまった花はもう使えない。先日の玲子さんのパターンとはまた違う。持参した花材は合っているか。足りているか。写真を頼りに生け直し始めるが迷う……手が迷ってしまう。
外を片付ける段階でスーツは雨に晒され、びしょ濡れになってしまった。本当は仕事の後すぐに一馬と再会するはずだったのに。寮も見納めたかったが……これはもう無理そうだな。
「瑞樹! どうした?」
「いや、何でもない!」
「そうか。しっかり頼むぞ」
「あぁ」
駄目だ……今は集中しないと。
一馬とのことがちらつくのを、頭を振って追い出した。
写真で確認しただけのアレンジメントを、そのまま再現するのは無謀だ。あれは先生にしか出来ない世界だし、室内用のデザインではない。
「菅野。先生とはまだ連絡が取れないのか」
「あぁずっと圏外なんだ」
「そうか……ならば僕がやるしかないのか」
「瑞樹、迷うな。お前らしくでいい! 先生には緊急事態だったと説明するから大丈夫だ」
「そうか、ありがとう!」
そうだ。先生には先生の世界が。僕には僕の世界がある。だから模倣には無理があったのだ。まだまだ駆け出しの僕が言うのはおこがましいが……僕らしいベストを尽くそう!
それからは無我夢中だった。一体今が何時だか気にする暇もなかった。ようやく正気に戻った時には、納得してもらえるスタンドフラワーを作り上げることが出来、ほっとした。
「瑞樹、ありがとう。今日は本当にお前に助けられたよ」
「菅野……」
「あっお前……もしかして出かける所だったのか。急に巻き込んで悪かったな」
「何でそう思う?」
「スーツだよ。そのスーツの日は大切な予定がある時だろう。いつも」
「ふっ……よく見ているな」
その通りだ。僕の月給ではなかなか良いスーツを新調出来なくて……今日のは先日コーヒーをかけられたものと同じだった。これは函館の母が就職の時に奮発してくれた一張羅だ。
なかなかスーツを新調できないのには理由があった。今の部屋の家賃がネックになっていた。一馬が去る時に向こう三ヶ月分の家賃は置いていってくれたが、もう尽きていた。ひとりで住むには広すぎるので、そろそろ引っ越さないといけない。
「瑞樹はもういいから、行けよ。後片付けはしておくから。この後……大事な用事なんだろう?」
「……菅野」
「ばーか、そんな顔すんな。こっちが悪かったのに」
ドンっと背中を押されて、廊下に出された。
「悪い!恩に着るよ」
「まだ間に合うか」
「あぁ大丈夫だと思う」
ようやく時計を見ることが出来た。時計は19時過ぎだ。今から行けば飲み会には充分間に合う。途中参加にはなるが大丈夫だ。
僕は勢いよく雨の街に走り出た。濡れたスーツを着替える暇はなかったが、とにかく一目だけでも会いたかった。何故ならあいつに今の僕がちゃんと水を取って生きていることを伝えたいと思ったから。そうすれば宗吾さんとのこと、もっともっと前に進めると思ったから!
ようやく幹事の堂島にメールをすることが出来た。
****
「瑞樹、今から来るってさ」
その言葉に、はっと顔をあげた。
「良かったな!一馬、さっきからずっと待っていただろう」
「後……どれ位で来る?」
「三十分程みたいだぜ」
「そうか……」
もうすぐ瑞樹に会える。そう思うと胸が高鳴っていくのを感じた。馬鹿だ……俺が捨てた癖に未練がましいぞ。
気もそぞろに飲んでいると、胸ポケットのスマホが震えた。
着信……?こんな時間に誰だ?
すぐに確認すると妻からで、妙な胸騒ぎがした。
「もしもし?」
「カズくん!ごめん!」
妻の声は上擦っていた。
「あのねお義父さんの容体が急変して今夜が峠なの!カズくんお願い!最終便で帰って来て!」
「え……何だって?嘘だろ……だって、あんなに落ち着いていたのに……」
「迷っている暇はないよ。今からなら間に合うと思う!」
「……分かった!」
苦渋の決断だった。あと少し待てば瑞樹に会える。だが……
「堂島、悪い。帰るわ」
「え? どうした。もーすぐ瑞樹が来るっていうのに」
「……ごめんな。親父が危篤だって。あ……瑞樹や皆には言うなよ。そっと消えるから」
「あっあぁ大丈夫か。大丈夫じゃないよな」
「悪いな。前々から覚悟していたけど……急変したらしい。このまま盛り上がっていてくれ。これ会費」
「いいよ」
「いいから。瑞樹に伝言をいいか」
「うん」
「『ごめん』……とだけ伝えてくれ」
瑞樹……やはり俺たち、もう縁がないようだ。
今日は酷い雨だ。
瑞樹の花のような香り……もう一度嗅いでみたかった。
なのにこの街には……むせかえるような雨の匂いしかしなかった。
****
切ない流れです……
デパート側からは『明日の催事に向けてすぐに生け直して欲しい。ただし室内に飾ることが出来るようにアレンジしてもらいたい』とのリクエストだったので、僕と菅野で取りかかった。
一度落ちて水に浸かってしまった花はもう使えない。先日の玲子さんのパターンとはまた違う。持参した花材は合っているか。足りているか。写真を頼りに生け直し始めるが迷う……手が迷ってしまう。
外を片付ける段階でスーツは雨に晒され、びしょ濡れになってしまった。本当は仕事の後すぐに一馬と再会するはずだったのに。寮も見納めたかったが……これはもう無理そうだな。
「瑞樹! どうした?」
「いや、何でもない!」
「そうか。しっかり頼むぞ」
「あぁ」
駄目だ……今は集中しないと。
一馬とのことがちらつくのを、頭を振って追い出した。
写真で確認しただけのアレンジメントを、そのまま再現するのは無謀だ。あれは先生にしか出来ない世界だし、室内用のデザインではない。
「菅野。先生とはまだ連絡が取れないのか」
「あぁずっと圏外なんだ」
「そうか……ならば僕がやるしかないのか」
「瑞樹、迷うな。お前らしくでいい! 先生には緊急事態だったと説明するから大丈夫だ」
「そうか、ありがとう!」
そうだ。先生には先生の世界が。僕には僕の世界がある。だから模倣には無理があったのだ。まだまだ駆け出しの僕が言うのはおこがましいが……僕らしいベストを尽くそう!
それからは無我夢中だった。一体今が何時だか気にする暇もなかった。ようやく正気に戻った時には、納得してもらえるスタンドフラワーを作り上げることが出来、ほっとした。
「瑞樹、ありがとう。今日は本当にお前に助けられたよ」
「菅野……」
「あっお前……もしかして出かける所だったのか。急に巻き込んで悪かったな」
「何でそう思う?」
「スーツだよ。そのスーツの日は大切な予定がある時だろう。いつも」
「ふっ……よく見ているな」
その通りだ。僕の月給ではなかなか良いスーツを新調出来なくて……今日のは先日コーヒーをかけられたものと同じだった。これは函館の母が就職の時に奮発してくれた一張羅だ。
なかなかスーツを新調できないのには理由があった。今の部屋の家賃がネックになっていた。一馬が去る時に向こう三ヶ月分の家賃は置いていってくれたが、もう尽きていた。ひとりで住むには広すぎるので、そろそろ引っ越さないといけない。
「瑞樹はもういいから、行けよ。後片付けはしておくから。この後……大事な用事なんだろう?」
「……菅野」
「ばーか、そんな顔すんな。こっちが悪かったのに」
ドンっと背中を押されて、廊下に出された。
「悪い!恩に着るよ」
「まだ間に合うか」
「あぁ大丈夫だと思う」
ようやく時計を見ることが出来た。時計は19時過ぎだ。今から行けば飲み会には充分間に合う。途中参加にはなるが大丈夫だ。
僕は勢いよく雨の街に走り出た。濡れたスーツを着替える暇はなかったが、とにかく一目だけでも会いたかった。何故ならあいつに今の僕がちゃんと水を取って生きていることを伝えたいと思ったから。そうすれば宗吾さんとのこと、もっともっと前に進めると思ったから!
ようやく幹事の堂島にメールをすることが出来た。
****
「瑞樹、今から来るってさ」
その言葉に、はっと顔をあげた。
「良かったな!一馬、さっきからずっと待っていただろう」
「後……どれ位で来る?」
「三十分程みたいだぜ」
「そうか……」
もうすぐ瑞樹に会える。そう思うと胸が高鳴っていくのを感じた。馬鹿だ……俺が捨てた癖に未練がましいぞ。
気もそぞろに飲んでいると、胸ポケットのスマホが震えた。
着信……?こんな時間に誰だ?
すぐに確認すると妻からで、妙な胸騒ぎがした。
「もしもし?」
「カズくん!ごめん!」
妻の声は上擦っていた。
「あのねお義父さんの容体が急変して今夜が峠なの!カズくんお願い!最終便で帰って来て!」
「え……何だって?嘘だろ……だって、あんなに落ち着いていたのに……」
「迷っている暇はないよ。今からなら間に合うと思う!」
「……分かった!」
苦渋の決断だった。あと少し待てば瑞樹に会える。だが……
「堂島、悪い。帰るわ」
「え? どうした。もーすぐ瑞樹が来るっていうのに」
「……ごめんな。親父が危篤だって。あ……瑞樹や皆には言うなよ。そっと消えるから」
「あっあぁ大丈夫か。大丈夫じゃないよな」
「悪いな。前々から覚悟していたけど……急変したらしい。このまま盛り上がっていてくれ。これ会費」
「いいよ」
「いいから。瑞樹に伝言をいいか」
「うん」
「『ごめん』……とだけ伝えてくれ」
瑞樹……やはり俺たち、もう縁がないようだ。
今日は酷い雨だ。
瑞樹の花のような香り……もう一度嗅いでみたかった。
なのにこの街には……むせかえるような雨の匂いしかしなかった。
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切ない流れです……
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